第21話 交易都市
マルスとカタリナはワイバーンの亡骸をそのままに林道へと戻ると、依頼主と合流するべく元来た道を引き返した。無事に戻って来た二人を見て、依頼主がホッとした表情になった。
「お二人ともご無事でしたか。戻って来るのが遅いので、少々心配でしたよ」
「ちょっと問題が起きてね。そのことで相談したい」
「と、言いますと?」
依頼主が眉をあげて不思議そうな顔をした。近くにいる護衛たちも何かを察したのか集まってきた。二人は代わる代わる先ほどの出来事を話した。雷の魔法のことは言わない方が良いと考えたカタリナは、そのことについて一切口にしなかった。
それを察したマルスもそれについては言及しなかった。
「まさかそんなことになっていたとは。それにしても、そのワイバーンは運が悪いと言うか何と言うか。先ほどの雷が直撃していたとは思いませんでしたよ」
「突然だったからな。何事かと思ったぜ」
「本当にな。きっとワイバーンへの天罰だな」
護衛たちは危機が未然に去ったことを喜んでいた。ワイバーンと戦えばだれかが犠牲になっただろう。そしてそれはスチールベアーと戦っても同じことである。マルスとカタリナがいたことで事なきを得たことに心から感謝していた。
隊商がスチールベアーと戦った付近へとやって来た。そこにはまだ生々しい爪痕が残されていた。スチールベアーの素材を回収するべく、護衛たちが解体道具を持ち出した。
スチールベアーの素材回収は彼らに任せ、二人はワイバーンの素材回収へ向かった。
損傷が激しくて使える部分は少ないが、それでもワイバーンの皮や鱗は貴重な素材であり、少量でも高値で取り引きされる。回収しておいて損はなかった。マルスはカタリナからワイバーンの解体方法を学ぶ。カタリナいわく、”そのうち本物のドラゴンを討伐するかも知れないからね”ということだった。
無事に素材回収が終わり隊商のところへと戻ると、こちらもほとんどの作業が終わっていた。スチールベアーに倒された盗賊たちもすでに埋められている。もちろんその穴は事前にマルスがピットの魔法で掘っておいたものである。
「マルスは本当に便利な魔法を覚えているね。それもエクスから教わったのかい?」
「そうです。ボクが穴を掘る魔法を教えて欲しいと言ったらこの魔法を教えてくれたんです」
「なるほどねぇ。エクスは剣に封印された賢者なのかい?」
「違いますよ」
マルスは即答した。エクスが賢者ではなく、それどころかこの世界の住人でないことをだれよりも知っているからである。カタリナはアゴに手を当てて空を見上げていたが、回収が終わったと言う声がかかったところで考えるのをやめた。
再び荷馬車に乗り、次の町を目指した。そこからは先ほどまでの出来事がウソのように順調に進んで行った。道中に魔物が現れることもなかった。カタリナが言うには、ワイバーンとスチールベアーの素材が魔物よけになっているのではないかということだった。魔物は自分より強い魔物の気配を感じ取ることができるのだ。
数日かけて迂回路を抜けると目の前が急に広がった。再び草原へと出たのだ。そのどこまでも続くような光景に思わずマルスから声が漏れた。
「すごい。ずっと向こうまで何もないや」
「驚くほどのことかねぇ? もう見慣れた光景だよ」
そう言いながらも、カタリナはマルスが喜ぶ顔を見て楽しそうにしていた。
マルスにはもっと素晴らしい景色を見てもらいたい。王族よりも冒険者の方がマルスにはよっぽど似合ってる。カタリナはそう思わずにはいられなかった。剣も魔法も申し分なし。カーマンド王国の歴史に名を残す冒険者になれるだろう。
マルスたちを乗せた荷馬車が小さな丘を登ると、そこからは遠くに大きな川が見えた。街らしきものも見える。その景色を見たマルスは心が浮き立つのを感じた。
何もかもが初めての体験で飽きることがない。もっと色んな景色を見てみたい。冒険者になりたい。
翌日、一行は交易都市へと到着した。街の中は一部が石畳の道になっており、建物は石と木で作られたものだけではなく、レンガ造りの家もあった。まるで新しい時代の流れが古い物を飲み込んでいるかのようである。そのくらい、この街は活気に満ちあふれていた。
タラント王国から逃げて来た人たちも、草原を抜けることができるほどの力があればこの街へと押し寄せたことだろう。だがしかし、道中には魔物が出るため、武器を持たない人たちは踏破することができない。彼らは護衛を雇うお金もないのが現状だ。
「助かりましたよ、カタリナさん、マルスさん。おかげさまでだれひとり欠けることなく、この街に戻って来ることができました」
「依頼をキッチリとこなすのが冒険者の仕事だからね。当然のことだよ」
そう言ってカタリナは笑うが、盗賊にスチールベアーにワイバーン。通常なら追加料金を取られてもおかしくないほどの戦果である。しかし、二人は何も言わなかった。逆に気を利かせた依頼主が素材の買い取りを申し出た程である。もちろん相場よりも少し高い値段で依頼主は買い取っていた。
依頼主から完了のサインをもらうと、二人はこの町の冒険者ギルドへと向かった。依頼達成の報告をしなければならないのだ。カタリナは迷うことなく冒険者ギルドへとマルスを連れて行った。道中マルスはキョロキョロと町の中を見ていた。
『そんなに珍しいか?』
「初めて見る町並みだからね。珍しいし、面白いよ。これがこの国の様式みたいだね。見てよあの家。いったいいくつのレンガを積み上げているんだろうね」
『マルスがいた城もレンガ造りじゃないのか?』
「そう言えばそうだった。今にして思えば、あの頃のボクは全く周りの景色を見ていなかったよ」
『ただの引きこもりだったか』
「違うから」
二人が漫才をしている間にも、一際大きな建物が近づいて来た。周囲の建物よりも頭一つほど高く、窓の数を数えてみると、どうやら五階建てのようだった。その建物には剣と盾と杖のマークが掲げられている。冒険者ギルドの印である。
「あれがこの街の冒険者ギルド」
「大きいだろう? この辺りでは一番大きな冒険者ギルドだからね。だから各地から冒険者がたくさん集まって来る。この街を拠点にする冒険者も多いよ」
「師匠もこの街に家があるのですか?」
「いいや、あたしの家はここから少し離れたところにある農村にあるよ」
マルスとカタリナは開け放たれた扉から冒険者ギルドの中へと入って行った。
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