第22話 おデブ君のポリシー

 仁君のアシスタントになれるかもしれない!


 そう思うと、胡桃は俄然やる気が出た。


 インタビューだけでなく、料理を作っている親父さんを撮ってみたり、外からいい感じにお店を撮ってみたり、お客さんが美味しそうに食べたり談笑している様を撮ってみたり、ちょっと失礼して出来立ての料理を撮らせてもらったり、とにかくなんでも撮りまくった。


 グルメ系のチャンネルを見る事はないが、ムーチューブ自体はよく見ている今時の女子高生だ。


 なんとなく、映えそうな絵面はイメージできる……と、思いたい。


「それくらいでいいんじゃない?」


 気づいたら二時間経っていた。


 胡桃の体感では十分くらいだったのでビックリした。


 なんだか小腹が空いていた。


 それで三人の所に戻って、みんなが頼んだ料理から少しずつ分けて貰った。


 そして改めてアシスタントの話をした。


 遠慮する凜のお尻を叩きつつ、仁と双葉のやり取りをドキドキしながら見守る。


 仁は妹の双葉をとっても大事にしている。


 それだけでなく、ちゃんと共同チャンネルの相棒として尊重している。


 だから、いくら仁が良くても、双葉がダメだと言ったらアシスタントの話はなしだ。


 お願い双葉ちゃん! 良いお義姉ちゃんになるから許して!?


 思わず胸の前で手を組んで、胡桃は必死に祈っていた。


 隣では、雫も覚悟を決めたのか、必死な顔になっている。


 でもダメそうな雰囲気だった。


 双葉は不機嫌顔で腕を組んでムスッとしている。


 そりゃそうだ。


 お兄ちゃんが大好きの甘えん坊の妹だ。


 お兄ちゃんを取るかも知れない女の人と一緒にチャンネルをやっていくなんて嫌だろう。


 ……と、思ったのだが。


「――なんちゃって! 双葉、お姉ちゃんも欲しいと思ってたの! 胡桃ねぇねは可愛いのに頑張り屋さんだし、凜ねぇねは綺麗なのに沢山食べるから好き! 双葉もお友達と遊びたい日とかあるし、みんなで頑張ろうね!」


 お許しが出て、思わず二人で手を握った。


 凜は恋のライバルだが、仁はこの通り、イケメンな上に人気者のムーチューバーだ。


 社会人の大人のお姉さんとも交流があるし、学校一の美少女程度では荷が重すぎる。


 仁に釣り合う女になるまでは、一緒に競ってくれるライバルが必要だ。


 今日だって、凜がいたから頑張れた気がする。


 一人だったら委縮して何もできなかっただろう。


 だから、帰りに凜に感謝されても、胡桃は偉ぶったりはしなかった。


「凜ちゃんは気にしすぎ! あたし達、友達でしょ?」

「そうですけど……」


 胸元で指をいじいじする凜は、クールな美少女っぽい外見とは全然違って、守ってあげたくなるような可愛さがある。


 こう言ってはなんだが、妹が出来た気分だ。


 実際、こんなに打ち解けた友達は初めてだった。


 良い意味で不器用で裏表のない正直な性格だから、胡桃も安心して付き合える。


 そんなこんなで撮影も終わって、みんなで電車に乗るために駅前を目指している。


「仁君重くない? あれだったら、荷物持つよ?」


 夕方だ。


 食事が終わって気が抜けたのか、店を出た途端双葉はお眠になってしまった。


 いつもの事らしく、仁は「おいで」と双葉をおんぶして、そのままスヤァ……だ。


 仁の背中に揺られながら、双葉は幸せそうに寝息をたてている。


 それに加えて、仁は肩に、機材の入った大きなバッグを担いでいる。


「平気だよ。いつもの事だしね」


 仁ならそう言うだろうと思った。


「すみません……。お手伝いという話だったのに、私だけ食べているだけで。ご飯まで奢っていただいて……」


 申し訳なさそうに凜が言う。


 そうなのだ。


 胡桃がトイレに行っている間に、仁はお会計を済ませていた。


 太っ腹だと言いたいが、そんなつもりで来たわけではないので、申し訳ない気持ちになってしまう。


「気にしないで。経費だから」


 経費!? テレビとかではたまに見る、よくわからない例のアレだ!


 今日一日で、仁がものすごく大人に見えた。


「でも……」


 凜は生真面目な子だから気になるようだ。


 胡桃だって気にならないわけではないが、あまりしつこく断ってもアレかな、と思う。


 でも、凜のそういう律儀な所は嫌いではない。


 ともあれ胡桃は、二人の間を取り持つことにした。


「じゃあ、あたしも払った方がいいかな?」

「く、胡桃さんはちゃんとお手伝いしてたじゃないですか!」


 困ったように凜が言う。


 そういう所が可愛いのだ。


「そうだけど、あたしだけ奢ってもらったらズルいもん」

「ズルくないですよ! それに私、ものすごく食べてしまいましたし……」


 確かに凜はよく食べた。


 仁には全然及ばないが、双葉よりは食べただろう。


 それで双葉にもすごいすごいと気に入られていた。


「凜さんも動画に出て貰うんだから気にしないで」


 当然のように仁は言う。


 なるほど、上手い言い訳だ。


 胡桃は感心してしまった。


「わ、私なんかが動画に出ても、お邪魔になるだけかと……」

「そんな事ないよ。僕達のチャンネルは男の人の視聴者さんも多いから。凜さんみたいに綺麗な人が美味しそうにもりもり食べてる姿は嬉しいんじゃないかな」

「も、もりもり!?」


 ガビーン! と凜が真っ赤になる。


「……と、言われても仕方ないかもしれないです……」


 思い出してみたのだろう。


 がっくりと凜がうなだれる。


「沢山食べてる凜さん、可愛かったよ?」

「そうだよ! だから私もいっぱい撮っちゃったもん! あーあー。あたしも凜ちゃんみたいに沢山食べられたらみんなとのご飯もっと楽しめるのになー!」


 フォロー半分、本音半分。


 美味しそうにもりもり食べる三人を見ていると、胡桃はやっぱり羨ましかった。


「ぅ、ぁ、ぃ……は、恥ずかしいです……。大食いを褒められるなんて、初めてなので……」

「胡桃さんもインタビューありがとね。双葉は知らない人だと恥ずかしがっちゃうし、僕も喋るのが得意なタイプじゃないから。色々撮ってくれたみたいだし、いつもよりいい動画になると思うよ」

「いやぁ、それほどでも」


 凜と一緒に遠慮しても仕方ないので、胡桃はお道化ておいた。


 聞き上手の仁だ。


 別に胡桃が手伝わなくたって上手くやれたに決まっている。


 でも、そうやって頑張りを褒めてくれる所が嬉しい。


 本当に、なんでこんなにイケメンなんだろう。


「でも、大丈夫? 橘さんはああ言ってたけど、女の人のファンも多かったし、急にあたし達が手伝ったりしたら、荒れたりしない?」


 藪蛇かなと思いつつ、思い切って胡桃は聞いた。


 それで断られたら嫌だけど、仁に迷惑がかかるのはもっと嫌だ。


「色んな人がいるから。そういうのはあると思うけど、元々は趣味で始めたチャンネルだし。僕の事よりも、美味しいのにあんまり人に知られてないご飯屋さんにスポットが当たって欲しいから。意地悪な言い方になっちゃうけど、それで荒らすような人達を気にする必要はないかな」

「おぉ~! 言いますねぇ」


 仁にしては強気な発言に、胡桃は少しビックリした。


 でも、ちょっと納得だ。


 凜の話では、体育の授業で意地悪をしてきた連中をドッジボールでやっつけた事もあるらしい。


 双葉も、にぃちゃんは怒ると怖いんだよ! 双葉に意地悪する子達を捕まえて、お家の人に叱ってもらったんだから! と誇らしげにしていた。


 おデブちゃんだけど、仁は芯の通ったおデブちゃんなのだ。


 チャンネルを始めた理由だって、なんだかかっこいい。


 お代だって、凜の話では、お店の人がタダでいいと言っている所を断って支払ったらしい。


 ちゃんとお店にお金を落としたいからというのが理由らしいが。


 おっとりしているように見えて、仁なりに色々とポリシーがあるのだろう。


 その後も、三人で色々お喋りしながら帰った。


 太っているというだけで荒らしに来る人も中にはいるらしい。


 でも、ムーチューバーをやっていれば、誰だってそういう目には会う。


 こんなに沢山応援してくれる人がいるのに、数人の意地悪な人を気にしていたら、それこそ応援してくれる人に失礼だ、というのはプロレスラーをやっているお父さんの教えらしい。


 え、お父さんプロレスラーなの!?


 という驚きもありつつ。


 胡桃は少しだけ、仁のメンタルの強さの理由を知れた気がした。

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