第5話 すぐそこにある危機

 翌朝、木々の間から降り注ぐ木漏れ日を浴びて、マルスは目を覚ました。辺りはすでに明るくなっていたが、上を見上げても日の光は見えなかった。今がどのくらいの時間なのかも分からない。

 だがしかし、昨日までとはまるで違う世界にいることだけはハッキリと分かった。


『おはようマルス。場所は悪いが良く眠れたみたいだな』

「やっぱり夢じゃなかったんだ」

『現実の世界へようこそ。ほら、顔を洗ってリンゴを食べろ。隣の国に行くんだろう?』


 空中から冷たい水を出し顔を洗う。そのまま両手ですくって喉を潤した。夢じゃない。もう一度、マルスはそう思った。

 昨日のリンゴの残りをかじりながら、二人で今日の予定を話す。


「ねえ、エクス、こっちが南だと思うんだけど、どう思う?」

『どうって……俺にはサッパリ分からないな』

「だよねー」


 ハッハッハと笑うエクスに、苦笑いするマルス。日の光が見えればある程度の方角が分かるかも知れない。だがこの森の木々がそれを許してくれなかった。それに、懸念材料は他にもある。


「霧が出て来たと思わない?」

『……そうだな。霧が出て来たな。これだと先に進むと何も見えなくなるかも知れないな』

「どうしよう、またあそこに戻ったりしたら」


 そのときのことを想像したのか、マルスの顔が曇った。戻ったとしても、魔法で蹴散らせば良いと思ったエクスだったが、今のマルスには荷が重すぎるかと思いそれ以上は言わなかった。


『それじゃ、マルスに方角が分かるようになる魔法を教えてやろう。それなら安心して前に進めるだろう?』

「そんな魔法があるの? さすがはエクスだね。……これがそうなの? 矢印が必ず北を指し示すのか。これもすごい魔法だよ」

『そうなのか? 大したことないと思うけどな』


 マルスは”コンパス”の魔法を使った。手のひらに矢印が浮かび上がる。手の向きを変えると、それに合わせて矢印が勝手に動いた。これなら間違いなく南に進むことができる。いや、南だけじゃない。どこにだって向かうことができるとマルスは確信した。


「これなら大丈夫だよ。早くこの森を抜けて、隣の国へ行こう。そこまで行けば追っ手も追いかけてこないはずだよ」

『そうなのか?』

「うん。昨日までいたタラント王国と、これから向かうカーマンド王国は中立関係にあるからね。タラント王国から人を送り込めば敵対行為とみなされて、関係が悪くなるよ」

『なるほど』


 どうやら本当に逃げる計画を立てていたのだとエクスは感心していた。まだ十歳なのに、国同士の関係も考慮して逃げる道筋を決めている。マルスが将来、英雄になるのも当然なような気がしていた。


 マルスは再び歩き出した。その踏み出す一歩は力強い。コンパスの魔法のおかげで方角が分かったことも一つの要因ではあるが、それよりもエクスが一緒にいることが何よりも心強かった。


『マルス、食べ物を探すのも忘れるなよ。あと、疲れたら迷わず休憩しろ。先がどこまであるか分からない。遠慮はするな』

「分かったよ。それよりも、やっぱり後ろが気になるね」


 振り返った先には深い霧が立ちこめていた。前を向く。こちらにもやはり深い霧が立ちこめていた。地図には書かれていなかったが、どうやらこの森は深い霧に包まれる森であることをマルスは理解した。


『この霧だと、マルスを簡単に見つけるのは無理なんじゃないか?』

「そうかも知れないね。追いかけて来る人たちがコンパスの魔法を知っていたら話は別だけど……」

『その可能性はないだろうな』


 それもそのはず。これまでマルスに教えてきた魔法はどれもエクスがこの世界に来てから、勝手にエクスでっち上げた魔法である。似たような魔法は存在しているが、全く同じ魔法は存在していない。


 もちろん神様はそのことを了承していた。エクスが教えた魔法が使えるのはマルスだけ。他の人はいくらマルスが説明しても、使うことはできないのだ。それだけ、映像で分からせる手法が優秀だったのだ。


「この果実は見たことがないね。でも甘い匂いがする。食べられるかな?」

『ちょっと待ったマルス。いくら腹が減っているとはいえ、何でもかんでも拾い食いするな』

「まだ食べてないよ」


 拾い食い疑惑に反論するマルス。ほほを膨らませた様子はまるで女の子のようであった。成長すれば胸が大きくなってくるのでは? 思わずエクスは想像力を膨らませた。


 だがすぐに、エクスはそんなことをしている場合ではないことに気がついた。このままではマルスが危険な物でも口に入れてしまいそうだ。何とかしなければならない。マルスを守らなくては。


『よし、マルスにとっておきの魔法を教えてやろう。この魔法を使えば、どんな物でも知ることができるぞ』

「どんな物でも知ることができる? それならこの果実が何なのかも分かるね」

『そうだ。アナライズという魔法だ。こんな感じ』


 エクスはマルスに”大きな机の上を占領する四角い装置が動いている様子”を見せた。装置の中に入れたサンプルが分析機器を通って、モニターに結果が表示される。そんな映像である。


「すごい、すごすぎるよ。何だか良く分からないけど、すごいことだけは分かるよ」

『マルスの語彙力がゴミのようだ。……使えそうか?』

「やってみるよ。アナライズ」


 魔法を使って手に持っている果実を見たとたん、マルスはその実を投げ捨てた。その素早さにエクスが驚いた。マルスはそれに気がつくことなく、空中から水を出し、しっかりと手を洗っていた。


『ど、どうしたんだマルス?』

「猛毒の果実だった」

『……良かったな、拾い食いしてなくて』

「うん……」

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