第4話 エクスの秘密

 先ほどの場所から少し歩いたところで、マルスは真っ赤な果物が実った木を発見した。その果物には見覚えがあった。リンゴである。父親である国王陛下に連れられて領地の視察に行ったときに見たことがあったのだ。


「やった、リンゴだよ! でも、あんなに高い場所に実っているのか。あそこまで登れるかな?」

『あれがリンゴか。そのまんまだな』

「何か言った?」

『いや、何でもない。それよりも、わざわざ登る必要はないさ。魔法で落とせばいい』

「え? リンゴを落とす魔法があるの? って、なるほど、そういうことか。ウインド!」


 マルスの突き出した手のひらから勢いよく風が吹き出した。その風は小枝を揺らし、そこに実っていたリンゴがいくつか地面に落ちた。おなかがすいていたマルスは急いでその実を手に取ると、洗いもせずにかじりついた。その光景を見て、エクスがため息をついた。


『腹が減ってるかも知れないが、せめて良く洗え。おなかを壊すぞ』

「大丈夫だよ。胃袋には自信があるからね」


 どんな自信だよ、とツッコミを入れたかったが、ものすごい勢いで食べるマルスを見ていると、とてもそんな気分にはなれなかった。随分と質素な食事をしていたようである。できることなら腹一杯食べさせてやりたい。エクスの思いは募るばかりであった。

 三つほどリンゴを食べたところで、ようやく落ち着いたマルスが、ホウ、と息を吐いた。


「真っ暗になってきたね。今日の移動はここまでかな?」

『そうだな、今日はここまでにしよう。だが、夜の暗闇で何も見えないのはまずい。暗闇でも明るく見える魔法を教えてやろう』

「そんな便利な魔法があるの? ねえ、ずっと気になっていたんだけど、エクスは一体何者なの?」


 マルスは勇気を出して聞いた。もしかすると、大事な相棒に嫌な思いをさせることになるかも知れない。それでもマルスはもっとエクスのことを知りたかった。エクスは自分のことを最初から知っていたのだから。


『俺はな、この世界とは違う世界からやって来たんだ。この世界の神様に頼まれてな』

「ボクを助けるために? どうして」

『マルスは英雄になる。その手助けをするためさ』


 マルスは絶句した。まさか自分がそのような運命にあるとは夢にも思っていなかったのだ。

 英雄になる。

 その言葉の重みに早くも押しつぶされそうになって、知らずに自分を抱きしめた。それに気がついたエクスは努めて明るい声を出した。


『まあ、まだまだ先の話みたいだけどな。だが、あのままじゃマルスがダメになってしまう。だから俺が助けに来たのさ。神様からはマルスを家まで届けてくれって言われてる』

「エクスはどうしてそんなお願いを聞き入れたの? 何だか事情がありそうだったけど」


 エクスは押し黙った。話すべきか、話さないべきか。マルスが不安そうな顔でエクスを見ていた。

 さっきの失点を取り戻す必要がある。そう思ったエクスは自分の事情を話すことにした。話したところで理解してもらえるとは思えなかったが。


『バイクで峠道を走っていたらさ、急に猫が飛び出して来たんだ。それで俺は慌ててハンドルを切って避けようとしたんだが、そのときにバランスを崩してしまってな。転倒して道路に投げ出されたんだ。それで、今の俺の状態が仮死状態らしくてさ。生き返りたいなら力を貸せって、マルスの世界の神様に言われたんだよ。どう思う?』

「ちょっと待ったエクス。何かの乗り物に乗って、何かの動物をよけて転んだのは分かるけど、それ以外が良く分からないよ」

『だろうな。俺も分からん。生き返りたいなら力を貸せってどういうことだと思うよな?』

「そっちも気になるけど、最初から良く分からないよ」


 さてどうしたものか。エクスは悩んだ。異世界の情報をホイホイと教えても良いものか。だが教えたところでどうすることもできないはずだ。この世界とは文明が離れすぎている。こちらの文明を知ったところでそう簡単にはまねすることはできないだろう。そう結論づけた。


『いいか、これがバイクだ。そしてこれが猫』

「何これ、馬よりもずっと速い。あ、これならこの世界にもいるよ。マジックキャットっていう名前の魔物だね」

『魔物……』


 やはりこの世界には魔物が存在していた。もしかすると、この森は危険なのかも知れない。そんな不安がエクスの頭の中をよぎった。急に話すのをやめたエクスをマルスが不思議そうな顔をして見ている。


『マルス、この森に魔物はいないのか?』

「地図には何も書かれていなかったよ。魔物がいる場所にはドクロのマークがあるんだ。でも……」

『でもここはマルスの国じゃないんだろう? それなら、正確な情報が入って来なかった可能性も考えられるよな』

「怖いこと言わないでよ」


 マルスがエクスにしがみついた。これでよし。エクスはほくそ笑んだ。これでマルスが魔物に対して油断することはないだろう。それだけでも安全性がグッと高くなる。そして今さらながら、こんな場所で話している場合ではないことに気がついた。


『マルス、暗闇でも目が見える魔法を教える』

「こんなところでノンビリと話してる場合じゃなかったね」


 マルスはエクスに教えてもらった”ナイトスコープ”の魔法を使った。漆黒の闇に包まれていた森が一瞬にして明るくなった。その摩訶不思議な光景にマルスが驚く。


「すごい。昼間よりも明るいよ。エクスの世界には何でもあるんだね」

『考えたことなかったが、確かにそうかも知れないな。それよりも、安全な寝床を確保しないといけない。急いで移動しよう』


 しばらく進むと、ちょうどマルスが入れるサイズをした岩の隙間を見つけた。今日はそこで休むことにする。近くに獣が鳴くような声は聞こえない。何か生き物が近くにいる匂いもしなかった。


『俺が見張りをするから、マルスは遠慮なく寝てくれ。何かあればすぐに起こす』

「分かった。お願いするね」


 ここまで緊張の連続だったマルスは目を閉じるとすぐに寝息を立て始めた。一方のエクスは自分が剣であることに感謝していた。疲れないし、おなかもすかない。眠くもならない。夜の見張りにはピッタリであった。

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