第10話 それぞれの決意

 アレクシア王国の一室で一人の男が闇ギルドからの報告を受けていた。

 マルスと同じ黄金色の髪に青色の瞳を持つその人は、アレクシア王国の第一王子、アーサーであった。


「良く知らせてくれたぞ。お前たちに協力を頼んで良かった。予想以上の成果だ。そうか、死んだか……クックック」

「タラント王国で仕事をしていた仲間が、偶然その情報を手に入れましてね。これは急いでお知らせせねばと思った次第です」


 フードつきの黒いマントを身につけている男の顔にはマスクがつけられている。依頼者には顔を見せないのが闇ギルドの流儀である。もっとも、仲間内でもマスクをつけたままの者も多い。


「タラント王国のやつらにあいつを売ったときはこれであいつも終わりだと思ったのだがな。まさか父上があの国の要求を飲むとは思わなかった。父上も老いぼれたものだ。そんなことをすれば国益を損なうだけだろうに。そうは思わないか?」

「おっしゃる通りです」


 そう言いながらも闇ギルドの男は、アレクシア国王がどうしてアーサー王子を後継者に選ばないのかが分かったような気がした。兄より優れた弟などいない、いや、いてはならないと思うような狭量な人物なのである。


「これで父上も私を後継者として認めてくれることだろう」

「そうなることは間違いないでしょう」

「その暁にはすぐに父上を隠居させて、私が王位を継ごう。それがこの国のためだ。そして弔い合戦と称してタラント王国を攻める」


 闇ギルドの男は無言でうなずいた。そう甘くはないだろう。アレクシア国王なら、アーサー王子を後継者に選ぶ前にタラント王国を攻め滅ぼすはずだ。そしてマルス王子の首が見つかるまでは王位を継承しないはず。

 その間にアーサー王子の敵対者は増え、醜い後継者争いが始まるはずだ。


「タラント王国を攻める口実をくれるとは。最後に役に立ったじゃないか。きっとあいつもあの世で私に感謝しているはずさ。ハッハッハ!」

「……」

「褒美を用意しておく。あとで受け取ってくれ」

「ありがたき幸せにございます」


 闇ギルドの男は部屋から去った。そして前回と同じ部屋で謝礼金を受け取ると、闇に紛れて王城をあとにした。城から出るとすぐに仲間が集まって来る。全員が同じような格好をしていた。


「お頭、どうでした?」

「上々の首尾だ。たっぷりと謝礼金をもらった。もちろんお前たちの取り分もあるぞ」

「さすがお頭、どこまでもついて行きますぜ。ところで、依頼者はどうでした?」


 アーサー王子はこの国の行く末を決めるかも知れない人物なのだ。当然のことながら、その場にいた全員が気になっていた。押し黙ったのをせかすことなく、ジッと待った。このような気配りができる人物を多く抱えているのが、闇ギルドの厄介なところであった。


「あれはダメだな。あの男が国王になれば、この国は間違いなく荒れる」

「フフフ、それじゃ、これからますます仕事がやりやすくなりますね」

「その通りです。これから楽しくなりそうですよ」

「混沌こそ、我ら闇ギルドが望むものであるからな。この国もついに闇に落ちるか。ククククク……」


 男たちは闇の中へと消えて行った。闇から闇へ。それがこの世界を裏から支えている闇ギルドの在り方であった。




 一方その頃、マルスが逃げ出した話はアレクシア国王陛下のところにも伝わっていた。

 そのことを伝えたのは闇ギルドのメンバーではなく、タラント王国に派遣していた密偵である。


「何と、逃げ出したか! さすがはマルスだ」


 国王陛下が満足そうにうなずくが、報告した密偵はニコリともしなかった。その様子を見た王妃殿下はこの話には続きがあることを敏感に察知した。背筋を正すと密偵に向き合った。


「それで、逃げ出したマルスはどうなったのですか?」

「はい、それが……」

「私たち遠慮は要りません。ハッキリと言いなさい」


 目元に力を入れた王妃殿下が密偵をにらんだ。そのときになって国王陛下も不穏な空気を感じ始めていた。先ほどまでの喜びが一瞬にして霧散する。

 王妃殿下の言葉を後押しするかのように、国王陛下が深くうなずいて先を促した。


「マルス王子は辺境伯の屋敷を抜け出したあと、南の森に向かったようです」

「南の森か。そこはどんな森なのだ?」

「それが……その森の近くに住む者たちからは”迷いの森”として恐れられている場所でして、足を踏み入れる人はいないそうです」

「そんな……」


 王妃殿下の顔色が真っ青になる。今にも折れそうな心を必死に必死に励まし、続きを促した。聞きたくはないが、息子の行く末を知りたい。それが彼女を突き動かした。


「森へ向かったマルスはどうなったの?」

「マルス王子を追ってタラント王国から調査団が派遣されたようですが、発見できなかった模様です」

「では生きている可能性があるのか?」

「それが……」


 密偵は王妃殿下の顔色を見て言葉を濁した。その様子を見た王妃殿下の顔が、今度は蒼白になった。今にも倒れそうである。しかし国王陛下はそのことに気がつかなかった。煮え切らない態度をする密偵に対して、我知らずに語気が荒くなる。


「ハッキリと申せ」


 グッと言葉を詰まらせた密偵が目を閉じ、観念したかのように話を続けた。開いたその目は一度だけ、申し訳なさそうに王妃殿下を見た。


「迷いの森に生息していたグランドドラゴンの口内から子供用の服が出て来たそうです。その服はマルス王子に着せられていた服と同じ形をしていたそうで……」


 密偵がそこまで口にしたとき王妃殿下が卒倒した。それを予期していた使用人たちが慌てて王妃殿下の体を支えた。そのまま王妃殿下は引きずられるかのように退出した。

 国王陛下の顔色もひどく青ざめている。最悪の結果になった。逃げ出さなければ、まだ生きていられたのに。そう国王陛下は思った。もちろん、王妃殿下もである。


「おのれタラント王国のやつらめ。絶対に許さんぞ。だがその前に、アーサーを何とかせねばならんな。あいつさえいなければ……」


 奈落の底で悪の大魔王がうなっているような低い声に密偵が震えた。国王陛下はアーサー王子の悪行をすべて知っていたのである。





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