第26話 お仕事だから
バイトが終わると三人で近くの公園に移動した。
仁はたんに最近美味しいと噂になっているお店にご飯を食べに来ただけだったらしい。
これ以上ないくらい仁らしい答えである。
「そしたら胡桃さんと凛さんがいてビックリしちゃった」
仁はばっちり気づいていたのだが、二人が変装したので気付かない振りをしてくれていたらしい。
次はこちらの番だと身構えても、仁はなにも聞いてこない。
「……仁君は気にならないの? あたし達があそこでバイトしてた事とか、隠れようとした事とか……」
「ナイショなんでしょ?」
仁はそれでいいらしい。
胡桃はよくなかった。
視線で凜に尋ねると、凜も同じ気持ちだというように頷いた。
それで胡桃はバイトを始めた理由を一から仁に説明した。
「そうだったんだ。ごめんね、気を使わせちゃって。お金の事なのに、ちょっと無神経だったね」
申し訳なさそうに仁は言う。
「そんなことないです! 仁君が悪いわけじゃなくて! 気持ちは嬉しいというか! でも、それに甘えてばかりいてはいけないと思って……」
「そうだよ! あたし達友達でしょ? 女の子だからって仁君にばっかり払わせるのは違うじゃん!」
「う~ん」
珍しく、仁は困った顔になった。
「二人の気持ちは嬉しいけど。僕達のチャンネルを手伝ってくれるなら、撮影にかかる費用を二人に払って貰う訳にはいかないかな」
「どうしてですか!?」
「変な遠慮しないでよ! あたしもバイトして、ちゃんとお金稼いでるんだよ?」
なんだか下に見られている気がして胡桃は悲しくなった。
仁はそんなつもりではないのだろうが、君たちはお金を出さなくていいなんて言われたらそう感じてしまう。
「お仕事だからだよ」
胡桃達が興奮しても、仁は落ち着いていた。
「僕と双葉はあの動画でお金を稼いでるから、お仕事と同じなんだ。だから、手伝って貰った分はちゃんとお給料を出すし、撮影に必要な費用は僕が払うよ。そうじゃないと、僕は友達の善意に付け込んでタダ働きさせる悪い奴になっちゃうでしょ?」
「……なるほど」
仁の言い分はもっともだった。
胡桃の中では、お手伝いにかこつけてデートしているような気分だった。
だから、自分で食べた分は自分で払わないとと思ってしまった。
凜も同じだろう。
でも、仁にとってはれっきとしたお仕事だったのだ。
そう考えれば、仁の言い分も納得できる。
「でも私、お手伝いなんかしてません! 勝手についてきて、バカみたいに食べてただけです……」
「凜ちゃん……」
食べる量が多いし、胡桃のように撮影を任されたわけでもない。
だから余計にそう感じるのだろう。
それを聞いて、仁は面白がるように笑った。
「そんな事言ったら、僕なんかバカみたいに食べてるだけでお金貰ってるんだよ?」
「ひ、仁君はいいんです! 仁君が食べてる姿は素敵ですし、それを見たいっていう人が沢山いるんですから! 登録者数だって十万人もいるじゃないですか!」
「十一万人だよ」
仁が訂正する。
「二人のお陰で、この前の動画はすごい好評だったんだ。登録者数も一気に増えたしね。胡桃さんのインタビューはボリューム満点で、猫熊飯店さんも反響がすごいって言ってたし。リスナーさんも、凜さんの食べてる所もっと見たいって」
「そ、そんなの、嘘です!?」
「凜ちゃん、大人しく認めようよ。あたし達の負け。仁君はそんな嘘つかないでしょ?」
「そ、そうですけど……。でも、私なんかがご飯を食べてる姿で喜ぶ人がいるなんて……信じられません……」
「それなら動画を見てみてよ。コメント欄に沢山感想がのってるから。僕としては、ご飯を奢るくらいじゃ全然足りないくらいの働きをしてくれたと思うけどなぁ?」
「ぁ、ぅ、ぁぅ……」
恐縮して凜が縮こまる。
胡桃だって、自分の素人インタビューで何千人も登録者が増えたとは思えない。
割合で言えば、凜の食べてる姿の可愛さによるものの方が大きい気がする。
きっと凜も同じ事を思っているだろう。
「もういいじゃん? どの道、仁君の言い分を飲まない事にはお手伝いさせて貰えないんだし。そういう事だよね?」
「うん。じゃないと僕がお父さんとお母さんに怒られちゃうから。そんながめつい息子に育てた覚えはないぞ~って。僕も嫌だし。二人が働いたお金は自分の為に使って。じゃないと僕も、遠慮してお腹いっぱい食べられないよ」
「うぅ……わかりました……」
申し訳なさそうに凜が頷く。
「もう凜ちゃん、めそめそしすぎ! こうなったら、仁君に申し訳ない気持ちがなくなるくらい頑張って成果を出せばいいじゃん! ていうか、あたしはそうするし! 双葉ちゃんに動画編集の方法習ったりしてさ!」
「気持ちは嬉しいけど、双葉も好きでやってる所があるから、動画の編集はほどほどにして貰えると助かるかも」
「……じゃあ、インスタンにもぐもぐチャンネルのアカウント作って映え写撮って宣伝するとか! それならいいでしょ!?」
「それはいい考えだね。僕も双葉もそういうのは苦手だから。胡桃さんはセンスいいし、人気でそうだね」
「わ、私も頑張ります! その……今はなにも思いつきませんけど! 頑張って仁君のお役に立って見せますから!」
「凜ちゃんは普通に食べてるだけで十分じゃない?」
「そうだね。今度双葉と一緒に大食いチャレンジしてみる?」
「いやですよ!? いえ、いやではないですけど……私も胡桃さんみたいに格好いい役立ち方をしたいです!」
「あれれ~? それじゃまるで大食いが格好良くないみたいじゃない?」
「ごめんね凜さん。格好よくなくて」
胡桃の視線を受けて、悪戯っぽく仁が言う。
「そ、そういう意味じゃなくて!? もう、わかってるくせに! 二人とも意地悪です!?」
「「あははははは」」
ともあれ、お金の問題は一旦は解決だろう。
「じゃあ凜ちゃん、メイドキッチンはどうする?」
「……私はお料理の練習がしたいので、もう少し働きたいのですが……」
上目づかいで凜が言う。
出来れば一緒に働きたいです……という想いをヒシヒシと感じる。
それは胡桃も同じだった。
「じゃあ続行という事で。仁君も、あたし達のメイド姿を見たくなったらいつでも遊びに来ていいんだからね?」
「うん。いつもご馳走して貰って申し訳なかったし。お金を払って注文出来るなら僕も遠慮しなくていいから。二人の料理、お腹いっぱい食べに行くね」
「仁君がお腹いっぱい……」
「お店の食材が尽きるのが早いか、私達が倒れるのが早いか……」
凜の言葉に三人で笑う。
そんな所で公園での話し合いは解散になった。
帰り道、ふと思い出したように仁は言う。
「そういえば次の撮影なんだけど。折角二人が手伝ってくれる事になったから、僕と双葉の二人だけじゃ出来なかった事をしたいと思うんだけど」
「どんな事?」
胡桃が尋ねると、仁は答えた。
「キャンプなんかどうかなって」
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