第8話 密命
タラント王国の国王は激怒した。人払いをしたのちに報告した宰相は”またか”と思いながらも笑顔を崩すことはなかった。
「この報告に間違いないんだな?」
「間違いありません。暗部を派遣し、念入りに探らせました」
「報告が遅すぎるのではないか?」
「辺境伯が行方をくらませましたからな。仕方がないかと」
国王の顔が苦虫をかみ潰したような顔になった。あってはならないことが起きた。しかもそれが起きてから、すでに何日も経過しているのだ。
大理石のテーブルに置かれたお茶に口をつける。しかし、普段なら甘く感じるはずのお茶は何の味もしなかった。
「急いで調査団を派遣しろ。何としてでも見つけ出せ」
「お言葉ですが、あそこは迷いの森と呼ばれており、魔物が生息する場所です。先日も近くの村が壊滅したと報告がありました。ドラゴンの姿を見たというウワサもあります。危険すぎます」
宰相はすでにマルスは死んだものと思っていた。もちろん、いまだに行方が分からない辺境伯たちも同様である。そのため、調査団を派遣しても無駄だと思っているのだ。
今回、マルスが逃げ出したことが発覚したのは、辺境伯からの定期連絡が来なかったからである。それを不審に思った宰相が暗部を派遣した。そして屋敷から逃げ出した者たちの話を根気よく集めることで、ようやく何が起こったかの全容がつかめたのだ。
「ならばドラゴンを倒せるくらいの戦力を連れていけ。マルス王子を失ったことがアレクシア王国に知られれば、間違いなくこの国は滅ぼされるぞ」
ふう、と息を吐く宰相。どうやら国王には現実が見えていないようだと一人納得する。それならば、それに刃向かうことはするまいと結論づけた。そんなことをすれば自分の身が危うくなるだけなのだから。
「分かりました。直ちに調査団を派遣いたします」
派遣された調査団は騎士の護衛を連れて迷いの森の中を進んだ。だがしかし、深い霧が立ちこめ、木々で視界が悪かったものの、迷いの森には特に危険はなかった。
それもそのはず。すでに森の生き物は逃げ出しており、残っていた生き物もグランドドラゴンに捕食されていた。そしてその森の主はもういない。
数日の調査の間に、派遣団は何人もの死体を見つけた。その中には辺境伯の亡骸もあった。何かに食いちぎられており、それを見た騎士たちは震えた。
「おい、見ろよ。体の半分が一口で食いちぎられているぞ。一体、どんな魔物がそんなことできるんだよ」
「生き物の気配がないのはそのせいか? そいつが全部食べてしまったのか?」
騎士のだれかがそう言った。すぐにその恐怖は伝染する。調査団はパニック状態に陥った。その混乱はひどく、逃げ出す者まで出始めた。しかしここは迷いの森。闇雲に逃げた者は森の養分になった。
不安を抱えたまま、残りの調査団はそれでも先に進んだ。そしてついに森の主と遭遇した。だがしかし、森の主はすでに事切れていた。
「グランドドラゴンだ。こいつがこの森の主か。これなら人間など一口だな」
「ああ、そうだな。見ろよ、この大きな口。……何だ? 頭が割れてる。まるで何かで切られたみたいだ」
「冗談だろう? ドラゴンの鱗を切れる剣なんて、そうそうないぞ」
調査団はグランドドラゴンを検分した。その結果、死因は何者かが頭を頭蓋骨ごと切り裂いたことによるものだと結論づけた。当然のことながら、素材は貴重な収入源として回収された。ついでに倒したのは派遣された騎士団であるという報告書を提出することが決定していた。
「一体だれがこんなことを……しかも素材を回収しないとはな。もしかしたら相打ちで死んだのかも知れないな」
「そうかも知れないな。ほら、見ろ。口に子供の服をくわえたままだぞ」
「どこかの子連れ冒険者が子供を殺されたのか? それなら分からんでもないな」
「ふむ、カーマンド王国には冒険者と呼ばれる無法者が幅を利かせていると聞く」
グランドドラゴンを回収した調査団はそこから得た情報を、大いに私情を交えて報告した。その派遣団の中に、宰相が派遣した暗部が混じっていることも知らずに。そしてその報告書がタラント王国の国王の下へと届いた。
「どうやらあいつは死んだようだな」
「陛下、あいつとは?」
「マルス王子だよ。さて、どうやってそのことを隠すかだな……そうだ! 宰相、すぐに代わりを用意しろ。金色の髪に、金色の目をしたやつだ。それならアレクシア王国のやつらにも気づかれることもないだろう」
本当にマルス王子は死んだのか? 国王の発案を受け入れつつもそのことを想定した。報告によると、何者かがグランドドラゴンの頭を両断したと書いてあった。そしてその口に子供の服。
服には血が付着していたがだれの血なのかは分からない。本当に食べられたのかも知れないし、そうでないかも知れない。暗部からの報告にあった通り、通りすがりのカーマンド王国の冒険者が倒したのかも知れない。
「そういえば、部屋の鉄格子が何かで切断されていましたね」
「どうした、宰相」
「いえ、マルス王子が生きている可能性を考えてみたのですよ」
宰相からの返事に国王は思わず苦笑した。普段から神経質な宰相だとは思っていたが、それに加えて疑い深いとまでは思っていなかったのだ。宰相の心配が分からない国王は上から目線で教えてあげることにした。
「その可能性は万が一にもなかろう。報告書を読んだか? 何人もの死体が発見されたそうではないか。子供が一人、生きているはずはあるまい」
「ですが、子供の遺体は発見されておりません」
「何を言っておる。子供の服が発見されていただろう? それが証拠だ」
国王はため息をついて頭を振った。まさかここまで宰相が理解していないとは。
そして宰相も頭を振った。万が一、マルス王子が生きていたらどうするのか。国王を説得するのをあきらめた宰相はひそかに闇ギルドに連絡を取った。
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