第15話 冒険者

 町に入るマルスの姿を、薄汚れた服を身につけた人たちが虚ろな目で見ていた。あの屋敷に閉じ込められていた自分も、同じような目をしていたのだろうか。そう思うと、マルスの背筋が寒くなった。


 それと同時に、自分がエクスに救われたように、ここにいる人たちも救えたらと思わずにはいられなかった。だが、今のマルスは自分一人が生き抜くので精一杯である。とてもではないが、他の人を救う力などなかった。


 マルスは唇をかみしめてカタリナの後をついて行く。

 石材で作られている城壁を抜けると、石の土台の上に、木で作られた家がいくつも見えてきた。その光景にエクスが楽しそうに声を上げる。


『こりゃすごい。まさにファンタジーの世界だな。まるでヨーロッパの田舎の街並みを見ているような感じだぜ』

「ヨーロッパって?」

『あー、俺が住んでいる世界の地域名だな。こんな感じの家が並んでいるのさ』


 マルスの頭は混乱した。以前にエクスが見せてくれたバイクの映像と、この家がどうしてもつながらなかったのだ。バイクは光沢のある緑色の光を放っており、見るからに複雑な構造をしていた。そして草一本生えてない、平らで黒い道を走っていたのだ。


「まずはマルスの服を何とかしないといけないね」

「ええ! さすがに師匠にお金を出させるわけにはいきませんよ」

「実に良い心がけだが、その格好じゃ冒険者にはなれないよ。冒険者はだれでもなれるかわりに、それなりの格好をしておかないといけないものなのさ」


 そう言うと、有無を言わせずに剣と盾の看板が掲げられた店へマルスを連れて行った。そこは冒険者の武器や防具を専門的に扱うお店だった。

 ガランガランという音と共に中に入ると、お店にいた冒険者らしき人たちがこちらにチラリと視線を向けた。

 だが、すぐに興味を失ったのか視線を感じなくなった。


 店にいる冒険者たちはしっかりと手入れされた装備を身につけている。カタリナがああ言ったのにはちゃんとした理由があり、まともな格好をしていない冒険者にはまともな仕事の依頼が来ないのだ。


「いらっしゃい」

「この子に合う装備を一式欲しい。初心者用の使い古しの物でいいよ」

「ふむ……こっちへ来い」


 店主について行った場所には、少し傷が入っているものの、手入れすればまだ十分に使える装備がいくつも置いてあった。その中からか手慣れた様子で店主が革製の物を中心に選んでいく。

 マルスができることと言えば、アナライズでどんな素材で作られているのかを見るくらいであった。当然のことながら目利きはできない。


「これだけあれば十分だろう。ここで装備していくか?」

「そうさせてもらうよ。あと、この子の服の買い取りも頼みたい」


 チラリとマルスが着ているブカブカの服を見た。それだけでそれが何なのかが分かったようである。店主は何も聞かずに了承した。流れるような展開について行けず、マルスは閉口していた。


 タラント王国の兵士の服など買い取ってどうするつもりなのだろうか。そう思ったときに、タラント王国に潜入したい密偵や暗殺者にとっては、喉から手が出るほど欲しい品だということに気がついた。カタリナはそれも踏まえてこの店に来ていたのだ。


 革製の装備に身を包んだマルスは一人前の冒険者であった。鏡の前で自分の姿を確認すると、今置かれている状況など忘れてすぐにでも冒険に出たい気持ちになっていた。

チラリと店主が剣を見た。


「武器はどうする?」

「武器はいらないよ。この子には立派な剣があるからね」


 店主の目から見ても、マルスの剣はただの使い古された剣にしか見えなかった。そのため気を利かせてそう言ったのだが、カタリナから思わぬ反応が返って来たことに店主は面食らった。


 冒険者にとって、武器も防具もどちらも命を守る大事なものである。特に古い武器を使っていると、思わぬときに破損して使えなくなったりするのだ。


「本当に良いのか? あの剣よりもマシな剣はいくらでもあるぞ」

「良いんだよ。どうせ新しい剣を買っても使わないよ。そうだろう?」

「はい。ありがたいお話ですが、ボクはこの剣が気に入っていますので大丈夫です」

「……そうかい。それじゃせめて、刃こぼれがないか見せてくれ。それくらいなら良いだろう?」


 これまでエクスで切ってきたのはオオカミと鉄格子とグランドドラゴンの頭。確かに刃こぼれがあるかも知れない。エクスの刃が研げるのかはさておき、今の状態を知っておくべきだと判断したマルスは剣を店主に渡した。


 鞘から引き抜くとにらみつけるかのように剣を見た。光にかざし、角度を何度も何度も変えている。やがて店主は剣を鞘に戻すとマルスに手渡した。


「驚いた。これだけ古い剣なのに刃こぼれ一つありゃしない。随分と大事に使っているみたいだな。これなら大丈夫だ」


 店主は太鼓判を押してくれた。それを聞いてホッとした表情になるマルス。エクスも自分の刀身が何ともないことに安堵する。もし折れたらどうなるのか。それはエクスにも分からなかった。


 装備を調えたマルスたちが次に向かったのは冒険者ギルドだった。冒険者ギルドに登録することで、初めて正式な冒険者として認められるのだ。

 カーマンド王国は近隣諸国では唯一、冒険者ギルドを有している国である。そして冒険者は貴重な戦力として、国からも優遇されているのだ。


 そのため、このような辺境の町でも冒険者ギルドが存在している。これまでの石と木で作られた建物とは違い、冒険者ギルドの建物は全てが石で作られていた。有事の際は砦の一つになるのだ。


 入り口の大きな金属製の扉は開け放たれていた。そこから見える景色にマルスとエクスは目を輝かせた。物語で読んだような景色がそこには広がっていたのだ。この世界にはエルフやドワーフなどは存在しない。しかし、冒険者が身につけている装備は多種多様であり、マルスと同じ革製のものから、金属製のフルプレートを着込んだ者もいる。


 持っている武器も剣だけでなく、槍や弓、斧、棒などもあった。もちろん杖を持っている冒険者もいる。時刻はいつの間にか夕暮れになりつつあり、依頼に出ていた冒険者たちもパラパラと戻って来ているようだ。

 そんな冒険者たちには目もくれず、カタリナはギルドの受け付けカウンターへと向かった。


『冒険者ギルドの受け付けと言えば、普通はかわいい受付嬢だよな?』

「エクスのところではそうなの? 冒険者の中には荒々しい人たちもいるみたいだからね。問題が起きないように、引退した元冒険が雇われているんだよ」


 マルスが言うように、受け付けカウンターには屈強な男たちがにらみを利かせていた。幾分か年を取っているが歴戦の冒険者である。話しかけるにはそれなりの勇気が必要だろう。新米冒険者はすでに試されているのだ。

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