第12話 修行開始

 その日から、カタリナによる剣の修行は始まった。朝食を食べ終わるとすぐに準備運動をさせられ、剣の素振りをさせられる。草原には心地良い風が吹いており、秋がゆっくりと忍び寄っていた。


「いいかい、これが基本の素振りだよ」


 そう言ってカタリナが剣を真っすぐに振り下ろす。空気を切り裂く音が何度も聞こえてくる。それをマルスは食い入るように見ていた。その様子にカタリナの口元がわずかに上がる。


 良く見ている。これまでマルス以外にもカタリナの弟子はいた。だが、そのだれもがすぐに剣を振りたがった。まずは良く見ること。何度そう言ったことか。だがマルスにはその必要がなかった。


「それじゃ、今度はマルスが振ってみな」

「分かりました」


 マルスが剣を振る。それを見てカタリナは驚いた。マルスが自分と寸分違わぬ剣の振り方をしたのだ。まるで自分がもう一人、そこにいるかのようである。どこか悪い箇所があれば指摘しようと思っていたが、その必要はなかった。カタリナの背中を一筋の汗が流れる。


「あの、師匠、どうでしょうか?」


 無言のカタリナに不安になったマルスが素振りをやめる。その様子を見て、カタリナがハッと我に返った。見とれていた、というよりも戦慄していたのだ。マルスには底知れぬ剣士の才能がある。自分がマルスと同じくらいの年齢のころは、もっとデタラメな剣の振り方をしていた。それこそ、だれの言うことも聞かず。


「問題ないよ。続けな。まずは剣の重さに耐えられるように筋力をつける必要がある。その細い腕じゃどうしようもないからね」

「はい、師匠」


 マルスは自分の細い腕を見て、足を見て、体を見て、カタリナの言う通りだと思った。今は剣術を習うよりも体を作るとき。エクスはマルスの体格に合わせたかのような少し短めの剣だが、その辺りに売っている剣を使えば、簡単に剣に振り回されてしまうだろう。


 カタリナは剣を真っすぐに振るだけでなく、横や、袈裟懸けに振る動作も教えた。その全てを、マルスはいとも簡単に習得した。さすがにこれにはカタリナも面食らった。一体どうなっているのか。覚えが早いにしては度が過ぎる。


 日が高くなり始めたころになって、ようやく二人は街へと移動を開始した。一番近い町までは歩いて二日ほどかかる。修行をしながらだと、三、四日はかかるだろう。


「町についたらまずは冒険者に登録だよ。それがあれば、この国の中ならどこにでも行くことができるからね」

「師匠はもう冒険者を引退したのですよね?」

「そうだよ。年老いた者がいつまでもいたら、若い芽が育たないだろう?」


 引き際をわきまえているのだろう。そしてこうやって剣を教えて、新しい冒険者を育てているのだ。そういうものなのだとマルスは納得した。

 草原を歩いていると、突如カタリナの動きがとまった。そしてすぐに低い姿勢になる。マルスも慌てて同じように身をかがめた。


「何かあったのですか?」

「この先にオオカミが三頭ほどいるね」


 そう言われて初めてマルスはエレファントノーズの魔法を使った。確かに前方から獣臭がこちらへと流れて来ている。マルスはカタリナに頼りすぎていた自分を反省した。森にいるときは常に周囲に気を配り、危険がないかを確かめていたのだ。油断していたと言って良いだろう。


『良い勉強になったな』

「気づいていたのなら教えてくれても良かったのに」

『何を言っているんだ。むしろ失敗した方が忘れないものさ』


 エクスのその言葉には重みがあった。これは昔、エクスに何かあったな。そう思ったマルスだったが、それ以上は深く追求しなかった。それよりも気になったことがある。


「師匠はどうして分かったのですか?」

「勘のようなものだね。殺気を感じるのさ」


 分かったような、分からないような、複雑な心境になったマルス。ジッと前方の茂みの中に目を凝らして見てみたが、何も感じることはなかった。感じるのはどんどん濃くなる獣臭だけである。


「ボクには才能がないのかな……」

『お、マルスがへこんでるぞ』

「うれしそうに言わないでよ」

『フッフッフ、さっきまでの、そんなあなたにさようなら。この魔法さえあれば、才能がなくとも敵の居場所が丸わかり。自信が持てる、女にぃーモテる!』


 マルスは汚物を見るような目でエクスを見た。その視線に耐えきれずにエクスは”レーダーが飛行物体を感知する映像”をマルスにスッと見せた。そんな魔法はこの世界にないかも知れない。だが今のエクスにとってはそんなことはどうでも良かった。


『ほら、遠慮なく使いなよ』

「何だか釈然としないけど……レーダー」


 魔法を使うと、マルスの頭の中に自分を中心とした円が広がって行く映像が映し出された。それは隣にいるカタリナと前方から少しずつ近づいて来ている、三匹のオオカミの姿を捕らえていた。さらにその後ろには四匹のオオカミの姿がある。


「師匠、三匹のオオカミの後ろから四匹のオオカミが続いています」


 マルスが小声でカタリナに話しかけると、カタリナが目元に力を入れて前方を見つめた。その口元には笑みが浮かんでいる。それほど時間をおかずにカタリナは剣の柄に手を置いた。マルスもそれに倣う。


「良く気がついたね。何だか嫌な予感がしていたんだけど、どうやら後ろから来ているオオカミが引っかかっていたようだよ」


 カタリナに褒められて悪い気はしないマルスだったが、エクスに教えられた魔法を使っただけだったので、なんとなく不正をしているような複雑な思いも混じっていた。そんなことも知らずにカタリナは指示を出した。


「今回はあたしが全部やるよ。次からはマルスにも戦ってもらうから、そのつもりでしっかりとあたしの動きを見ておくんだよ」

「分かりました」


 これまでの訓練で、マルスには実演をしっかりと見せた方が良いことに気がついていたカタリナは迷いなくそう言った。

 普通の弟子ならここで”戦いたい”と言い出すところなのだが、マルスは一切、不平不満を言わなかった。マルスもまた、自分の特性に気がついているからだ。

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