第6話 森の主

 それからも二人は森の中を南へ向かって突き進んだ。方角は分かっているのでその足取りに迷いはない。そしてありがたいことに魔物と遭遇することもなかった。

 どうやらこの森は魔物がいない森のようだ。二人がそう安心し始めたとき、それに出会った。最初にそれを発見したのはエレファントノーズの魔法を使っていたマルスだった。


「いつもと違った匂いがする。土のような匂いだよ」

『土の匂い? いつもと違う土の匂いか。もしかすると魔物かな? 避けた方がいいな。回避だ回避。回り込むんだ』

「そうだね、そうしよう」


 だがしかし、その匂いはだんだんと濃くなってくる。マルスはそれが自分を追いかけて来ていることに気がついた。エクスと相談すると、登れそうな木を見つけて、その上に避難することになった。


『一体何が追いかけて来てるんだ?』

「さすがに匂いだけじゃ分からないよ。でも、どうやって追いかけて来てるのかな? あ!」


 マルスは道すがら、持っていたリンゴを捨てた。相手からはこちらの姿は見えていないはずだ。それならこちらと同じように、匂いで相手の場所を嗅ぎ分けている可能性がある。

 なるほど、とエクスは一人で納得していた。


『見ろ、あそこにちょうど良さそうな木があるぞ』

「登れるかな?」

『死ぬ気で登るしかないな』


 マルスは必死にその木を登った。ちょうど良い位置に節があったこともあり、何とか太い枝のある場所まで登ることができた。木の陰に隠れながら地上の様子をうかがう。しばらくすると、四足歩行する大きなトカゲのような生き物がのっしのっしと歩いてきた。


 その光景を見て、マルスが絶句した。地響きを立てながら進むそれが普通の魔物ではないことに気がついたからである。そうとも知らないエクスは特に恐れる様子もなく、見たままのことを口にした。


『何だ、あのでっかいトカゲは。もしかしてこの森は巨大生物の宝庫なのか?』

「違うよ、あれはきっとドラゴンだよ」


 マルスにそう言われて、エクスはまじまじとその生き物を観察した。太い尻尾。まるで匍匐前進でもしているかのような低い姿勢で四足歩行する生物。どう見ても爬虫類的な何かであった。


『冗談だろう?』

「冗談じゃないよ。アナライズ」

『どうだ、マルス?』

「グランドドラゴン……」

『冗談じゃないぜ。ドラゴンなら翼が生えてなきゃおかしいだろう』


 エクスの謎理論はひとまず置いておいて、マルスもグランドドラゴンを良く観察した。あんなものに襲われたらひとたまりもない。ここは逃げるしか選択肢がないことを十分に理解していた。


 さいわいなことに、グランドドラゴンはこちらには気がつくことなく、そのまま足下を通り過ぎて行った。マルスの思った通り、リンゴの匂いをたどっていたのだ。


『何とかなりそうだな』

「リンゴはグランドドラゴンの好物なのかな? もしそうなら、見つけても持ち歩けないね」

『そうだな。危険過ぎる。その場で食べるのが良さそうだな』


 グランドドラゴンが去ってから十分に時間が過ぎたころ、ようやくマルスは木から下りた。そしてそのまま逃げるようにその場を去った。グランドドラゴンの匂いは覚えたので、不意に襲われることはないだろう。逆にグランドドラゴンに匂いを覚えられたら、どこまでも追いかけてくるかも知れない。そのことにおびえながらもマルスは先を急いだ。


「あとどのくらいで森を抜けられるかな?」

『さすがの俺でもそれは分からないな。新しい匂いはしないのか?』


 マルスが魔法で確認したが、特に新しい匂いはなかった。首を振るマルス。あれからリンゴが実っている木は見つかっていない。そろそろ何か食べる必要がある。そのことにはエクスも気がついており、言葉にはしないが内心で焦り始めていた。


 何しろ、これまで魔物どころか生き物すら見ていないのだ。それでは肉を得られない。考えられる原因としてはあのグランドドラゴンが森の中にいる生き物を根こそぎ食べているということである。


 ぐうう、とマルスのおなかが鳴ったとき、後方から悲鳴が聞こえた。驚いて振り向くが視界を遮る白い霧が邪魔をして良く見えない。だがしかし、その声はだんだんとこちらへ近づいていた。マルスは近くにある木の中でも、丈夫そうな木を選んですぐに登った。


 少しすると、目の前を見覚えのある服装をした人物たちが駆け抜けて行く。マルスを監禁していた屋敷の警備兵である。その後ろから、すさまじい勢いでグランドドラゴンが走り込んで来た。


『おいおい、何でヤベーやつを引き連れて来てんだよ』

「あっ」


 一人がドラゴンに食いつかれた。ドラゴンはそれをゴミのように捨てると、先を走る警備兵に襲いかかった。マルスの目の前でドラゴンにかみつかれた。その光景を見て、マルスが胃液を吐き出した。


 ドラゴンの動きが止まる。そのままペッと吐き出すと、キョロキョロと周囲を見渡す。そして木の上に潜んでいたマルスを見つけた。


『マルス、見つかったぞ! 急いで逃げろ』


 エクスが叫ぶのと同時にドラゴンのしなやかで丈夫な尻尾が木にたたきつけられた。メキメキと木が折れ、マルスは地面へと放り出された。受け身を取り損ねたマルスがゲホゲホとせき込む。


『こっちに来るぞ! マルス、クイックだ、クイック! 横に飛べ!』


 もうろうとする意識の中でマルスが魔法を発動する。それと同時に持てる力を振り絞って、エクスが指し示す方向に飛んだ。だがしかし、すれ違いざまに尻尾で打ち払われる。尻尾の一撃を受けたマルスが茂みの中に転がった。


『生きてるか、マルス?』

「な、何とか」

『どうやら今のでマルスを見失ったみたいだ。今のうちに体勢を立て直すぞ。回復魔法だ。エクストラヒール!』


 エクスが無理やりマルスの頭の中に映像を送り込む。とあるアニメの一瞬にして傷が塞がる場面の映像である。今にも散り散りにそうな意識をかき集めて、マルスが魔法を使う。


「エクストラヒール」


 バラバラになったかのような体の痛みがあっという間に霧散した。さっきまでの苦しさがウソのように呼吸ができる。マルスは素早く体を起こした。そして匂いでグランドドラゴンの位置を探った。


 グランドドラゴンはまだマルスのことを探しているようだった。暗い森の、深い霧。そして茂みがマルスを隠してくれたのだ。風下だったこともあり、グランドドラゴンはマルスの匂いを見つけることはできなかった。


『このまま隠れて逃げ切れないか?』

「無理だよ。ボクの匂いを覚えたはずだよ。どこまでも追いかけて来るはずさ」

『それじゃ、倒すしかないな。さてどうするか……』

「エクス、大きな穴を掘る魔法を教えてくれないかな?」

『何か良い考えがあるみたいだな。任せとけ!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る