第25話 闇ギルド

 マルスは歩く歩調をそのままに、どうやってやり過ごすかを考えていた。結局のところ、盗賊を討伐することはできなかった。自分はそれをすることができるのか。改めて心に聞いてみたが”できる”という答えは返って来なかった。


 自分には無理だ。それならそれを前提にして戦わなければならない。マルスは持っていた紐で剣と鞘をしっかりとくくりつけた。これなら剣を振るのと同じ感覚で、鞘付きの剣を振ることができる。少々重量が重くなるが、普段よりも力を込めれば大丈夫だ。


 後ろから追ってくる者たちはつかず離れずの距離を保っている。そのまま進む間に日が暮れてきた。周囲に農民の姿は見えない。襲いかかって来るならそろそろだろう。自分ならそうする。マルスがそう思ったとき、不意に追っ手が距離を縮めて来た。もちろんマルスには油断などない。


「クイック」


 追っ手の数倍の速さで動いたマルス。そのあまりの速さに標的を見失い、足を止める不審人物。その腹に鈍くて重たい音が響くと同時に意識を失った。少し離れた場所にいた人物がナイフを抜き身構えたが、カタリナに鍛え上げられたマルスの相手ではなかった。


 いともたやすくナイフをはじくと、先ほどと同じように意識を刈り取った。

 最後の一人が逃げ出したが、マルスの速度にはかなわない。あっさりと回り込むと驚きの声をあげた。


「化け物か!」

「失礼なやつだな。ただの冒険者だよ」

「くそう!」


 逃げるのをあきらめ、破れかぶれに襲いかかって来た相手を数秒で処理する。化け物扱いされてちょっとショックを受けたマルスだったが、それよりもやらなければならないことがある。


 三人をロープで縛り、農具置き場の近くで一カ所にまとめる。それから彼らの持ち物を確認した。ナイフと携帯食料、そしてロープ。どうやら殺すのではなく、捕まえるつもりだったようだ。そういえば盗賊も自分を捕まえるつもりだったなと思い出した。


『腕に入れ墨があるぞ。黒いバラ?』

「何だって? ……この印は闇ギルドが使う印だよ。ボクをさらった人たちが同じ印を使っていたからね」

『なるほど。厄介なやつらに見つかってしまったな。だが、髪の色も目の色も違う。マルスという名前の十歳くらいの男の子を捕まえてくるように頼まれていたのかも知れない』

「それならまだ、本物だと思われていないかな?」


 どこかに依頼書がないかと思って探してみたのだが見つからなかった。彼らが闇ギルドのメンバーであること以外は何も分からない。どうするべきか。

 街の衛兵に突き出しても、闇ギルドの仲間が彼らを助けに来ることだろう。そうなれば自分の存在が知れ渡ってしまう。もっとも確実な方法は、彼らを殺して埋めることである。


「エクス、記憶を消す魔法はないの?」

『マルスに人殺しは似合わないからな。とっておきの魔法があるぜ』


 そう言ってエクスは”サングラスをかけたスーツ姿の男が、ペンライトの先から光を放ち、人々の記憶を消している映像”をマルスに見せた。本当にそんな魔法があるとは思わなかったマルスは、エクスの世界が恐ろしく思えてきた。当然、そんなことはできない。映画の中での話である。


 マルスはしっかりと三人をロープでくくりつけると、ほほをたたいて目を覚まさせた。声が出ないように猿ぐつわをかませてある。わずかに三人がうめいた。マルスは三人の目の前で指を一本立てた。


「いいかい、ボクの指を良く見るんだ。目を離したやつから目玉に指を突っ込むからね。そうそう、その調子、フラッシュ」


 辺りに一瞬だけ光が放たれると三人は気を失って倒れた。すぐに猿ぐつわとロープを外し、何事もなかったかのように農具置き場の屋根の上に登った。すでに日は傾いており、マルスの姿を見つけることはできないだろう。

 すぐに三人が目を覚ました。辺りを見回すと、不思議そうに首をひねった。


「俺たち、こんなところで何をやってるんだ?」

「何言ってるんだ。雇った盗賊たちが魔物にやられたことを頭に報告するんだろう?」

「そうだった、そうだった。あいつらも運がない。待ち伏せ中にスチールベアーに襲われるとはな」

「やっぱりこの辺りに詳しいやつを雇うべきだったな。無駄金を使っちまったぜ」

「頭に怒られないといいな」


 そんな話をしながら三人は闇の中へと消えていった。マルスのことも、カタリナのことも、そこだけポッカリと穴が空いたかのように覚えていなかった。そしてその前後の記憶は都合が良いように穴埋めされている。


「とんでもない魔法だね。使うのが恐ろしい。これは簡単には使っちゃダメだね」

『お、おう、そうだな。俺の世界でもよほどのことじゃないと使わないからな』

「どんなときに使ったの?」

『見てはならないものを見たとき、だな』


 見てはならないもの。それが何なのかものすごく気になったマルスであった。

 ナイトスコープの魔法を使い、暗闇の中をマルスが進んで行く。クイックも併用していたこともあり、すぐに街まで到着した。門番に冒険者カードを見せると、嫌な顔をされたものの、問題なく通してくれた。


「急いで宿を探さないと。師匠に教えてもらった宿の部屋に空きがあればいいな」

『部屋に空きがなかったら馬小屋にでも泊めさせてもらえ。あそこでも魔力は回復するはずだからな』

「何の話? 寝れば魔力だけじゃなくて体力も回復するよ」


 街頭の明かりが薄暗く路地を照らしている。街の中に明かりがともってあるだけでもありがたい。マルスは記憶を頼りに宿を探した。さいわいなことに部屋には空きがあった。カタリナの弟子だと言うと、喜んで泊めてくれた。


 案内された部屋に到着すると、暖かいランプの光がマルスを迎えてくれた。レーダーに不審な反応はない。あれからつけてくる人はいなかった。ようやくマルスからホッと息がこぼれた。


「これからどうしよう?」

『一人旅は危険だな。人数が多ければ多いほど、相手も警戒して手が出せなくなるはずだ』

「なるほど。冒険者ギルドで人を雇えば良いのかな。でもどうやって?」

『掲示板に書き込めばいい。初カキコ……ども……ってな』


 エクスはマルスに某掲示板の映像を見せた。それを見たマルスはすぐに”これは絶対に違う”と確信した。エクスの世界の文化は理解するのが非常に困難だ。全部を真に受けてはいけない。必要な部分だけ自分の中に取り入れるのだ。マルスはそう強く思った。

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