第18話 回り道

 出発の日がやって来た。その日は朝から曇り空であったが、雨を降らせるような黒い雲は見当たらない。まずまずの天気と言えるだろう。

 マルスたちが乗った馬車は先頭を進む。もちろん依頼主とは別である。


「まずはあそこに見えている山を目指すみたいですね。まっすぐに山を越えることができれば、道のりを大幅に短縮できそうなんですけどね。山もそれほど険しくはなさそうです」


 マルスは昨日の夜にカタリナから見せてもらったカーマンド王国の地図と、目の前の景色を脳内で比較しながら観察した。この山を越えた先に、目指す交易都市があるのだ。その一帯もこの場所と同じように広い平原が広がっている。


 しかしその土地には、この場所と違って大きな川が流れているのだ。その水を利用すれば船が使える。船が使えれば色々な商品や人を一気にたくさん運ぶことができるのだ。


「確かに険しくはないけど、その分、厄介な魔物が住み着いているんだよ。みんなあの山を魔境と呼んでいて、よほどのことがなければ登るバカはいないね」

『何だか登ったことがあるみたいな口ぶりだな。山の調査とかいう名目で登ったことがあるんじゃないのか?』


 エクスの指摘にそれもそうかと思ったマルス。あの山にワイバーンが住み着いていることは広く知れ渡っているようだが、それを調べたのはかつてのカタリナたちだったのかも知れない。だからこそ、その危険性を熟知しているのだろう。


 気になったマルスはあの山にどんな魔物がいるのかを尋ねた。カタリナはそれについてスラスラと答えていた。マルスとエクスの疑惑はどんどん確信へと変わっていった。


『これは間違いなく登ったことがあるな。それにしても、色んな魔物が住み着いて独特の生態系を作っているみたいだな』

「そうだね。その中でもワイバーンとスチールベアーが厄介みたいだね」

『グランドドラゴンがいなくて良かったな』


 ニシシと笑うエクスにマルスが苦笑いを浮かべる。あんな魔物がそうそういてたまるか、そんな思いである。だがしかし、たとえグランドドラゴンに遭遇したとしても、頼れる師匠のカタリナがいるので問題ないだろうと安心していた。


 道中で何度かオオカミや立派な二本の牙を生やしたイノシシが襲いかかってきたが、マルスとカタリナで難なく倒した。その鮮やかな手並みを護衛たちは感心の目で見ていた。もちろん依頼主も同様である。


 馬車は順調に進んでいき、迂回路へと入った。そこは草原ではなく、木が生い茂る森であった。しかし迷いの森とは違って、しっかりと道が舗装されている。それを見てマルスはホッとした。


 舗装されているということは頻繁に人が通るということである。そうなると、この道の安全性は極めて高いと言えるだろう。マルスはなにげにエクスの”フラグ”発言を気にしていたのであった。


「師匠、この道にワイバーンが出没したことはあるのですか?」

「何度かあるよ。だからこそ、追い払うために護衛が必要なのさ」

「スチールベアーもですか?」

「そうさ、スチールベアーも現れるよ。頻繁にではないみたいだけどね」


 それを聞いたマルスは複雑な心境になる。ワイバーンとスチールベアーに遭遇するかどうかは完全に運だった。少しでもそのリスクを下げるために、マルスは魔物の探索範囲を広げるように努力した。


 こちらが先に魔物を見つけることができれば、鉢合わせするのを避けることができるかも知れない。そうすれば隊商の安全性を高めることができる。ありがたいことに、今進んでいる森は迷いの森とは違い、霧も出ていなければ暗くもない。木漏れ日は林道を明るく照らしており、魔物に不意打ちされる可能性は低いように思えた。


 隊商は何度もこの道を行き来しているようであり、依頼主や護衛たちは引き締まった顔で周囲を警戒していた。そんなとき、マルスの魔法に反応があった。だがそれは予想していたものとは違っていた。


「師匠、この先に人の反応があります。全部で十三人。道沿いだけでなく、森の中にもいるみたいです」

「こんなところに人が? それも十三人とはねぇ。そいつはきっと盗賊だよ」

「盗賊!」


 マルスの声が聞こえたのだろう。マルスたちが乗っている荷馬車の御者が慌てて手綱を引いて馬をとめた。後方から来ている荷馬車もそれに倣う。ぶつかることはなかったが、何だ何だと騒ぎになった。


「前方に盗賊が? そんなバカな。この道に盗賊が現れたことなんで一度もないですよ。だってそうでしょう? 魔物がどこから現れるか分からないのに、森の中に潜んでなんていられませんよ」

「あたしもそう思う。だが、マルスの索敵能力はそこら辺のヤツらよりも優れていてね。人数といい待ち伏せしている状況といい、間違いないと思うよ」


 これまで遭遇したことのない事態に依頼主は驚き戸惑っていた。今から引き返したとしても、盗賊がいつまでそこにいるのかは分からない。討伐してもらおうにも、実際に盗賊がいることを確認しないことには、冒険者ギルドに依頼することはできなかった。

 依頼主が困り顔になったときにカタリナが提案した。


「あたしたちが盗賊を蹴散らして来るよ。その方が今から引き返して依頼するよりも早いだろう?」

「よろしいのですか?」

「いいとも。マルスの良い勉強になるだろうからね」


 それを聞いてゴクリと唾を飲み込むマルス。それはすなわち、人を斬ると言うことである。自分にそれができるのか? マルスは何度も自分に問いかけてみたが、できるという答えは出てこなかった。


 カタリナはマルスの返事を聞くことなく話をまとめた。たとえマルスが反対したとしても、マルスを連れて行ったことだろう。

 カタリナは気がついているのだ。マルスが優しすぎることに。そしてそれが将来、マルスにとって致命的な弱点となることに。


 マルスが不覚を取る前に、何とかその弱点を克服したい。カタリナの思いはそれだけだった。カタリナにとっては、十三人の賊を打ち倒すことなどたやすいことなのだから。

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