第24話 可能性の塊
「採用!」
奥の事務所に元気な声が響き渡る。
メイドキッチンの店長は、金髪ギャルがメイド服を着たような人だった。
「いいんですか?」
あまりにもあっさり決まってしまい、胡桃は拍子抜けした。
自己紹介をして、調理希望だと伝え、いくつか質問に答えただけだ。
土日は出れない日が多いと思うので、もっと渋られると思っていた。
「そんだけ可愛くて料理も出来るんなら文句ないっしょ! で、いつから働ける?」
二人は顔を見合わせて、うんと頷いた。
「「今からでも!」」
「じゃ、明日からで~」
まぁ、そりゃそうか。
†
「……な、なに、凜ちゃん?」
翌日、早速二人は初出勤する事になった。
お給料が入ったら高級食材で仁君にご馳走作ってあげるんだ~♪ なんて思いつつ、セーラー服を脱ぎ脱ぎ、更衣室でお着替えしている所だ。
そしたら凜が、ジィィィィィイイイっとすごい顔で胸を凝視してきた。
そしておもむろに自分の胸と見比べて言うのである。
「……ズルいです。なにを食べたらそんなに大きくなるんですか?」
「し、知らないよ!? 別に、普通の物しか食べてないし!?」
ド直球に指摘され、胡桃は真っ赤になって胸を隠した。
学校一の美少女はナイスなバディの持ち主だった。
具体的な大きさは個人情報なので控えるが、疲れた顔で歩くサラリーマンが思わず二度見し、よ~し、今日も一日頑張るぞ! と活力を得る程である。
胡桃としてはちょっとした悩みの種だった。
贅沢な悩みだとは思うのだが、もうちょっと小さくてもいいと思う。
肩は凝るし、男の人にはジロジロ見られるし、女の人にだって見られる事があるし、可愛い下着も少ないし、良い事なんか全然ない。
「……男の人は大きい方が好きだって言いますし……。羨ましいです……くすん」
凜が切なそうに自分の胸を撫でるが、言うほど小さくはないと思う。
大きくはないが、平均的なサイズだろう。
胡桃としては、凜の大人っぽい綺麗な顔や、モデルみたいなスレンダーボディが羨ましい。
それにだ。
「仁君は当てはまらないと思うよ? 他の人と違って、そういう目で見てくる事全然ないもん」
嬉しい反面、悲しくもある。
モテたくない相手にばかりモテて、肝心の相手には通用しない巨乳なのだ。
これではなんの為の胸なのかわからない。
学校一の美少女の巨乳ちゃんも、仁の前ではかたなしだった。
「そうなんですか!」
正直者の凜である。
その言葉に、わかりやすく笑顔になる。
と、すぐに慌てた様子で誤魔化した。
「って、別に仁君は関係ないじゃないですか!」
「はぁ~ん? 凜ちゃん、今更なに言っちゃってるの? 凜ちゃんも仁君が好きな事はバレバレなんだからね?」
「た、確かに私も仁君の事が好きですけど、胡桃さんと違って、あくまでも尊敬とか憧れといいますか、人として好きなわけで……」
「じゃ~あたしが仁君に告っちゃっても平気なんだ?」
「ふぇっ……ぅ、ぁ、ぅぅ……」
凜がマジ泣きしそうになり、胡桃は慌てた。
「嘘嘘!? まだまだ全然そんな感じじゃないから! そもそも女の子として見てもらえてるかも謎だし!?」
「うぅ……もう、脅かさないでください!」
「凜ちゃんが変な意地はるからじゃん!」
「だってぇ……」
赤くなった凜が情けない声を出していじいじする。
大人っぽい顔をして、中身はびっくりするくらいお子様なのだ。
恋のライバルなんだから、もうちょっとちゃんとして欲しいところである。
「ていうか凜ちゃん、ブラのサイズ合ってなくない?」
さっきから気になっていたので胡桃は言った。
いかにもお母さんが買ってきましたみたいな色気のないブラは窮屈そうで、お肉がちょっとはみ出している。
「はぅっ!? や、やっぱりわかりますか……」
涙目になって凜が胸を押さえる。
「そりゃわかるでしょ。女同士だし」
「うぅ……。仁君とお友達になってからちゃんと食べるようになったので、太ってしまって……。あぁ、また丸々太ったおデブちゃんに戻ってしまったらどうしよう!?」
「……いや、全然太ってないから。むしろ、今より痩せてたんなら完全に痩せすぎだし。ちゃんと食べるようになって普通におっぱいが成長しただけじゃない? ていうか、凜ちゃんはもうちょっと太ってもいいと思うよ? 育ち盛りなんだしさ」
女の子の身体は繊細なのだ。
この時期にちゃんと食べないと色々よくない事になる。
拒食症とまではいかないが、凜はそれに近い状態にあったのだろう。
そう思うと、胡桃は凜が心配だった。
「そうでしょうか……」
「そうだよ。男の子はちょっとむっちりしてる方が好きだって言うし。仁君だって沢山食べる凜ちゃんは可愛いって言ってたでしょ?」
「でも、これ以上大きくなったらブラのサイズが……」
心配そうに胸を抱えると、凜はおねだりでもするように上目遣いで胡桃を見た。
「はいはい。そうなる前に一緒に下着買いに行ってあげるから」
「本当ですか! そうして貰えると助かります! 実は私、自分で下着を買った事がなくて……」
「もう! 委員長が聞いてあきれるよ!」
「ひ、仁君と胡桃さんの前だけです! 教室では、きっちりしっかりやってるんですからね!」
「はいはい。そうでしょうね~」
適当に流しつつメイド服に着替え終わる。
キッチン用は装飾の少ないシンプルなメイド服とエプロンだ。
スカートの丈だって学校の制服とそう変わらないのだが、なんだか恥ずかしい気がしてドキドキする。
「はぁ。やっぱり胡桃さんは可愛いですね。流石は学校一の美少女です。お人形さんみたいで、同性でも見とれちゃいます」
届かない星でも眺めるように、うっとりして凜が言う。
「言っとくけど、凜ちゃんだって綺麗だからね? その辺ちゃんと自覚して、変なお客さんに引っかからないように注意する事!」
胡桃はそういうのには慣れているから、ある程度は自分でどうにかできる。
凜は色々抜けているので心配だ。
「が、頑張りまふ!?」
案の定、がちがちに緊張してしまったらしい。
はぁ、と溜息をついて、胡桃は凛の頬っぺたを指で持ち上げた。
「ヤバかったらあたしが助けてあげるから、笑顔笑顔!」
「はひ、頼りにさせていただきます……」
全く、手間のかかる友達である。
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