第26話 迷惑系

 携帯を片手に怒鳴っているのは、見るからに怖そうな筋肉質の大男だった。


 金髪坊主のサングラスに、日焼けした身体を誇示するようにタンクトップを着こんでいる。


 人を見た目で判断してはいけないと思うが、チンピラにしか見えない人物だ。


 そんな人に大声で怒鳴られたら誰だって怖い。


 注意したメイドは古株で気の強いリーダー的存在の人だったのだが、すっかり怯えて泣きそうになっている。


 他のメイドも仕事どころではなくなり、お客さんも心配そうだ。


 いや、見てないで助けてよ!?


 と思うのだが、あんな半グレみたいな人、大人の男の人でも怖いだろう。


 なにがあったのか分からない状況でお客さんが割り込むのは抵抗があるのかもしれない。


 こんな時店長がいてくれれば!?


 普段はおちゃらけたギャルなのだが、バイトの女の子が困っている時はすぐに現れ助けてくれる。


 お客さんが相手でも向こうが悪ければビシッと言って出禁にしてしまう頼れる店長なのだ。


「で、でも……取材をするならちゃんと店長に許可を取って貰わないと……」

「あぁ!? その店長ってのはどこにいるんだよ!?」

「ひぃっ!? い、今、ちょっと買い出しに……」

「忙しいって言ってんだろ! そんなの待てるかよ!」


 ドン! とチンピラがテーブルを叩く。


 すごい音に、見ている胡桃まで怖くなってビクリとした。


 ムカつくし助けてあげたいと思うのだが、胡桃は勇気が出なかった。


 今だって、遠くで見ているだけなのに怖くて泣きそうになっている。


「なんなのあの人……」

「マジログチャンネルというグルメ批判系ムーチューバ―です……。話題になっている飲食店に突撃して悪口ばかり言う嫌な人ですよ」


 嫌悪感を露にして凛が言う。


 なんでそんな事知ってるの? と疑問に思うと。


「勘違いしないで下さいね。仁君のお手伝いをするので、グルメ系のチャンネルを色々調べて勉強してるんです」

「なるほど……」


 真面目な凛らしい話である。


「つまりあの人、うちのお店の悪口動画撮ってたって事!?」

「だと思います。それで注意されて逆ギレしてるんでしょう。炎上ばかりしている悪質ムーチューバーだそうですから……」


 吐き捨てるように言うと、凛が拳を震わせた。


「……私、止めて来ます!」

「一人じゃ危ないって!?」

「でも、見過せません! おバイトの仲間ですし、あの方には人見知りの私が早く皆さんと馴染めるように色々助けてもらったんです!」


 そんな事言われても、凛は既に泣きそうだ。


 足だってガクガク震えている。


 そのくせ、止めたって聞きそうにない目をしているのだ。


「じゃあ一緒に行こう!」

「だ、ダメですよ! 胡桃さんはここで待っててください!」

「そんなの無理! 友達でしょ!?」

「胡桃さん……」


 胡桃だってめちゃくちゃ怖い。


 でも、凛を一人で行かせるわけにはいかない。


 リーダーの子だって可哀想だ。


 二人がかりなら心咲が帰って来るまでの時間稼ぎくらいは出来るかもしれない。


 っていうか、仁君はどこ行っちゃったの!?


 こんな時真っ先に助けてくれそうなおデブちゃんは、いつの間にかいなくなってしまっていた。


 まさか逃げた?


 嘘でしょ!?


 仁はそんな子ではないと思うのだが、現にどこにもいないのだ。


 いない人を頼っても仕方ない。


 二人はがっちり手を繋ぎ、チンピラの元へと向かった。


「やめてください! 怖がってるじゃないですか!」

「そ、そうですよ! 店長ならすぐ戻ります。取材がしたいのならちゃんと許可を取ってください!」

「あぁ!?」

「「ひぃっ!?」」


 怖い顔をした筋肉隆々の大人の男の人だ。


 ちょっと凄まれただけで胡桃は足がすくんで逃げ出したくなる。


 でも、凛を置いては逃げられない。


 凛だって同じ事を思っているはずだ。


 二人で庇い合うように身を寄せると、なんとか泣きださない程度の勇気は持てた。


「お前ら調理担当だな? バカみたいな恰好して、客の事舐めてんのか!?」


 携帯を向けながら男が凄む。


 胡桃は焦った。


 咄嗟の事で、変装を解くのを忘れていた。


 これは怒られてもしょうがない気がする。


「えっとその、これにはちょっと事情があって……」

「はっ! 料理の美味いメイド喫茶だって話題になってるから来てみれば、ガキの飯事じゃねぇか。飲食店舐めてんだろ! 接客はクソ、料理もクソ、人気の秘訣はデカ乳の可愛いメイドさんってか? その辺のキモオタ共ならそれで満足するだろうが、こんなのは飲食店じゃねぇ。やすっぽいキャバクラモドキだ! よって論外、☆ゼロだ!」


 カッチーン。


 その物言いには流石に胡桃も頭にきた。


「ちょっとぉ!? 接客が悪いのはおじさんの態度が悪いからでしょ!? ていうか、食べてもないのに勝手に決めつけないで欲しいんですけど!?」

「そうですよ!? 皆さんの接客はちゃんとしていますし、ルミちゃんの手ごねハンバーグは絶品で大人気メニューなんです!」

「こっちは金払ってんだ。その分サービスするのは当然だろうが! それに、お前みたいな顔の良い嬢ちゃんがまともな料理を作れるわけねぇだろ! キモオタ共はデカ乳メイドのハンバーグに群がってるだけで味なんか気にしてないっての! それくらいちょっと考えればわかるだろ! バカかよお前!」


 ガーン。


 ショックで胡桃は目の前が真っ暗になった。


 料理の練習と言ってもお金を取っているのだ。


 限定メニューは胡桃なりに自信をもってお出しできる物だけを選んでいるつもりだ。


 仁にも美味しいと言って貰えたし、お客さんにも好評で、あたしって料理の才能あるのかも? と少し浮かれていた。


 バカだった。


 そりゃそうだ。


 メイドキッチンだもん。


 可愛い女の子の手料理に価値があるのであって、味なんか二の次なんだ。


 なんだか一気に料理に対する興味が冷めてしまった。


 頑張ってもちゃんと評価して貰えないのなら、努力する意味なんかないじゃないか……。


「なんて事を! 胡桃さんに謝って下さい! 胡桃さんのハンバーグは本当に美味しいんです! 沢山勉強して、お家でも練習して、私も試食に付き合ったんですから!」

「謝るのはそっちの方だろ。バイトの分際でなに客に説教してんだよ。ヘタレのキモオタ共にちやほやされてるからって調子に乗ってんじゃねぇぞクソガキが!」

「きゃっ!?」


 チンピラに殴る真似をされて、怯えた凛は倒れそうになった。


 ぼいんと、その背中を柔らかなクッションが支えた。


「ひ、仁君?」


 気付けば後ろに仁が立っていた。


 左手で凛を支えつつ、ショックで泣いている胡桃を励ますように笑顔を向ける。


「泣かないで胡桃さん。胡桃さんのハンバーグは間違いなく美味しいよ」


 勿論、凛さんのパフェもね。


 それで胡桃の中に渦巻いていた黒い想いは綺麗さっぱりかき消えてしまった。


 あたしってバカだ。


 だって仁君はあんなに美味しそうに食べてくれたのに。


 凛ちゃんもお客さんも美味しいって褒めてくれたのに。


 なんでこんなわけわかんないチンピラおじさんの悪口を真に受けちゃったんだろ……。


 ていうか――


「仁君、どこ行ってたの!?」


 安心したらボロボロ込み上げて、胡桃は仁の腕に抱きついてモチモチした。


「ちょっとトイレに」


 恥ずかしそうに仁が言う。


 ……おっと。


 まぁ、沢山食べたからトイレくらい行きたくなるだろう。


「ご、ごめんね。変な事聞いちゃって」

「ううん。僕の方こそ肝心な時にいなくてごめん。あ、手はちゃんと洗ったんだけど……いやだった?」

「ううん。嬉しかった」

「びえええええ、ひどぢぐんだいみんぐよづぎでづううううう!」


 左腕では、ギャン泣きする凛が同じように二の腕をむにむにしている。


「危ないから二人は下がってて」


 名残惜しいが、二人は言う通りにした。


「はぁ? クソデブのクソガキが粋がってんじゃねぇぞ!」

「粋がってるのはおじさんの方でしょ」


 スゥッと仁の目が細くなる。


「僕の友達を泣かせて、ご飯屋さんにも迷惑をかけて。謝ったって許さないよ」

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