第20話 常識外れ
マルスとカタリナが左右に分かれて距離を取った。それにつられるかのように、スチールベアーも二手に分かれた。予定通り、大きい個体がカタリナを、小さい個体がマルスへと向かっている。
速攻で片付けて、マルスの支援に行く。そう決めたカタリナは早くもスチールベアーへと躍りかかった。一方のマルスは深く呼吸を整えていた。
カタリナとスチールベアーがぶつかり合う。ミスリルの剣はスチールベアーの硬い毛皮を切り裂いたが、致命傷には至らなかった。逆に自慢の毛皮が役に立たないと知ったスチールベアーが警戒し、大きく距離と取る。
マルスに向かってゆっくりとスチールベアーが近づいてくる。動かないマルスにカタリナの気がそがれた。どうして動かないんだ。そう思ったときマルスが風のように動いた。
「クイック」
マルスはスチールベアーの首を一刀両断した。その予想外の光景を見てさすがのカタリナもあっけに取られ、その動きを止める。悲鳴もなく倒れるスチールベアー。それを見たもう一頭が逆上して大声で吠えた。その声に我に返ったカタリナが隙だらけのスチールベアーに斬りかかった。
両手に鈍い手応えを感じる。スチールベアーに致命傷を与えることができたと確信したカタリナは一度距離を取った。そこへマルスが追いついた。
「どうやったんだい? マルスの鉄の剣じゃ、スチールベアーの毛皮は切れないはずだよ」
「斬鉄剣を使ったんですよ」
「斬鉄剣?」
カタリナの怪訝そうな声にマルスの顔が点になった。そこで初めて、エクスに教えてもらった剣技が一般的でないことを知ったマルス。カタリナほどの達人が知らないのだ。使える人はほとんどいないのだろうと、どこか諦めの境地に入った。
「エクスに教えてもらったんですよ」
『おいおい、良いのかよマルス、そんなこと言って。師匠はまだ俺のことを本気で信じていないかも知れないんだぜ?』
「そのときはそのときだよ。ウソをつくよりかはずっと良いだろう?」
「剣と話しているのかい? 面白いねぇ。あたしも教えて欲しいところだよ」
明らかに動きが鈍くなったスチールベアーが襲いかかってきた。それを軽々とかわしてカタリナがトドメの一撃を放った。弱々しい悲鳴と共に崩れ落ちるスチールベアー。
これで一難去っただろうと思ったマルスの脳裏に、高速でこちらへ向かってくる物体が浮かんだ。
音が鳴りそうな速さで山の方角を見るマルス。その緊迫した様子に何事かとカタリナも同じ方角を見た。山の上に黒い点が浮かんでいるのが見える。それがこちらへと向かって来ていた。カタリナにはそれに見覚えがあった。
「ワイバーン! こっちに向かって来ているみたいだね。どうやらちょっと騒がしくし過ぎたみたいだよ」
「まさかそんなことで? 後ろから来ているみんなのところに向かうと大変ですよ! この場で迎え撃たないと」
「そうするしかないね。マルス、アイツと地上に落とす魔法はないかい?」
いくら百戦錬磨のカタリナでも、空を飛んでいる魔物を攻撃するのは非常に困難であった。だが地上にさえ降りてくれば何とかなる。魔法が使えないカタリナはマルスに頼るしかなかった。
そしてそんな魔法を持っていないマルスはエクスを頼った。
「エクス、ワイバーンを地上に落とす魔法を教えてよ」
『そんなピンポイントな魔法があるわけ……そうだな、雷でも落とすか? ちょうど良い感じに雲があるしな』
「雷を落とす! ちょっと待って、まだそれにするとは言ってな……」
「マルス、何を言っているんだい?」
マルスの雷発言に驚き戸惑うカタリナ。そんなことも気にせずに、エクスはマルスの脳内に”雷が起こる仕組みについて解説する映像”を垂れ流した。そしてすぐに雷のことを理解するマルス。
雷は神様が起こすものではなくて、条件さえそろえばだれでも起こすことができる自然現象であることを知った。
複雑な気持ちになりながらも、その魔法を使えば確かにワイバーンを地上に落とすことができるだろうとマルスは結論づけた。その間にも刻一刻とワイバーンがこちらへ近づきつつあり、その姿が不気味な影絵のように大きくなっていく。
「師匠、ワイバーンを撃ち落とします」
「頼んだよ。ワイバーンが落ちたらすぐにその場所に向かうよ」
「分かりました。サンダー!」
激しい光と轟音が目の前ではじけた。空から雷が何本も降ってきたのだ。それらは同時にワイバーンへと襲いかかった。煙を上げながら真っ逆さまにワイバーンが地上へと落ちて行く。
一瞬、ぼう然となったカタリナが慌てて駆けだした。それを見て我に返ったマルスがすぐに追いかける。たどり着いた先には相当なダメージを負ったワイバーンが地面に転がっていた。しかし、まだ生きていた。
『あれだけの雷を受けてまだ生きているとはな。この世界の魔物の生命力は恐ろしいな』
「ボクは雷を落とす魔法を簡単に教えてくれるエクスの方が恐ろしいよ」
『何を言っているんだ。俺はマルスが教えてくれって言ったから教えただけだぜ』
「そうだとしても、もっと他に何とかならなかったの?」
二人が言い争っている間にカタリナがワイバーンの首を切断した。ワイバーンの巨体が地面に倒れる。それを見て、今度こそ終わったとマルスは確信した。
気がついてみれば、エクスが言ったフラグは見事に回収していた。それだけではない。おまけまでついていたのだ。
「良くやったよ、マルス。しかし驚いたよ。まさか雷を操る魔法を使えるとはね。それもエクスから教えてもらったのかい?」
「はい。ついさっき教えてもらいました。まさかこんなことになるとは思いませんでしたけどね」
『おいおい、俺のせいにするのかよ。やらかしたのはマルスだろう?』
「そうかも知れないけど、エクスにまったく責任がないとは言わせないよ?」
『いや~、実に良い仕事をしたと思っているんだけどな~』
思わぬエクスの返しにマルスが閉口した。とんでもない魔法を教えておいて良い仕事をしたとはこれいかに。このときになって、ようやくマルスは自分とエクスの常識が大きくかけ離れていることに気がついた。
マルスはアレクシア王国の王子である。そのため、世間一般の人たちとは常識がずれているところはあるのだが、エクスの存在はそれ以上であった。
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