第24話 旅立ち

 カタリナの家には珍しくお風呂が備えつけられていた。話を聞いたところによると、この家は代々この村の村長が住む家であり、そのため村人がだれでも入ることができるようにお風呂がついているとのことだった。つまり、ルーファスの父親は村長ということである。


 久しぶりのお風呂にマルスは喜んだ。これまではずっと、タオルで体を拭くだけだったのだ。王城で毎日お風呂に入っていたときにはまったく気がつかなかった。しかしこうしてお風呂から離れたことで、そのありがたみを痛いほど感じていた。


 マルスがお風呂に入っているところにルーファスもやって来た。改めてお礼を言いに来たようである。


「助かったぜ、マルス。本当にありがとうな。ばあちゃんに聞いたんだけど、一番弟子なんだって? 父さんが驚いてたよ。初めて聞いたって」

「ボクも初めて聞いたよ。そんなことは言われたことがなかったからね。それよりも、傷の具合はどう?」

「大丈夫だ、問題ない。食べられなかったおかげで貧弱な体になってるけど、すぐに体力を取り戻すさ」


 さすがに今日の夕食だけでは元の姿には戻らなかったようである。今のルーファスはマルスと同じくらいの細さになっていた。これでもマルスは以前に比べると太くなってきている。


 その後はどんな人たちとパーティーを組んでいるのかを聞いた。

 お互いに信頼し合い、協力して生きていく。そんなルーファスの仲間たちの話を聞いて、マルスも自分のパーティーが欲しいと思っていた。


 お風呂から上がり、あとは寝るだけという段階になってカタリナから呼び出された。夕食を食べた部屋に向かうと、そこにはすでに全員がそろっていた。首をかしげるマルスがイスに座るとカタリナが口を開いた。


「よく聞いておくれ。あたしはここに残る」

「え? 師匠、それって……」

「マルスとはここで別れることになるね」


 沈黙が落ちた。マルスはなんとなくこうなるような気がしていた。カタリナはルーファスが大けがをした原因が自分にあると思っているのだ。同じ失敗を繰り返さないためには、ルーファスを鍛えあげるしかない。


「ボクはまだ半人前ですよ?」

「それは違う。マルスはもう一人前だよ。あたしが教えられることはもうない。あるとすれば魔物の解体くらいかね? 剣での戦い方はもちろん、野営の仕方も、道の歩き方も教え込んである」


 カタリナはマルスの天性の才能に気がついていた。一度見たものは何でも無意識のうちに覚えてしまうという才能である。それはもちろんマルスも気がついている。だからこそ、旅の中でカタリナの一挙手一投足を観察していたのだ。

 そこまで言われてしまえばマルスも反論することはできなかった。


「それならさ、マルスもここに住めばいいじゃないか」

「そうね、空き部屋はまだいくつもあるし、良いんじゃないかしら?」

「そうだな。まだお礼もしていないし、そんなに急ぐこともないだろう?」


 ルーファスの家族が気を利かせてそう言った。マルスは迷った。このままここにいれば、師匠やルーファスと共に過ごすことができる。ルーファスの体調が元に戻れば、また冒険者として活動することだろう。そのときにパーティーに入れてもらうのも良いかも知れない。


『マルス、何、迷ってんだよ。国に戻るんだろう? そのためにここまで来たんじゃなかったのかよ』


 エクスの声にハッとなるマルス。ここまで来たのは間違いなくそのためだ。剣を取り、屋敷を抜け出して森へ向かったのは故郷へ戻るためだったではないか。マルスは左右に頭を振った。


「大変ありがたいお誘いですが、ボクは先に進もうと思います。師匠に教えてもらったことを無駄にしたくはありませんからね。それにボクも自分を試してみたい」


 その日を生きるのに精一杯な冒険者とは違い、マルスには明確な目的地があり終わりがある。そこにたどり着くことが良いことなのか、悪いことなのかは今のマルスには分からなかった。

 旅の中で見つけられるのかも分からない。だが、ここで止まるよりかは良いような気がしている。


「そうか。残念だけど、マルスがそう決めたのならこれ以上は止めないよ。でもそれだと、何のお礼もできないな。そうだ、俺がばあちゃんに認められるくらいに強くなったら、そんときは一緒にパーティーを組もうぜ」

「その日が来るのを楽しみにしているよ」


 自分が王族だと告げたら、ルーファスはどう思うだろうか。からかわれたと思うだろうか? マルスは自嘲する。そんな日が来るはずはないのに”楽しみにしている”と言った自分に対して。

 翌日、マルスは出発した。一ヶ月くらい泊まっていくように言われたのだが、決意が揺るがないうちに前に進むことに決めていた。


「本当に馬は要らないのかい?」

「はい。必要なものは十分もらっていますよ」


 すでにカタリナからは野営に必要な道具をすべて譲り受けていた。そして道中で得た金銭もすべてマルスが持ってる。無駄遣いしなければアレクシア王国まで帰ることができるだろう。

 大きく手を振り、マルスは村を去った。しかし一人旅ではない。しゃべる剣との二人旅である。


『良いのかよ、マルス。馬があった方が絶対に楽だぜ?』

「確かにそうかも知れないけど、国に戻るだけならクイックを使って走った方が早いよね?」

『確かにそうだが、それだとマルスが疲れることになるぞ』

「疲れたら休めば良いだけさ」


 そう言いながらマルスはノンビリと歩いて交易都市へと向かった。馬で全力疾走すれば半日でたどり着く道のりだが、歩きとなれば一日かかることになる。このペースだと到着するのは夜になるだろう。


『なんか進む速度が遅くないか?』

「それなんだけど、何だか嫌な感じがするんだよね。うまく表現できないんだけど、視線を感じると言うか、背中がザワザワと感じると言うか……」

『まさかマルス……』

「つけられているかも知れない。レーダーに怪しい反応があるんだよね。それも三つ。どう思う?」


 エクスに尋ねながらもマルスは警戒を緩めなかった。馬に乗ってカタリナの家に行くときには感じなかった。しかし村を出てすぐに何かを感じ取ったのだ。答えを待つまでもなく、自分を狙う者たちだろう。


『やるしかないだろう? ここは畑のまっただ中。お互いに隠れる場所はないぜ。街まで連れて帰ったら、きっと面倒になるぞ。夜はゆっくりと眠りたいだろう?』

「はあ。やっぱりそうだよね? やるしかないのか」

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