第17話 初めての依頼

 マルスは冒険者として認められた。それも初めからCランクの冒険者である。驚いたマルスに対して、ギルド職員はすまなそうな顔をしている。


「この町の冒険者ギルドじゃ、Cランクで精一杯なんだよ。お前ならBランクでも良いくらいなんだけどな。惜しいことをしたぜ」

「そんなことはありませんよ。ありがとうございます。ここから先は地道に依頼をこなして、信頼を勝ち取ってから進めて行きますよ」

『マルス、お前、冒険者になるつもりか? 国に帰るんじゃなかったのか?』

「……」


 エクスの質問にマルスは押し黙った。エクスの言う通りである。あくまでも冒険者と言う肩書きはカーマンド王国内での移動を円滑にするための手段にすぎないのだ。しかしマルスの心の中に”偽りではなく、本物の冒険者になりたい”という思いが芽生え始めていた。


 王城での堅苦しい生活、何かにつけて兄と比べられる視線。どこに行くのにも護衛つきで、野ウサギの丸焼きにかぶりつくこともできない。自由を知ったマルスはその世界に帰りたいとは思わなくなりつつあった。


 このまま自分は死んだことにして、カーマンド王国の冒険者として過ごすのも良いのではないだろうか? むしろなぜ、そうしたらいけないのか。マルスの心の中に”王族の責務”と”自由”との間で、すさまじいほどの葛藤が起こっていた。


「どうしたんだい?」

「いえ、何でもないです。せっかくなので依頼を受けてみたいと思うのですが、何がいいですか?」


 急に押し黙ったマルスを不審に思ったカタリナが話しかけると、マルスは先ほど考えていたことを胸の奥深くにしまい込んだ。


 まずは生き残る力を身につけることが先決だ。その先のことはそのときに考えよう。マルスは答えを先延ばしにした。エクスはそのことに気がついていたが、マルスにはマルスの人生がある。そう自分に言い聞かせて黙っていた。


「ああ、それなんだが、Cランク以上になるには一度は護衛依頼を受けなくてはならない決まりになっているんだ。すまないがそれを優先してもらえないか?」


 マルスの名前が刻まれたCランク冒険者カードを手渡しながらギルド職員がそう言った。いつの間にそんな決まりができたんだいとカタリナが詰め寄る。今の冒険者は腕っ節だけではやっていけないとギルド職員に言われて、カタリナは両手を上げていた。


「随分と冒険者も信頼されなくなったもんだね」

「何を言う。信頼されているからこそ、護衛依頼があるんだろう? Cランク以上になるには貴族や商人との結びつきも必要だってことさ」

「世も末だね」


 カタリナが顔をしかめている。その表情を見て、マルスはカタリナが権力者と結びつくのが嫌いなようだと判断した。これはますます自分の身分は明かせない。マルスは沈黙を貫いた。


『ちょうど良いじゃないか。マルスの国に近づくような道筋をたどる護衛依頼にすれば一石二鳥だぜ』


 なるほど、と納得するマルス。一石二鳥という言葉は初めて聞いたが、それでも何となく意味は察した。さっそくその条件で護衛依頼を探し始めた。カタリナはマルスに依頼探しを任せて横から口出しすることはなかった。


 そのことをありがたいと思いつつ、マルスはギルド職員が渡してくれた護衛依頼の帳簿をめくる。祖国アレクシア王国に帰るまでに立ち寄る町は決めていた。顔が割れている可能性と追っ手がいる可能性を考慮して、なるべくタラント王国との国境から離れた辺境を通る道筋である。


「これにしようと思います」

「これか。またへんぴな場所に行く依頼を選んだな。まあこちらとしては引き受けてがいなくて長く残りそうな依頼だったから、ありがたいと言えばありがたいがね」


 ギルド職員はその依頼書をカタリナに見せた。カタリナは眉一つ動かすことなく確認し、依頼書をギルド職員に返した。カタリナがどんな反応を示すのだろうかと、少し縮こまって様子をうかがうマルス。


 しかしマルスの心配とは裏腹にカタリナは何も言わなかった。こうして冒険者マルスとしての初めての依頼が決まったのであった。

 カーマンド王国の詳細な地図はカタリナが持っている。あとは依頼主に会い、出発日時を決めるだけである。


 依頼主はかの有名な元Sランク冒険者が護衛についてくれると知って大喜びだった。現在のカタリナは正式には冒険者ではない。冒険者カードは数年前に返却しており、今はただの旅人である。それでも絶大な力を持っていることには変わりはないのだ。


 町を出るのは三日後に決まった。目的地までの道中の費用はすべて依頼主が支払うことで合意した。依頼主は馬車三台を引き連れた中規模な商人である。専属の護衛はもちろんいるのだが、先日負傷者が出て人手が足りなくなっていたのだ。そこで頼ったのがこの町の冒険者ギルドだった。


「馬車つきとはね。最初にしてはなかなか良い依頼なんじゃないのかね」

「師匠は護衛依頼を受けたことはあるのですか?」

「もちろんあるさ。ただし、初めて受けたのはAランク冒険者になってからだったよ。もう二度とやるもんかと当時は思ったね」


 当時のことを思い出したのか、カタリナがクックックと忍び笑いをした。宿の部屋の壁は薄い。大声で笑えば隣から苦情が来ることだろう。それを敏感に察知したマルスは庶民の生活はここまで周りに気をつかう必要があるのかと苦笑いになった。


「目的地までの道中に危険な箇所はありますか?」

「この山の近くを通るときが危ないかも知れないね。依頼主も知っているみたいでこっちの迂回する道を進むつもりみたいだけど、さて、どうなることやら」

「何か強い魔物がいるのですか?」

「ワイバーンだよ」

「ワイバーン」


 またドラゴンか。マルスはため息が出そうになったのを慌てて堪えた。地上をはうドラゴンの中でグランドドラゴンが最弱ならば、空を飛ぶドラゴンの中で最弱なのがワイバーンである。


「ワイバーンと遭遇しなければ良いんだけど……」

『お、フラグかマルス?』


 マルスのつぶやきを拾ったエクスが、楽しそうにマルスへ語りかけた。それを聞いたマルスが首をかしげて小さくつぶやいた。


「フラグって何?」

『物語で言うところの前振りだよ。その言葉が後で現実になって襲いかかって来るのさ』

「怖いこと言わないでよね」


 そうつぶやきながらもマルスの顔は引きつっていた。

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