第14話 聖剣エクスカリバー
「ちょうどいい。そろそろ休憩にしよう。もう少し先に休憩できる場所があるんだ。そこまで行こう」
カタリナに促されてマルスは歩き出した。先ほどの話が気になるマルスは自然と歩調が早くなる。一方のエクスは一体どんな話が出て来るのか気が気でなく、偽物だとバレたときにどうやって言い訳しようかを真剣に悩んでいた。
たどり着いた場所はまばらに木が生えているだけの草原の中でも、ひときわ大きな木の下だった。これだけ大きな木なら遠くからでも見える。冒険者が目印にするのにはちょうど良かった。
荷物を下ろし、マルスがウォーターで水をコップへとそそいでいる間に、カタリナは少量のナッツを用意していた。休憩の準備が整うとそれぞれが倒木へと腰掛ける。
「さて、どこから話したらいいかね。あれはあたしがパーティーを組んでいたころの話だよ。精霊の森に聖剣があるというウワサを聞きつけて、腕試しに行ってみようって話になったのさ。今にして思えば若気の至りだね」
そう言いながら苦笑いするカタリナ。きっとその当時は色々とあったんだろうなとマルスとエクスは想像した。いつか自分も、カタリナのように冒険の旅に出てみたい。マルスはそう思うようになっていた。
「その話なら、小さいころに本で読んだことがあります。森の奥には聖剣エクスカリバーがあって、剣に選ばれし者だけがその剣を抜くことができるって。てっきりおとぎ話だと思っていました」
「その通りだよ。そんな子供でも知っているおとぎ話を信じて、いい年した若者がそこへ向かったのさ」
「それで、剣はあったのですか?」
はやる気持ちを抑えきれなくなったマルスが前のめりになって尋ねた。その姿を見ながら、マルスも見た目通りの子供なのだと少し安心したカタリナ。マルスと同年齢の子供は何人も見てきたが、ここまでお上品な子供は初めてだったのだ。
カタリナは薄々、マルスがアレクシア王国のマルス王子であることに気がついていた。だが、本人が言い出すまではこちらからは聞かないつもりでいる。王子が一人でこんな不便な場所にいるのだ。何か深い理由があるに決まっている。
「剣は確かにあったよ。でもどうやってそこまでたどり着けたのかは分からない。何せ、二度とたどり着くことができなかったからね」
「何か仕掛けがあったのでしょうか?」
「どうだろうね。まあ、そんなわけで聖剣エクスカリバーとあたしたちは対面したのさ。聖剣は刃から持ち手までのすべてが少し茶色がかった黄金色をしていてね。これが伝説の金属、オリハルコンなんだとみんなで騒いだものさ」
わあ、と目を輝かせたのち、マルスは手元にあるエクスを見た。それはどう見ても”どこにでもある古びた剣”であった。聖剣の面影さえも見つかりそうにない。エクスはマルスの頭の中でピューピューと口笛を吹いた。
マルスはエクスが芸達者なことに感心した。そしてエクスがウソをついていたことを知った。だが、それを知ったからといって、エクスの評価が変わることはない。エクスは自分をあの場所から救い出してくれた英雄なのだ。
「聖剣エクスカリバーを手に入れたという話を聞いたことがないので、抜けなかったんですよね?」
「その通り。抜けなかったよ。台座を魔法で破壊しようとしたけどそれもダメだった」
反則技を使ってでも手に入れようとしていたことに、先ほどの”若気の至り”が何であったのかをマルスは理解した。そして先ほどのカタリナと同じような顔で苦笑した。
それを見たエクスは早くもマルスがカタリナに似てきたことに驚いていた。このままではかわいいマルスが豪快なマルスになってしまう。それだけは何とかして阻止せねば。
『マルス、師匠のようになるなよ。マルスはしっかりと常識を持った大人になれ。その場のノリで好き勝手にするじゃないぞ』
答えに窮したマルスは無言を貫いた。下手にエクスと話して、カタリナから何を話していたんだと聞かれるのはまずい。その後もカタリナは仲間たちとの冒険について話してくれた。それを聞いたマルスはますます冒険の旅に出たくなっていた。いっそこのまま旅に出たい。
それからマルスとカタリナは修行と休息を挟みつつ、数日掛けて町へとたどり着いた。そのころにはマルスはすっかりと野営をする方法を身につけていた。今ではカタリナと交代で夜の番もできるほどの上達っぷりである。
野営の技術だけじゃない。そこまでの道中に何匹ものオオカミと戦って勝利していた。すでにカタリナの手助けは要らなかった。索敵もカタリナよりもずっと広い範囲をくまなく調べることができるようになっている。
剣の修行も素振りから、より実戦的な打ち合いへと変わっていた。短期間にものすごい速さで上達していくマルスにカタリナは驚嘆していた。騎士になれば最強の騎士に、冒険者になれば最高の冒険者になれる素質がある。すでに将来が楽しみであった。
「見えて来たよ。城壁の周りに人が住んでいるのが見えるかい? あれがタラント王国から逃げ出して来た人たちさ」
この町に城壁があるのはタラント王国が攻めて来た場合への備えである。もちろんタラント王国に攻める場合はこの町に多くの兵士が集まることになる。そしてその城壁の周りには入り口の門から連なるように、布とひもで作られた粗末なテントがいくつも並んでいた。
もしあの場所でカタリナに出会わなければ、マルスもこの仲間入りをしていたことだろう。そこから抜けだし、祖国であるアレクシア王国に帰るのは並々ならぬ労力が必要だったはずである。
難民たちには目もくれず、カタリナは門へと向かった。そこでは町の中に入ろうとする難民と門番がお互いに罵り合っていた。それはいつもの光景であり、今さらそれを気にするような人はいなかった。マルスをのぞいて。
「師匠、どうやってもあの人たちは中には入れないのですか?」
「そうだよ。昔は入れていたんだけど、町の犯罪が目に余るほど増えてしまってね。そうせざるを得ないんだよ。タラント王国がもっとまともな国になればこんなことにはならなくてすむのにね」
一番上等な装備を身につけている門番のところにカタリナとマルスは向かった。門番はカタリナに気がつくと軽く手を上げた。カタリナも同じように手を上げる。
「カタリナさん、その子は?」
「この子はね、あたしの新しい弟子さ。文句はあるかい?」
「文句なんてありませんよ。まだ死にたくありませんからね」
「そりゃ賢明な判断だ」
そう言って二人は笑い合った。ここカーマンド王国では名の知れた冒険者は下手な貴族よりも権力があるのだ。カタリナがまさにそうだった。マルスは改めて冒険者としてのカタリナのすごさを思い知ることになった。
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