第27話 あたし達の特等席
「はぁ? はぁ? はぁああああ!? 許さないからなんなんだよ? クソデブが喧嘩でもするってか?」
チンピラは完全に仁をただのデブだと馬鹿にしている様子だ。
「胡桃さん、警察呼んでもらえる?」
相手を無視して仁は言った。
「へ?」
「途中からしか見てないけど、明らかに犯罪だし。こういう人は警察に突き出した方がいいと思うよ」
「……わ、わかった!」
なるほどと胡桃は思った。
こういう時の為に警察はあるのだ。
法律の事なんか全然知らないが、営業妨害とか、暴行罪とか、なんか色々引っかかっているだろう。
証人だって沢山いる。
相手はいかにも喧嘩慣れしてそうな大男だ。
仁だって喧嘩になったらやれてしまうだろう。
常識的に考えて警察にお任せした方がいい。
「――ッ!? 卑怯だぞ!?」
チンピラもこれには慌てた。
「卑怯なのはおじさんだよ。自分よりも弱い相手を捕まえて散々脅して。それでも大人? 男として恥ずかしくないの? 同じ男として、僕は恥ずかしいよ。それに勘違いしないで。お客さんはお金を払って料理を食べさせて貰ってるんだ。接客だって当たり前の事じゃない。お店と店員さんの善意で成り立ってるんだ。おじさんみたいなダメな人がいるから世の中の飲食店が――」
「うるせぇ! ガキが大人に説教してんじゃねぇ!」
逃げるつもりなのだろう。
チンピラが駆けだした。
予想していたのか仁は既に入口側に回り込んでいた。
おデブの仁が両手を広げれば、逃げ道はないに等しい。
「逃がさないよ」
「邪魔すんな!」
チンピラは躊躇なく拳を振りかぶった。
パシン。
仁はあっさり掌で受け止めた。
「な、はなしやがれ!?」
おデブちゃんのまるまる太った大きな手が、貪欲なワニみたいにチンピラの拳にがっちり食らいついていた。
「凛さん見てた? このおじさんが先に手を出したんだよね?」
「は、はい! 確かにこの目で! 念のため動画も撮っています!」
「流石凛さん。しっかり者だね」
「はなせって言ってんだろ!」
チンピラが空いた手でパンチを繰り出す。
パシン。
「暴れないでよ。お店に迷惑でしょ」
人懐っこい丸顔の中で、つぶらな瞳が冷たく光る。
「なんなんだよこのデブは!? はなせって言ってんだろ!?」
ぼいん。
チンピラの膝蹴りを仁のお腹が跳ね返した。
「「仁君!?」」
二人が悲鳴をあげるが、仁は全く平気そうだ。
「三度目だよ。僕はちゃんと警告したからね」
そう言うと、仁は掴んだチンピラの両手を力任せに引っ張って顔面に頭突きを入れた。
「これは胡桃さんの分」
それだけでチンピラはほとんどノックアウトだ。
「これは凛さんの分」
ガチン!
「……か、は……」
「これはお店の人の分」
ガチン!
「も、もうゆる――」
「これはお客さんの分」
脱力したチンピラを床に転がすと、仁はその上にズドンとお尻を乗せた。
「おじさんのせいで折角の楽しいご飯が台無しだよ」
腕組みをすると、仁はフンと鼻を鳴らした。
†
程なくして心咲が戻ってきて、警察もやってきた。
目撃者は多数いて証拠動画もある。
チンピラ男は以前から迷惑行為で警察のお世話になっているらしく、またお前か! と呆れた様子で連行された。
一応仁も事情聴取を受ける事になったが、やってきた警官の中にもぐもぐチャンネルのファンがいて、仕事そっちのけで盛り上がってしまった。
そんな事があった後だが、心咲はメイドキッチンの営業を続けていた。
そんな事があった後だからこそ続けた方が良いと判断したらしい。
メイドの子達はみんなショックを受けていて、お客さん達は必死にそれを励ましていた。
お金を払ってご飯を食べに来てるのに、それでいいのだろうかと胡桃は思った。
「僕はいいと思うけど。綺麗な景色を楽しむご飯屋さんがあるように、可愛いメイドさんに癒されるご飯屋さんがあってもいいと思うな。お世話になってる店員さんが困ってたら助けてあげたいって思うのは当然のことだよ」
「なるほど」
あっさり納得した自分は現金だろうか?
でも、仁の言葉は全部真理のように聞こえてしまう。
みんなハッピーなんだからそれでいいじゃないか。
自分達だって、こうして仁に慰められているのだし。
流石にキッチンの胡桃達は休んでもいいと言われたが、こんな時だからこそ働きたい気がした。
仁の注文もまだ作り終えてない。
それに、自分の料理で元気になってくれる人がいるのなら、料理を作って届けたい。
あんな事があったからこそ、無性に料理を作りたかった。
みんなの頑張りがあって、メイドキッチンはすぐにいつもの賑わいを取り戻した。
可愛いメイド達は胸を張って優しいお客さんに接客して、お客さんも胸を張って可愛いメイド達に癒された。
あんなわけのわからないクズの戯言なんか誰も気しない。
そんなものは、みんなにちやほやされながら怒涛の勢いで料理を食べるおデブちゃんが粉々に砕いてぺちゃんこに踏みつぶしてしまった。
……やっぱりバイト休めばよかったかな。
キッチンの中で羨んでいると、不意に仁と目が合った。
そしておもむろに手を挙げて言うのである。
「ルミちゃんの手ごねハンバーグ、もう一つお願いします」
「……はい、よろこんで!」
やっぱりあたしはキッチンでいいや。
現金な女の子は思い直した。
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