第26話 旅路の裏で
タラント王国の玉座では一人の男が激怒していた。この国の国王である。彼は自分が立てた作戦であることは棚に上げ、宰相を怒鳴りつけていた。
「どうするんだ? アレクシアのやつらに偽物だということがバレてしまったではないか。なぜ人を近づけた」
「申し訳ございません。まさかアレクシア王国の間者がここまで入り込んでいるとは思いませんでした」
「言い訳などいらん。これからどうするのか、案を示せ」
宰相は顔を伏せたまま唇をかんだ。偽物を立てることを発案したのは国王陛下である。そしてうまくいかないだろうから別の方法を考えた方が良いと進言したのは宰相だ。あまりの理不尽さに返す言葉もなかった。
「何も言わぬか。それなら今すぐに本物をここへ連れて来い」
「それは……!」
宰相は言葉を濁した。すでに探すように手配している。そしてこれまで闇ギルドから何の音沙汰もないことから、マルスはすでに死んでいると信じ切っていた。どう考えても連れて来るのは不可能である。
「それもできぬか。もう良い。下がれ。大臣を呼んで来い」
それ以上は何も言わずに宰相は無表情で王の執務室から去った。代わりに入って来たのは国王陛下のご機嫌を取るのが得意なイエスマンの大臣であった。急いでやって来た彼の額には大粒の汗がいくつもあった。
「国王陛下、お呼びでしょうか」
「うむ。宰相が役に立たぬのでな、大臣を呼んだ。マルス王子が国内に潜伏している可能性がある。すぐに貼り紙を作り、各地に張り出すように」
一瞬、大臣の声が詰まった。そんなことをすれば、マルス王子が逃げ出したのが公になってしまう。アレクシア王国だけでなく、カーマンド王国や、その他近隣諸国もこのことを知ることになる。だがしかし、大臣は否定の言葉を飲み込んだ。
「王のご命令とあれば、直ちに手配いたします」
大臣は”王の”の部分を強調してからそう言った。大臣はすぐに言われた通りに動いた。マルス王子の似顔絵をアレクシア王国から手に入れると、それを無断で版画にして貼り紙を作成した。もちろん懸賞金もついている。
すぐにこの事実は国内だけでなく国外へも知れ渡った。タラント王国の国民からは批難の声があがった。見つけ次第にマルス王子を保護し、アレクシア王国に送り返すべきだという意見が大半を占めた。それを大臣が国王陛下の命令として鎮圧した。国民の不満はますます高まった。
タラント王国の国王の焦りはさらに大きくなった。マルス王子さえ手に入れば、あとは何とかなる。自国から発見の知らせが来ないと分かると、今度は隣国のカーマンド王国へ、マルス王子を見つけたらタラント王国へ返すようにと書面を送った。
カーマンド王国の国王は怒りで顔をゆがませた。マルス王子を発見したら、アレクシア王国へ返すのが筋だろう。タラント王国から送られて来た懸賞金つき貼り紙をすべて燃やすと、強い声でタラント王国を批難した。そしてカーマンド王国全土に、マルス王子を見つけ次第、保護するようにと指示を出した。
一方その頃、アレクシア王国も動き出していた。王の執務室に国王が信頼する者だけがひそかに集められる。その面々に、タラント王国へ潜入させていた間者から報告が伝えられた。
「何と、偽物だったのか」
落胆する国王陛下の姿を見て、官僚たちの心が痛んだ。敵国に捕らわれているとはいえ、マルス王子が無事だと聞いて喜んでいたのだ。それは王妃殿下も同じである。この話を聞けば、またしばらく寝込むことになるだろう。
間者は報告を続ける。正確な情報を伝えるのが彼の仕事なのだから。
「間違いありません。髪と目の色は同じですが、それ以外はまったく似ておりません。恐らくは我が国をあざむくための策略だったのでしょう」
「何という卑劣な手を。マルス王子が手元にいることを我々に示して、意のままに動かすつもりだったか」
「だからと言って、やって良いことと悪いことがあるぞ」
官僚たちは息巻いていた。国王陛下の気持ちは分かるが、敵国に良いように使われることには我慢がならなかったのだ。これまでは”マルス王子を取り戻すため”として耐えていたのだが、マルス王子がいないとなれば話は別である。
「どうするおつもりですか? まさかこのまま済ますわけではありますまいな?」
官僚の一人が国王陛下へ詰め寄った。国王は怒りに満ちた顔でその官僚をにらみつけた。マルスはもういない。いつまでもそのことに引きずられるわけにはいかない。そんなことをすれば、ますますタラント王国が増長することになる。
「もちろんだ。やつらには目に物見せてくれよう。戦だ。戦の準備を直ちに開始しろ。マルスの弔い合戦だ」
「承知いたしました。直ちに」
「戦をするのは結構ですが、アーサー王子はどうするおつもりですか?」
アーサー王子が次期国王としての器でないことをこの部屋にいるだれもが知っている。このまま放置しておけば、王位継承者の第一位であるアーサーが国王になるのだ。アーサー王子がマルス王子を罠にかけ、闇ギルドへ売ったことはすでに分かっていた。
アーサー王子はマルス王子を殺すつもりだった。だが闇ギルドはうまいことアーサー王子をそそのかし、敵国にマルス王子を売ることを提案した。もちろんアーサー王子はその案に乗り多額の金を手に入れていた。それらはすでに調査済みである。
だが、簡単に表に出せるようなことではない。マルス王子がそのことを告発するならまだしも、アレクシア王国の第一王子が弟を敵国に売ったなどということが国中に知れ渡れば、国民たちの王家に対する信頼が揺らぎかねない。
「もちろん処分するつもりだ。アーサーは随分と功を急いでいるようでな、前から何度もタラント王国との戦を提案しておる。それならば、アーサーに先陣を任せてやろうではないか」
そう言って国王は官僚たちを見渡した。部屋の中に沈黙が落ちる。そしてその場にいた全員が正しく理解した。アーサー王子をタラント王国との戦の先陣で戦わせて、その戦いの最中に殺せということである。
官僚たちはそろって頭を下げた。
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