第16話 試験

 カタリナがカウンターに近づくと受け付けにいる男が大きく目を見開いた。そしてカタリナの後ろにいるマルスにチラリと目をやった。


「カタリナの新しい弟子かい? 随分と久しぶりじゃないか。もう完全に田舎に引きこもったのかと思ってたぜ」

「そのつもりだったんだけどね。やっぱり退屈でさ」


 二人はお互いに顔を見合わせて笑い合った。カタリナにしてみれば半分は本当で半分はウソである。そうとも知らずにギルド職員は詳細を聞くことなく手際よく書類を作っていた。


 カタリナがこうしてどこからともなく弟子を連れて来たのはこれが初めてではない。タラント王国からの増え続ける移住者の中でも、”これは”と目にとまった人物を冒険者として育てていたのだ。そのおかげで、カーマンド王国にはタラント王国出身の腕利きの冒険者が何人もいる。


「名前は?」

「マルスです」

「職業は?」

「えっと、剣士?」

「違うね。魔法剣士だね」


 剣士と魔法使い、斥候くらいしか知らないマルスがそう答えると、カタリナがそれを否定した。カタリナが魔法剣士と言ったことでギルド職員は面食らっている。その反応からして、魔法剣士が珍しい職業なのだろうと理解した。


「魔法剣士か。カタリナを疑うわけじゃないが、念のためこちらで確認させてもらっても良いか?」

「もちろん構わないよ」


 マルスを置いて話は進んでいく。何かしらの試験があるとは思っていたが、どうやら冒険者になる全員が受ける必要はないらしい。そのことにマルスは内心驚いていた。

 戦えない人が冒険者になったらどうするのだろうか? 初めての魔物との戦いで不覚を取る人もいるのではないだろうか。


 頭の中でそんなことを考えつつ、カタリナとギルド職員に連れられて冒険者ギルドの奥の扉から外に出た。そこは訓練場になっており、今も新米冒険者たちが木人を相手に剣や槍を振るっていた。腕に自信のないものはここである程度の訓練を受けることができるようになっているのだ。


 それを知ってホッとするマルス。だがしかし、そこにいるのは明らかに自分よりも年齢が上の人ばかりであった。それもそのはず。特別な理由がない限り、冒険者として登録できるのは十五歳になってからなのだから。


 そしてその特別な理由が高ランク冒険者からの推薦である。カタリナは元Sランク冒険者。だからギルド職員の男は何も聞かずにマルスの冒険者登録を行ったのだ。ただ、カタリナが提示したマルスの職業が特殊だったため、確認せざるを得なかった。


 訓練場にギルド職員がやって来たことでその場の空気が少し騒がしくなった。ギルド職員が気にするなと言って手を振ると、新米冒険者たちはマルスたちを気にしながらも訓練を再開した。


「試験は簡単だ。俺と戦ってもらう。当然だが、魔法も使って戦うように。遠慮はいらんぞ。これでも冒険者になめられないように毎日鍛えているからな」


 そう言ってニカリと笑い、力こぶを見せた。冒険者ギルドの職員になっても、静かな生活とはほど遠いようである。お互いに木剣を手に取り少し距離をあけて向かい合った。もちろんマルスが身につけていた剣はカタリナに預けてある。


 何だ何だと再び新米冒険者たちが騒ぎだし周囲に集まって来た。だがそれらの声が聞こえないほど、二人は集中してお互いの出方をうかがっていた。ギルド職員はすでに嫌な汗をかいていた。構えがカタリナと全く同じなのだ。いくら弟子とはいえあり得ない。そして踏み出せない。


 ジリジリとギルド職員が動く。マルスは向こうが来ないなら、と自分から攻撃を仕掛けた。完全に胸を借りるつもりである。短い期間とはいえ、カタリナの指導を受けて剣術の自信がついてきたころだ。今の自分の実力を知りたい。


 二人が激しく打ち合った。その速度は徐々に速くなっていく。化け物か、とギルド職員が思った瞬間、すぐ近くで魔力の動きを感じた。とっさに横へ飛びのく。


「ウインド」


 すぐ脇を風が音を立てて通り抜けた。ギリギリで回避したギルド職員の顔がゆがむ。魔法を詠唱せず、魔法名だけで魔法が使える魔法使いなど、見たことも聞いたこともなかったのだ。


 魔法を使うまでには、魔力を集中し、魔法を詠唱するという手順が必要である。魔法剣士はそれを前線で戦いながらやるのだ。並大抵の努力と才能では無理である。魔法剣士が特殊な職業であるのはそのためである。それを目の前の少年は違うやり方で軽々とやってのけたのだ。それも、わざと当てないようにして。


「なぜ当てなかった。お前なら当てられただろう?」

「それが、人間相手に魔法を使ってことがなくて……」


 なるほど、と納得すると同時にこの少年は優しすぎると思った。そして危ういとも思った。同じ人間を相手にしたときに、ためらわずに相手を切れるだろうか。難しいだろうな。

 そのとき、マルスの体に魔力の流れを感じた。ハッと我に返るとマルスが飛び込んできた。


「クイック」


 そこからはマルスの一方的な展開になりギルド職員は降参した。カタリナと同じ剣術で、カタリナ以上のスピードで攻撃してくるのだ。勝ち目はなかった。両手を上げるギルド職員を見てカタリナが楽しそうに笑っている。


「おや、マルス、あたしとの打ち合いではそんな魔法、使わなかったよね。もしかして、手加減してくれていたのかい?」

「ち、違いますよ、師匠。魔法に頼らず、正々堂々と師匠に勝ちたかっただけですよ」


 マルスの言葉にギルド職員が仰天した。まさか、カタリナに真正面からぶつかって、勝とうと思っている人物がいるとは思わなかったのだ。踊る剣鬼を越える。それがいかに困難なことか。


 それを聞いたカタリナはますます上機嫌になり笑った。膝をたたいての大爆笑である。そんなカタリナの様子をその場にいた全員があっけに取られて見ていた。


「アッハッハ! あたしを越えるかい。いいねぇ。その日が来るのが楽しみだよ」


 カタリナの目はギラギラと輝いていた。まるで在りし日の踊る剣鬼がそこにいるかのようである。その目を見たマルスの表情が固まった。

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