第13話 マルスの魔法
ガサガサと草の茂みをかき分ける音がマルスの耳にも聞こえてきた。なおも息を潜めていると急に音が大きくなってきた。カタリナはすでに剣を抜いている。マルスも慌てて剣を抜いた。
それと同時にオオカミが草むらの中から飛びかかってきた。先頭の一匹を声も出さずに横なぎに切り払った。二つになったオオカミの亡骸が草むらに落ちる。
不意打ちに失敗したことを察知した二匹が逃げ去ろうとしたところを、音もなく近づいたカタリナがその首筋をいともたやすく切断する。その剣筋に迷いはなかった。カタリナの表情にも迷いはない。
後ろから来ていた四匹のオオカミが一斉にこちらへと向かって来る。その内の一匹が茂みから飛び出した。飛びかかってきたオオカミを切り払い、スキを突いて襲って来ようと機会をうかがっているオオカミを目で牽制する。そしてスキを見せたオオカミから一匹ずつ、マルスに見せるかのように倒していった。
最後の一匹を倒すと持っていた布で剣の血を拭った。
「良く見てたかい?」
「はい。しっかりと見させていただきました」
「それじゃ、次はマルスに任せるとしよう。オオカミはこの辺りではそれほど強い魔物じゃないからね。あれが倒せないようでは冒険者になんてなれないよ」
カタリナは水を飲んで一息つくと、先に進みはじめた。マルスはカタリナが口にする水筒の傾き具合から、飲み水がなくなりかけていることに気がついた。
「師匠、魔法で水を出せるので補充しておきますよ」
「おや、マルスは魔法が使えるのかい? 大したもんだ。それじゃお願いしようかね」
カタリナから水筒を受け取ると、ウォーターの魔法を使った。すぐに常温に戻るかも知れないが、冷たい水を入れることにした。そんな気配りをしたマルスの魔法を見てカタリナがいぶかしむ。
「何もないところから水が出るだけの魔法なんて初めて見たよ。戦いで役に立つのかい?」
「水の温度を変えることができるので、高温にすればそれなりに効果があると思いますよ」
まさかグランドドラゴンに使ったとは言えず言葉を濁した。グランドドラゴンのことを話せば、きっとカタリナは全部話せと言うだろう。そうなると、自分のことを話さざるを得ない。
そしてそれをすればカタリナに無用な重荷を背負わせることになってしまう。マルスは自分の問題にだれかが巻き込まれることを恐れていた。
「水の温度を変える……信じられないね。ちょっとやってみてもらっても構わないか?」
「ええ、良いですよ。今、冷たい水を出しているので触ってみて下さい」
「まさか……本当だ。冷たい水だよ。飲めるのかい?」
空中から出ていた水を触ったカタリナの声が高くなった。カタリナが驚いたことでこの魔法が普通ではないことをマルスは悟った。もしかすると、エクスが教えてくれる魔法は常識外れなのかも知れない。
あのとき、「ドラゴンを屈服させる魔法」を教えてもらうのをやめておいて良かったと、心の中で胸をなで下ろした。
「もちろん飲めますよ。ずっとこの水で喉の渇きを潤してきましたからね」
冷たい水で喉を潤すカタリナ。町でくんできた水よりもずっとおいしかった。いつでもどこでもこの水が飲めるのは驚異的である。この魔法のためだけでも冒険者パーティーに入れる価値があるとカタリナは思っていた。
「だれに魔法を習ったんだい?」
「えっと……」
ジロリとカタリナににらまれたマルスは蛇ににらまれた蛙のようになった。エクスのことを話しても良いものか。マルスにとってエクスは、今や唯一無二の友達である。その友達を裏切るようなことをしたくなかった。
『話した方が良いんじゃないのか? 実は話せる不思議な剣なんですって。きっとババ、じゃなかった師匠も察してくれるはずさ。何せ、師匠自身が神様に導かれてここまでやって来たんだからな』
エクスに励まされたマルスはカタリナに話すことにした。話すのはもちろん必要な部分だけである。マルスから話を聞いたカタリナは腕を組んで何かを考えているようだったが、それ以上は深く追求して来なかった。
「しゃべる剣ねぇ。そいつに触ればあたしにも声が聞こえるのかね?」
「どうなのでしょうか? この剣のことはだれにも秘密にしていたので良く分かりません」
「試してみても良いかい?」
「……はい」
ここまで来て嫌だとは言えなかったマルスはエクスをカタリナに渡した。それを握ったカタリナは首をかしげていた。何も聞こえなかったのだ。もちろんエクスはカタリナに向かって話しかけていた。もしその言葉が聞こえていたら、この場でたたき折られていたことだろう。
「何も聞こえないね。今も話しているのかい?」
「分かりません。ボクもその剣に触れたときしか声が聞こえないんです」
「なるほどね。もしかすると持ち主を選ぶのかも知れないね」
そう言いながらカタリナはマルスに剣を返した。手元に剣が戻って来てホッとするマルス。エクスが変なことを言って折られたらどうしようかと思っていたのだ。マルスの手元に戻って来たエクスが話かける。
『どうやら師匠には俺の声は聞こえないみたいだな』
「そうみたいだね。エクスは本当に不思議な剣だね」
「その剣はエクスって名前なのかい?」
「そうです。エクスカリバーだって言ってました」
それを聞いたカタリナが怪訝そうな顔をした。両手を組んで眉間にシワを寄せている。もしかして適当にエクスカリバーと名乗ったのはダメだったのか? エクスの頭の中に不安がよぎる。
マルスはマルスで何を言われるのかとドキドキしていた。
「マルス、残念だけど、それは聖剣エクスカリバーじゃないよ。若い頃、あたしは本物の聖剣エクスカリバーを見たことがあるからね」
「えええ!」
『えええええ!』
マルスとエクスが驚いた。まさか聖剣エクスカリバーが実在するとは二人とも思っていなかったのだ。
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