第25話 メイドキッチンにようこそ

「「「いらっしゃいませ~お客様~」」」


 入口のベルが鳴り、ホールのメイド達が愛嬌たっぷりに出迎える。


 オープンキッチンで料理を作る胡桃達は一瞬手を止めて挨拶し、すぐに調理に戻った。


「ルミちゃんの手ごねハンバーグ一丁ぉ!」

「ベ、ベルさんの自家製クリームパフェ出来ましたぁ!」


 二人の源氏名はルミとベル。

 

 メイドキッチンの売りは自然体の接客とキッチン担当のメイドの個性を生かした手料理だ。


 定番メニューの他にも、担当メイドの名前が付いた限定メニューを扱っている。


 店長の心咲と話し合って、胡桃達もいくつか限定メニューを出していた。


 柳津高校一の美少女と言われていると胡桃と、近頃めっきり明るくなり、学校一の美人などと呼ばれ始めている凜だ。


 働きだしてまだ数日だが、二人の噂はあっという間に常連の間に広まって、平日の夕方だというのにメイドキッチンは大勢のお客さんで賑わっていた。


「いーじゃんいーじゃん好評じゃん。二人のおかげでお客さんチョ~増えたし? じょー連さんの口コミでネットでも話題になってるみたいだし? 本当雇って良かったって感じ?」


 様子を見に来た心咲が上機嫌で話しかける。


「きょ、恐縮です……」

「じゃあその分バイト代も弾んで貰えると!」

「く、胡桃さん!?」

「冗談だってば」

「いいよ? てかそのつもりで声かけたし?」

「「いいんですか!?」」


 二人でハモる。


「売上増えてるんだからとーぜんじゃん? あーしは頑張ってる子とか成果を出してる子にはちゃんとご褒美あげるタイプだから。てか他のお店に引き抜かれたら困るし? 週末は二人で片思いのイケメン君とデートなんでしょ? 多めに出してあげるから頑張ってね~」

「あ、ありがとうございます!」

「心咲さん!? お客さんの前!?」


 胡桃は慌ててシィッ! と人差し指を立てた。


 週末までにお給料が欲しいので仁の事は話している。


 女同士で盛り上がってしまい、余計な事まで言ってしまった。


 ともあれ、ここはメイドカフェみたいなお店だ。


 よくわからないが、恋バナとかはNGな気がする。


「いーのいーの。うちはそーいうお店じゃないから。ガチ恋営業して勘違いされてもめんどーだし? うちは自然体の女の子が売りだから。ご主人様って呼び方もしてないじゃん? 他の子もお客さんに彼氏の相談とかしてるし? 逆にそれが良いみたいな?」

「なるほど……」


 言われてみると、ホールの女の子達はいい意味でお客さんとの距離が近い気がする。


 人気者の先生や仲のいいクラスの男子と話すようなノリだ。


 軽口を叩き合ったり、雑談したり、暇な時はボードゲームで遊んだりしている。


 新しいお客さんが入ってくれば常連さんは「行ってらっしゃい」と快く送り出し、お客さん同士でも交流したりと和気藹々とした雰囲気がある。


 大忙しのキッチンにはあまり関係ないが、「ゆっくりでいいよ~」とか、「ご馳走様。美味しかったよ」なんて声をかけて貰えるので、丁度いい距離感でやり甲斐を感じている。


「そうです心咲さん! 幾つか材料の在庫が危なくなってきました! 買い出しをお願いしてもいいでしょうか?」


 思い出したように凛が言った。


 そう言えば、胡桃の担当するメニューの材料が減ってきたので、心咲に買い出しをお願いしようと思っていたのだ。


 言おう言おうと思いつつ、忙しくてすっかり忘れていた。


 凛はマメなので、自分の分だけでなく、全てのメニューの在庫を把握している。


 こういう時は物凄く頼りになる相棒なのだった。


「おぉ! メモまで用意して! 流石ベルちゃん! あーし忘れっぽいから助かるぅ~! そんじゃ、買い出しいってきま~つ。なんかあったら連絡よろ~」


 ひらひらと手を振って、メイドやお客さんに見送られつつ心咲が出ていく。


 暇な時はホールで接客をする心咲である。


 他の子の話によると、実は一番人気があるらしい。


 見た目も可愛いし気のいい人だ。


 男の人はああいうノリが好きなのだろうか?


 心の中のマル秘ノートにメモしつつ、仁には通じないような気もする。


 恋する乙女はなんでも恋愛に結びつけてしまうのだった。


「ベルちゃんありがとね。すっかり忘れてた」

「い、いえ……。私の方こそ、ルミさんにはご迷惑をかけてばかりですので」


 真っ赤になって凛が照れる。


 まったく、可愛い友人である。


 チリンチリン。


「「「いらっしゃいませ~お客様~」」」


 また一人お客様がやってきた。


 挨拶をしようと入口を見て、胡桃は絶句した。


「仁君!? どうして――」


 叫ぼうとする凜のエプロンを引っ張って、二人でキッチンの裏にしゃがみ込む。


「シーッ! バレちゃうでしょ!?」

「す、すみませんっ」


 キッチンの裏から少しだけ顔を出す。


 何度見てもやっぱり仁だ。


「仁君もこういうお店に来るんですね……」

「なんかちょっとショックかも……」


 仁だって男の子だ。


 可愛いメイドさんに興味があってもおかしくはない。


 悪い事ではないのだが、恋する乙女としては複雑な気持ちだ。


 多分、嫉妬しているのだろう。


 メイドさんに会いたいならあたしがいつでも着てあげるのに!


 いっそ声をかけようかとも思うが、メイド服でバイトをしている事がバレるのはなんか恥ずかしい。


 仁だってこういうお店で出くわしたら気まずいだろう。


 どうにか気づかれないようにやり過ごしたい。


「うぅ、どうしよう……」


 いつまでも隠れているわけにはいかない。


 困っていると、ハッとして凛が言った。 


「バックヤードにコスプレ用の小道具がありました! 変装に使える物があるかもしれません!」


 店の裏に引っ込むと、冗談みたいな鼻眼鏡を二つ持ってきた。


「とりあえずこれで!」

「こんなんで誤魔化せるかなぁ……」

「ないよりマシです!」


 そういうわけで、二人で鼻眼鏡を装着する。


 悪あがきで髪型も変えてみる。


 セミロングの胡桃はツインテール。


 艶やかな黒髪が腰まで伸びた凜は超ロングのポニーテールだ。


 ものすごく目立つ上にバカみたいだが、思ったよりも誤魔化せている気がする。


 というか、ここまでしてバレたら恥ずかしすぎる。


 幸い仁は気づかなかったらしい。


 一度こちらに視線を向けたが、特に気にせずメニューに視線を戻す。


 ホッとしたのもつかの間、仁は二人の限定メニューを一通り注文した。


 嬉しいような恥ずかしいような。


 ともあれ、二人は気合を入れて調理し、変な声を作ってホールの子達に完成を伝えた。


「二人ともどうしたの!?」

「学校の友達が来ちゃったの!」

「あぁ、あそこのおデブちゃん? すごいよね」


 悪気はないのだろうが、ちょっとからかうような響きがあった。


 胡桃はムッとしたが、それ以上に隣で凛がピキっていたので宥める側に回った。


 言っとくけど仁君はただのおデブじゃないんだからね! 優しくて強くて人気者で学生なのにお仕事してるスーパーおデブなんだから!


 相手はバイトの同僚なので思うだけに留めておく。


 やってきた料理を仁は普段通りニコニコしながら美味しそうに平らげた。


 いつも見ているはずなのに、何度見ても飽きない良い食べっぷりである。


 自分達の手料理という事もあるのだろう。


 バイト中なのに、二人はうっかり見惚れてしまった。


 でも、文句を言う者はいなかった。


 他のメイドやお客さんも一緒になって見惚れていた。


「ふぅ~。美味しかった」


 幸せそうに呟くと、食べ足りないのか仁はメニューに手を伸ばした。


 お客さんが我に返って、次々と仁が頼んでいた物と同じメニューを注文する。


 胡桃達は大忙しだ。


「ちょっと! あのおデブ君何者!? すごい食べっぷりじゃない!? 見てるこっちがお腹空いてきちゃったんだけど!? ていうかよく見たら結構可愛い顔してるし! ルミちゃん達の友達なら紹介してよ!」

「だめ!」

「だめです!」


 怖い顔で否定され、料理を取りに来た先程のメイドも色々察した。


「……いーもん。じゃあ、個人的にアタックしちゃうから!」

「ちょっとぉ!?」

「ず、ズルいですよ!?」


 仁の良さが伝わるのは良い事だが、モテるのは困る。


 止めたいが、キッチンから出るわけにはいかない。


 同僚メイドが仁の所に料理を運び、なにやら馴れ馴れしく声をかけるが、ご飯を食べに来ただけなので大丈夫ですと断られていた。


 それを見て、二人はホッと胸を撫でおろした。


 学校一の美少女と美女を侍らせれても鼻の下一つ伸ばさない仁である。


 当然と言えば当然か。


 心咲も最近話題になっていると言っていたし、メイドキッチンに来たのは取材の下見なのかもしれない。


 なんて安心していると。


「お客様、無断撮影は困ります!」

「無断じゃねぇ、ちゃんと一声かけただろうが! こっちは忙しいんだ。撮影の邪魔をするんじゃねぇ!」


 なにやら店の隅で揉め事が起きていた。

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