第9話 約束された出会い
迷いの森を抜けたマルスは南西の方角へと向かった。マルスの記憶によると、この方向にそれなりに大きな街があったはずである。それに祖国であるアレクシア王国はカーマンド王国から見て西に位置している。必然的に西に向かう必要があるのだ。
『なあ、本当にこっちの方角に街があるのか? そろそろ食料がなくなるぞ』
「もしかして間違ったかな。確かこっちの方角にあったはずなんだけど……記憶力には自信があったんだけどな」
ションボリとしてしまったマルスを見てエクスは慌てた。マルスをおとしめるつもりはなかったのだ。ただ、食料が心配だっただけである。どうすればマルスを元気づけられるかなと考えていると、当の本人が元気な声を上げた。
「見てよ、エクス。煙だよ! だれかがこの草原で煮炊きをしているんだ」
『本当だな。街は見えないが、だれかがいるみたいだな。どうする?』
「行ってみよう」
『危険かも知れないぞ?』
「そのときはクイックを使って逃げるさ」
それもそうだと思い、それ以上エクスは何も言わなかった。クイックを使ったマルスはまさに風。そう簡単に追いつける者などいないと思っていた。
煙の方へと近づくと、そこは小高い丘の上だった。その場所からならこの草原を一望できるだろう。
『こええな。俺たちのことは向こうからは丸見えのはずだぞ』
「そうだね。野営するには絶好の場所だね」
『のんきなもんだな。警戒だけはしておけよ』
エクスにそう言われて、マルスはいつでも魔法を使える態勢を整えた。さらに近づくと、たき火の前に一人の冒険者らしき姿の人物が見えた。
マントで体を覆っているため、年齢も性別も分からない。だが、座っている倒木のすぐ近くに剣が置いてあるのが見えた。
「あの人、冒険者かな?」
『冒険者? 本当にそんな職業があるんだな。まさにファンタジー。アンビリーバブルだな』
「エクス、ボクにも分かる言葉で話してよ」
『ああ、夢のようで信じられないってことだよ。冒険者なんて存在は物語の中の話だったからな』
「そっか。エクスの世界には冒険者はいないんだね」
『まあ、探せばいるかも?』
エクスは今も冒険家と呼ばれている人たちのことを思い出していた。その昔、開拓者も、ゴールドラッシュで一獲千金を狙う採掘者も、月面を目指す宇宙飛行士も、等しく冒険者だったはずである。
しばらく様子を見ていたが動く気配がない。これ以上、日が暮れるのは良くないと判断したマルスは接触してみることにした。相手を刺激しないように、堂々と茂みの中から立ち上がって、ゆっくりと近づいた。
「こ、こんにちは?」
「おやまあ、随分と小さい冒険者だ。服のサイズがあってないね。慌てて家を飛び出して来たのかい?」
「ええと、まあ、そうです?」
「タラント王国から逃げ出して来たんだろう? あの国は圧政がひどいってウワサだからね。ひそかにこっちの国に逃げ出してくる人は別に珍しくないよ。あの国は、良い終わり方はしないだろうね。そっちに座りな」
マルスとエクスの予想に反して、老婆の冒険者は疑うことなくマルスを受け入れた。そしてグツグツと煮込んでいたスープを木の器に入れてマルスの前に差し出した。
あまりにもこちらに都合良く話が進んでいることにマルスは困惑した。そして悪いと思いながらも、ひそかににアナライズの魔法を使った。食べ物に毒など入っていない。
「良いからお食べ。まともな食事を食べていないのだろう? その痩せた体を見ればすぐに分かるよ」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
ようやくありつくことができた温かい食事である。当然のようにおいしかった。マルスは涙がこぼれそうになるのをグッとこらえて食べた。その間にも草原の色は刻一刻とオレンジ色へと変わっていた。
そんなマルスを柔らかい笑顔で見つめながら、老婆もスープをすすった。
「あたしの名前はカタリナさ。その昔、冒険者をやっていたんだ。こう見えても結構有名な冒険者でね」
「カタリナ? もしかしてカーマンド王国のSランク冒険者、踊る剣鬼ですか!」
「おや、その名前を知っているとはねぇ。あたしの名前は隣の国でも有名だったのかい」
そう言うとカタリナは楽しそうに笑った。一昔前に、カーマンド王国にやたらと強い戦士がいたという話は、隣国のアレクシア王国にも伝わっていた。アレクシア王国に引き込もうと動いた時期もあったのだ。だが、結局それは実らなかった。
「ボクの名前はマルスです」
『ちょ、お前、何、普通に名乗ってるんだよ! こんなときは偽名を使うべきだろう?』
焦るエクスに対してマルスはどこ吹く風の様子である。ジロリとカタリナがマルスを見たが、それ以上、何も言うことはなかった。エクスが疑問に思っていると、その答えはすぐに分かった。
「マルスか。良く聞く名前だね。あんたも創世の英雄マルスから名前をもらったのかい? どうやらお前さんの両親は熱心な英雄信者みたいだね」
「たぶんそうだと思います」
「まあ、どこの家庭でもそうさね。あたしの知り合いにも、マルスは何人もいる」
そう言ってカタリナは首を左右に振った。あまりにも同じ名前の人が多くてウンザリとしていたのだ。
なるほど、と一人納得するエクス。世の中にありきたりな名前なら、相手に教えても何も問題ない。むしろ逆に、偽名を使って反応が遅れたら、それこそ怪しまれることになる。
それからしばらく火を囲んでいるうちに、緊張感がほぐれてきたマルスは眠くなってきた。カタリナという人物のことをほんの少しだが知っているという安心感もあったのだろう。
ウトウトとし始めたマルスを見てカタリナは”子供はもう寝る時間だよ”と言って無理やりマルスを寝かせた。体力と精神力を大幅に消耗していたマルスはすぐにスヤスヤと眠りについた。
「この子が神様が言ってたお告げの子なのかねぇ? でも、普段はだれも寄りつかない草原で出会うなんて、運命以外には考えられない。やっぱりそうなんだろう。それにしてもマルスねぇ。確か隣国のマルス王子は髪の色は金色だったはず。この子じゃないはずだよ」
最後は自分に言い聞かせるかのような口調だった。それを聞いていたエクスは、マルスが起きたらすぐに教えてやろうと心に決めた。少なくともカタリナは敵ではない。そのことをマルスに伝えなければ。
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