第22話 急な知らせ

 冒険者ギルドは笑い声や怒鳴り声、あきれた声など、色んな声が渦巻いていた。二人が到着した時間は昼前なのだが、それでも何人もの冒険者の姿を確認することができる。テーブルを陣取っている者、依頼が張り出された掲示板を見る者、ギルドから借りてきた依頼台帳を確認している者。実に様々である。


「この時間にもまだこんなに人がいるとはね。随分と余裕のある冒険者が増えたもんだ」

「そうなんですか?」

「その日を生きるのに精一杯な冒険者は朝一でここへ来て、条件の良い依頼を見つけたらすぐに旅立っているだろうからね」

「どんな依頼があるのか気になりますね」

「フッフッフ、依頼達成の報告が終わったらちょっとのぞいてみようかね」


 受け付けカウンターにはやはり屈強な男が座っていた。依頼を受けたときのギルド職員よりも筋肉が盛り上がっており、現役の冒険者だと言われてもだれも疑わないだろう。マルスが近づくと、ふとその職員がカタリナへと目を向けた。


「戻って来たか。カタリナに話がある。来てもらえるか?」

「なんだい、すでに現役を退いた老婆に仕事をさせるつもりかね?」


 カタリナにからかわれてちょっと顔をしかめた職員だったが、近くの別の職員に何やらささやいた。その職員は心得たとばかりに奥へと下がる。


「……詳しい話は奥で聞いてくれ。それで、そっちの子は? まさか冒険者じゃないだろうな」

「そのまさかだよ」


 マルスが冒険者カードと達成完了の印がついた依頼書を渡す。それを見た職員がわずかにうめいた。てっきり孫だと思っていたのだ。それがまさか冒険者とは。どう見ても十歳前後の子供にしか見えなかった。


「魔法剣士か。また妙な職業だな。しかもCランク。普通じゃないということか」


 普通じゃないと言われて顔を引きつらせるマルス。自分よりも普通じゃない物が腰からぶら下がっていることを考えると、その心境は複雑だった。そんなマルスに気づきもせずに、普通の剣じゃないエクスが励ました。


『気にするな、マルス。普通なやつなんて世の中にはどこにもいないさ。だれでも何かしら普通じゃない。カタリナだってそうだろう? どう見ても老婆なくせに、スチールベアーだけじゃなく、瀕死だったとはいえワイバーンも倒すんだぜ』

「それもそうだね。エクスも普通の剣じゃないもんね」

『そうだな。俺はしゃべる剣、インテリジェンスソードだからな』

「エクスカリバーはどうしたの?」

『……』


 二人がそんなやり取りをしている間にもギルド職員は手続きを進めてくれた。報酬を受け取っているとカタリナが奥へと呼び出された。どうしようかとマルスが思っていると、一緒に来るようにカタリナに言われた。


 冒険者ギルドの奥へ進むとそこにはいくつかの接客用の小部屋があった。その中でも一番手前にある部屋へと案内された。中では一人の男が待っていた。線が細く、受け付けカウンターには座れそうにない人物だ。


「カタリナさんに手紙が来ています。どこにいるか分からなかったので、手当たり次第の冒険者ギルドに送ったようですね」

「それはすまないね。でも、手紙が送られて来るようなことには覚えがないね」


 首をかしげながらもカタリナが手紙の封を切った。中の手紙を読んだカタリナの表情がみるみる青くなっていく。初めて見るその表情にマルスの顔も青ざめる。盗賊が現れても、スチールベアーが現れても、ワイバーンが現れても、そのような顔をしたことがなかったのだ。


 その手紙にはそれら以上のことが書かれているということである。震える手で手紙を戻すと、柔らかい笑顔をマルスの方へと向けた。マルスはすぐにその笑顔が偽りであることに気がついた。


「マルス、すまないがここでお別れだよ」

「師匠、どういうことですか? ちゃんと説明して下さい!」


 思いもよらぬ言葉にマルスの頭は混乱した。どんな依頼であれ、一緒について行くつもりだったのだ。それにまだ修行の途中である。まだまだカタリナから学ぶことがたくさんあると思っていた。


「……恥ずかしいことにね、手紙によると無理をしたバカな孫が死にかけてるみたいなんだよ。それで早急に戻って来るように書いてあったのさ」

「無理をした……一体、何をしたのですか?」

「あたしに憧れて、知らない間に冒険者になっていたらしいんだよ。それで……魔物にやられたらしい。一命は取り留めたみたいだけど、いつまで持つか分からないみたいだね」


 初めて見る、泣き出しそうなカタリナの姿にマルスの胸が痛む。心配なのだ。今すぐにでも向かいたいと思っているのだろう。行かせるべきだ。ここで別れよう。

 そう思ったマルスの胸に、ふと何かが浮かんだ。それはグランドドラゴンと戦ったときのこと。自分も死にかけたではないか。それをエクスに救ってもらった。


「師匠、ボクも一緒に行きます。ボクはエクストラヒールが使えます。それを使えば、もしかすると助けることができるかも知れません。もしダメでも、エクスにもっとすごい回復魔法を教えてもらいます」

「ほ、本当かい!」


 すがるようにカタリナがマルスにしがみついてきた。首を縦に振ってそれに応えるマルス。カタリナの目にだんだんと力が戻ってきた。それを聞いた職員は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。


「よし、すまないがマルス、もう少しだけ付き合ってもらうよ。それから、この話は外に漏らさないようにしておくれ。もしそれが守られなかったら、お前さんの首を取りに来るからね?」


 カタリナの最大級の脅しに、嵐の中に咲く花のように震えるギルド職員。顔はすでに土気色になっていた。大丈夫だよね? と思いつつ、カタリナに連れられてマルスは冒険者ギルドから飛び出した。


「馬に乗って行くよ。少々乗り心地が悪いかも知れないけど、勘弁しておくれ」

「気にしませんよ」


 二人は馬屋へと走り、その店で一番の脚力のある馬を一頭借りた。すぐさまカタリナはマルスを前に乗せると門の外へと駆け出して行った。

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