第23話 ナイショにしたい
「胡桃さん! 一緒におバイトをしませんか!」
「どうしたの急に?」
毎日のように三人でお昼を食べているので、胡桃はすっかり凜と仲良くなっていた。
凜は真面目だし、不愉快な陰口や噂話をする事もない。
変な駆け引きもないし、裏表もない。
食べ物や仁の話題で盛り上がれるし、気楽に話せる理想の友達だ。
こう言っては大げさだが、親友になれそうな気がしている。
そんなわけで、最近は放課後に一緒に帰ったり遊ぶ事が増えていた。
凛としても、友達のいないガリ勉ちゃんだったからか、胡桃とつるんで遊ぶのが楽しいらしく、妹みたいに慕ってくれる。
そんな所も可愛くて、今日はカラオケに誘って一緒に遊んでいた。
凜は恥ずかしそうにアニソンやボカロの曲ばかり歌っていた。
オタクな選曲は意外な半面、陰キャっぽい凜なら納得なような気もする。
なんにせよ、胡桃はからかうような事はしなかった。
アニメやボカロくらい、胡桃だって見るし聞く。
凜ほどオタクではないけれど、折角なので知ってる曲は一緒に歌った。
凜の声は小さいし緊張でブルブル震えていたが、歌自体は結構上手い。
声質も良いので、練習したらかなり上手くなる気がする。
なんて思っていたら、唐突にそんな事を言われた。
思い返せば今日はずっとソワソワしていたので、切り出すタイミングを窺っていたのだろう。
「その、先日私は仁君に奢らせてしまったじゃないですか……」
「あたし達ね」
すかさず胡桃は訂正した。
凜はこんなに綺麗なのに、自虐的でおどおどした所がある。
他の人の前ではシャキッとしているみたいだが、胡桃や仁の前だと素になるのか、どうにも自信がない様子だ。
昔は太っていたと言っていたので、自己肯定感が低いのかもしれない。
胡桃からすれば、そんなに綺麗で頭もいいのだから、もっと胸を張ればいいのにと思う。
まぁ、そういう謙虚な所も好きなのだが。
「そうですけど……。胡桃さんの食べた量は大したことないじゃないですか」
「あーあー。悪かったですね、小食で」
わざと拗ねたような事を言うと、凜は大げさに慌てた。
「そ、そういう意味じゃないくてですね!?」
「わかってるって。奢られた額が多いって話でしょ? 気になるのは分かるけど、仁君がいいって言ってるんだかいいんじゃない?」
胡桃だって気にはなるが、仁がいいと言っているのだ。
あまりしつこい事を言って嫌な気分にさせるのも違う気がする。
凜の気持ちもわかるが、一回くらいなら素直に奢られておいた方がいいと思う。
「一度ならそうでしょうけど、仁君の事ですから、今後も毎回奢ろうとするに決まっています」
「……確かに。それはちょっとよくないかも」
奢ってくれるのはありがたいが、毎回それでは人気ムーチューバーの財布に寄生しているみたいで嫌だ。
「多分仁君は、私があまりお金を持ってないと思って気を使って奢ってくれたんだと思うんです。実際、私はバイトをしていませんし、お小遣いだってそんなに沢山貰っているわけではないので。なので、今後も仁君と一緒に楽しくご飯を食べるには、バイトをしてお金を稼ぐ必要があるんです。そうすれば、胸を張ってバイトをしてるから大丈夫ですと断れますし」
「……確かに」
仁の彼女を目指す身としては、対等な立場でありたい。
奢られっぱなしでは甘えが出て、ズルい女になってしまうかもしれない。
と、そこで凜がまた気弱になった。
「それでですね……。勝手な話になってしまうのですが、私はこの通り引っ込み思案で……。おバイトの経験もないですし、色々不安で。胡桃さんと一緒に働けたら心強いのですが……」
「それはこっちのセリフ! あたしだってバイトなんかした事ないし。凜ちゃんが一緒だったら安心だよ!」
「胡桃さん……」
感動したように、胸元で指を組んで凜がウルウルする。
全く、大げさなんだから。
でも、そういう素直な所が可愛くもある。
胡桃だって友達に頼られたら嬉しい。
「じゃあ、早速バイト探さないとだね。どんなのがいいかな?」
胡桃もバイトは不安だ。
無駄に可愛いので、表に出るバイトだとナンパやセクハラをされないか心配になる。
出来れば楽しくて儲かるバイトがいい。
もちろん、そんな都合のいいバイトなんかない事は分かっているが。
「実は良さそうなバイトの目星はつけてあるんです」
「おぉ! 流石凜ちゃん! やる事が早い! で、どんなバイトなの?」
「メイドキッチンです」
そう言って、凜は鞄から取り出したチラシを差し出した。
チラシにはフライパンを持った可愛いメイド服姿の女の子が映っている。
「う~ん、メイドカフェかぁ……」
面白そうだとは思うが、男の人に接客するバイトは少し抵抗がある。
別にオタクな男の人が嫌なわけではない。
胡桃が怖いのはチャラついたナンパ野郎共だ。
それに比べれば、オタクな人達は大人しくて安全なイメージがある。
それを考慮しても、知らない男の人と同じテーブルに座っておもてなしというのはちょっと……と思う。
全てのメイド喫茶がそうではないだろうが、胡桃の中ではそういうイメージだった。
胡桃は恋する乙女である。
そういうのは、仁にしかしたくない。
でも、そんな事を言っていたら接客業なんか出来ない気もする。
それに、可愛いメイド服でバイトというのはちょっと惹かれた。
悩ましい所である。
「メイドカフェではありません。メイドキッチンです」
「なにが違うの?」
「このお店はちゃんとした料理が売りみたいです。普通のメイド喫茶のような接客もあるようなのですが、それとは別に調理担当も募集していまして。オープンキッチンで、メイド服にエプロンで調理するようなのですが、そちらなら接客は最低限みたいです。これならコミュ症の私でも頑張れそうですし、料理の練習も出来て一石二鳥かと」
「なるほろ……。キッチンの中なら安全だし、お料理出来るのは魅力的かも……」
オープンキッチンになっているくらいだから、少しくらいはお客さんと話す事もあるかもしれないが、それくらいなら平気だろう。
作った分は食べないといけないので、家で料理の練習をするには限度がある。
バイトなら沢山作れるのでその分上達するだろう。
『あれ、胡桃さん、料理上手になった?』
舌の肥えた仁なら、きっと胡桃の上達に気づいてくれる。
そんなシチュエーションを想像すると、ロマンチックで胡桃の胸はドキドキした。
「うん、いいね! それにしよう! コンビニで履歴書買ってきて、早速面接行っちゃおう!」
「今からですか!?」
「善は急げだよ! グズグズしてたら調理担当が埋まっちゃうかもしれないし!」
フリータイムもそこそこに、二人は部屋を飛び出した。
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