第19話 フラグ
荷馬車から降りたマルスとカタリナが林道を進んで行く。マルスは緊張から無表情になっていたが、カタリナはいつもと変わらない穏やかな顔をしていた。まるですぐ先で盗賊が待ち伏せしているなど知らないかのようである。
『まさかマルスを捕まえるために雇われたんじゃないだろうな?』
エクスの指摘にぎくりとしたマルス。あり得るのだろうか? これまでももちろん警戒していたが、後ろからつけてくる怪しい人物は今のところはいなかった。そのためマルスはまだ自分の正体がバレていないと思っていた。
だが改めてそう言われてみると、これまでいなかった盗賊が、魔物が出没するかも知れない危険な道で待ち構えているのは怪しいと言える。もしかすると、自分のせいで危険な目に遭っている子供がいるのかも知れない。
「盗賊の被害にあった人がいると思いますか?」
「それはないだろうよ。もしそんなことになっていたら、すぐに冒険者ギルドへ知らせが来るはずさ。盗賊の討伐依頼は冒険者にとって良い稼ぎになるからね」
そう言うとカタリナがクックックと忍び笑いをした。同じ人間と戦うのはリスクも高いが、その分報酬も跳ね上がるのだ。さらに盗賊の討伐は治安維持にもつながる。国も冒険者ギルドもこぞって大金を出すのだ。そうしてカーマンド王国の治安は保たれていた。
盗賊が見張っているであろう区域に足を踏み入れた。遠くの木の上ではマルスたちの姿を見つけた盗賊の一人が知らせに戻った。それを目ざとく見つけたカタリナ。マルスも魔法によって気がついている。
「いたね。どうやら盗賊みたいだよ」
「そうみたいですね」
「フフフ、覚悟を決めな。やらなきゃ、やられるよ。マルスは強い。今のお前なら盗賊なんて一方的に倒すことができるよ。ほら、クイックだっけ? あの魔法を使えば相手は何もできずに終わるよ」
笑うカタリナだったが、その声には確信じみたものがあった。カタリナのお墨付きなのだ。マルスも負けない自信はある。だが、それと人を斬るのとは別問題だ。マルスの心はすでにそのことで震えていた。
相手を油断させるため、歩調を変えずに進む二人。前方の木々の間からは殺気というよりも、どこか緊張感のようなものが感じられた。そのことを不可解に思うカタリナ。
もしかして盗賊たちはこちらの命を狙ってはいない? そうなると、狙いはマルスなのかも知れない。
長年の経験によりそのことを敏感に察知したカタリナは一瞬迷った。このまま進むべきか、止まるべきか。そのとき、奥の茂みから盗賊たちが飛び出してきた。
「おっと、これはもしかすると当たりかも知れないぞ」
「やりましたね、お頭! 追加報酬がガッポリもらえますよ」
騒ぎ出す盗賊たち。それを聞いてマルスとエクス、カタリナは自分の考えが正しかったことを知った。それならば、この盗賊たちを逃がすわけにはいかない。ここで潰しておけば、情報がそれ以上に広がることはないのだから。
「当たりだって? ハズレの間違いだろう」
「何がだ?」
そう言うや否や、カタリナが猛然と駆け出して盗賊を切り捨てた。覚悟が決まらなかったマルスは剣を抜いたものの完全に出遅れた。自分も戦わなければ。戦わなければ生き残れない。マルスが駆け出そうとしたとき、森の中から別の何かの気配を感じた。
「師匠!」
「気づいたかい。どうやら魔物がこっちに向かって来ているみたいだね」
「魔物だと? そんなはずは……」
「か、頭! この女、何か見覚えがあると思ったら、踊る剣鬼ですぜ!」
「なん……だと……?」
盗賊たちの動きが止まった。その顔は一様に目が見開かれており、中にはガタガタと震え出した者もいた。そのとき、森の茂みから猛烈な殺気が迫ってきた。
その方向から距離を取るマルスとカタリナ。一方の盗賊たちはそれに気がついていないようで、いまだに硬直していた。
ようやく近くの茂みが騒がしくなったときには魔物がすぐ近くまで迫っていた。
「す、スチールベアーだ!」
「ぎゃああ!」
現れた二匹のスチールベアーに枯れ草のように刈られていく盗賊たち。マルスとカタリナはそれを見ていることしかできなかった。あっという間に盗賊たちが刈り取られていった。
二人の足が止まる。盗賊よりもスチールベアーの方がよほど厄介なのだ。その名前の通り、スチールベアーは鋼のように毛皮が硬く攻撃をはじき返す。ワイバーンが生息する山に住んでいるにもかかわらず、生存していられるのはそのためである。
現れたスチールベアーは番だった。三メートルを超す巨体だが、片方が若干小さい。二匹ともマルスとカタリナを気にしながら、一心不乱に何かを食べていた。
「盗賊が持っていた携帯食を食べているみたいですね」
「あれは栄養価だけは高いからね。魔物にとってはごちそうさ。もちろん、栄養たっぷりの人間もね」
二人の話声に二匹が同時に顔をあげた。スチールベアーのことを知っている人ならば、すぐに逃げ出すほどの威圧感を放っている。マルスが唾をゴクンと飲み込んだ。話には聞いていたが、実物を見るとそれ以上の迫力がある。
『この世界のクマはヤベーな。遭いたくなかったぜ』
「ボクも遭いたくなかったよ。でも、盗賊とやり合うよりかはマシだね」
『そうだな。俺もマルスの意見に賛成だ。どんな理由であれ、簡単に人の命を奪うのはダメだ』
ゆっくりと二匹が並んでこちらへと向かってくる。二匹なので、一人で一匹を相手にする計算だ。だが、いくらなんでもマルスには荷が重すぎるとカタリナは考えていた。
カタリナの剣は魔法金属ミスリルで作られている。そのため、スチールベアーの毛皮も難なく斬ることができる。
だが、マルスの剣は鉄製だ。スチールベアーには通用しない。それでもマルスなら自分が一匹を倒すまでの時間稼ぎくらいはできるだろうと見込んでいた。
「大きい方はあたしがやる。小さい方を頼んだよ」
「分かりました」
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