第11話 弟子入り志願

 マルスは目を覚ました。大きく伸びをすると草原と空が交わる境界線を見た。そこでは今まさに日が昇り始めているところだった。久しぶりの心地良い感じに、王城で暮らしていたころは常に神経をとがらせていたのだと、今さらながら気がついた。


 マルスは常に人から注目されていた。それはもちろん、兄であるアーサーと比較するためである。数ヶ月前までは気がつかなかったのだが、今のマルスにはそれが良く分かった。そしてマルスはあの不可解な出来事がアーサーが仕組んだものであると確信していた。


『おはよう。良い朝だな』

「おはようエクス。久しぶりに良く眠ることができたよ」

『それは良かった。そんなマルスに朗報だ。あのばあさんは悪いやつじゃない。俺と同じくマルスを導くために神様が遣わした人物だ』


 思わず声をあげそうになったマルスは両手で口を押さえた。エクスはいつもそうだ。いつもそうやって、驚くべきことを平気な顔をして言う。思わずエクスをにらむマルス。

 てっきり喜んでくれると思ったのに、その真逆の対応をされたエクスは困惑した。


『な、何だよ、うれしくないのかよ?』

「いや、うれしいし、安心したよ。でも、そんなビックリするようなことを言うのなら、こっちにも心の準備が欲しいな」

『お、おう、そうだな。それじゃ次からは、「良いですか、落ち着いて聞いて下さい」って最初に言うからな』

「……うん」


 何だかエクスのことがまた良く分からなくなったマルス。住んでいる世界が違うとこうも違うのかと改めて実感した。だがしかし、カタリナが敵でないことが明確になったのは朗報だった。これで安心して頼ることができる。


「ボクを導くってどういうこと何だろう? 国まで送ってくれるのかな」

『それだとありがたいな。最強の冒険者がついて来てくれるなら鬼に金棒だ』

「エクス、カタリナさんの武器は金棒じゃなくて剣だよ。それを言うなら鬼に剣でしょ?」

『……そうだな』


 これ以上は何も言うまい。エクスはそっとしておくことにした。そんなやり取りをしていると、どこかへ行っていたカタリナが戻って来た。その手にはどこで集めて来たのか、薪が何本もあった。


「起きたかい」

「おはようございます。昨日は夜の番もせずに、申し訳ありませんでした」

「良いんだよ。もう慣れっこさ。昼間に少し仮眠を取るかも知れないけど、そのときは頼んだよ」

「はい! 頼まれました」


 顔を合わせてマルスとカタリナは笑う。端から見れば完全に祖母と孫の構図であった。それを見ながら、エクスは数年前に亡くなった祖母のことを思い出していた。カタリナのように豪快な性格の人だった。ババアと呼んでいたが、むしろそれは親しみを込めたものであった。


 拾ってきた薪を昨晩のたき火の跡地に並べるカタリナ。手際よく枝を折る。そしてマルスを見た。


「たき火のやり方を知っているかい? そうか、知らないか。それならやり方を教えてあげるよ。枝はこのくらいの長さにすると良い。そしてこんな風に並べる。やってみな」


 マルスは見よう見まねで枝を並べた。それは今しがたカタリナが並べたところと遜色ないものであった。それを見てカタリナがうれしそうにうなずき、エクスは何か引っかかるものを感じた。


 一目見ただけで、ベテラン冒険者のカタリナと同じものが作れるものだろうか。木登りだってそうだ。一度目はかなり苦戦していたのに、三度目にはサルのようにスルスルと木を登っていた。マルスの成長速度が早すぎるのではないだろうか。


「それだけできれば上出来だよ。これなら今後のたき火の準備は任せられそうだね」

「今後のたき火の準備?」

「そうだよ。マルス、あたしの弟子になりな。どうせ行く当てはないんだろう? 昨日も少し話したけど、隣のタラント王国から来る人が増えていてね。この国も警戒しているのさ」


 分かるだろう? とでも言っているかのような目線をカタリナがマルスへと送る。事情を察したマルスは一度だけ大きくうなずいた。

 タラント王国から人が流れてくるということは、その中に犯罪者や密偵も混じっているということである。そうなると、王国側の警戒も厳しくなる。身分を証明してくれる人物がいなければ町や村に入れない可能性もあるのだ。


「カタリナさん、ボクをあなたの弟子にして下さい」


 そう言ってマルスは頭を下げた。もしこの場にマルスの素性を知る者がいたら間違いなく止めただろう。王族が頭を下げることなど言語道断なのだから。だがしかし、カタリナもエクスも何も言わなかった。むしろその姿は潔く、好感が持てた。


「これで決まりだね。あたしの修行は厳しいよ。覚悟しておきな」

「はい。全力でついていきます」


 前回のグランドドラゴンとの戦いで、剣士としての力量が自分に足りていないことをマルスは痛感していた。エクスも同じことを考えていたが、さすがにエクスは剣の達人ではない。時代劇を見て培った殺陣も、この世界で通用するという自信はなかった。


『良かったな。これで魔法は俺、剣術はババアから習うことができる。マルスはきっと強くなるぞ』


 エクスのババア発言に吹き出しそうになったマルスは白い目でエクスを見た。まるで道端に落ちている石ころを見るかのようである。小声でマルスが話しかける。


「師匠だよ、エクス。今度その呼び方をしたら、さすがのボクでも怒るからね」

『じょ、冗談だぜ~? 本気にするなよ』

「なら良いけど」

「ほらマルス、ボーッとしてるんじゃないよ。次は朝食の準備だよ」

「分かりました、師匠」

「良い返事だね。ますます気に入ったよ」


 そう言って豪快に笑うカタリナ。エクスはますます亡くなった祖母に似ていると思った。

 朝食の準備をしながらマルスは考える。神様が師匠を遣わしてくれたのは無事に自分が祖国へ帰るためだけではない。自分を鍛えるためでもあるのだ。そしてそれはエクスにも当てはまっていた。

 この先に何が待ち受けているのかと思うと、少しだけマルスの背筋が寒くなった。

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