第21話 修羅場らない
「えっと、その……」
胡桃は焦った。
だって相手は仁の写真入り団扇を振って応援しているような筋金入りのファンなのだ。
今まで妹と二人でやっていたのに、急に知らない女の子が手伝っていたらなんだこいつは? と思うのも当然だろう。
特に胡桃は見た目だけは学校一の美少女なのだ。
普段だって同性から謎のやっかみや嫉妬を買うことが多い。
ちょっと男子と話しただけで片思い中の女の子に逆恨みされて詰め寄られた事もある。
仁は人気のムーチューバ―だし、ファンからしたらお金目当てで近づいた悪い女だとか警戒されても仕方ない。
というか、そうでなくても普通に良い気はしないだろう。
それに胡桃は仁の事が好きなのだ。
手伝いなんて口実で、本当は一緒に過ごして関係を深めたいだけ。
バチバチに下心を持っている。
だから、どういう関係? なんて聞かれたらやましくてしどろもどろになってしまう。
でも、ここで問題を起こしたら折角の楽しい雰囲気が台無しだ。
来てくれたファンやお客さん、そして仁達にも迷惑がかかる。
どうにか穏便に切り抜けないと!
「ひ、仁君の学校の友達で……。色々あって仲良くなって、お手伝い出来たらいいなと思ってまして……」
こんな時、演劇部にでも入っていたらもっと堂々として上手く立ち回れたのだろう。
胡桃の頭は真っ白で、上手い言い訳なんか出てこない。
そんな胡桃を、お姉さんはふ~ん? と値踏みするように冷たく見つめている。
仁を応援している時は無邪気な笑顔ではしゃいでいたのに別人みたいだ。
まぁ、推しが知らない女の子を連れてきたらそんな態度にもなるだろう。
見た目だって物凄く綺麗で、なんだか仕事が出来るキャリアウーマン的な感じの人だ。
仁のファンだから下手な事は言えないし、胡桃は委縮するばかりである。
「……仁君の事、好きなんでしょ?」
「――ッ!? ち、違います!? 全然そんな、滅相もない!? あたしなんかじゃ釣り合わないですよ!?」
ぶんぶんと、首が飛んでいきそうな勢いで否定する。
「その反応、完璧にクロね」
断言すると、お姉さんは急にニコリと破顔した。
「あたしもそうよ。色々あってファンになっちゃって。年甲斐もなく追っ掛けなんかやっちゃってるの。半分は仕事だけどね? はぁ、あなたが羨ましいわ。あたしももうちょっと若かったらファンじゃなくて恋が出来たのに。でも、それはそれで大変よ? 仁君てあの通りイケメンでしょ? ライバルは結構多いんだから。そのくせ本人はムーチューバ―だからチヤホヤされてるだけだと思ってるし。学校での事とかあんまり話してくれないから心配だったけど、こんなに可愛いアシスタントを二人も連れてくるんだから、大丈夫そうね」
「ぇ、ぁ、その……」
突然のマシンガントークに胡桃は困惑した。
なんなんだろうこの人は……。
「胡桃さん、大丈夫?」
心配してくれたのか、のしのしと仁がやってきた。
「仁君! もう、アシスタントを増やしたなら教えてよ! しかもこんなに可愛い子を二人も! あっちの子は大食い枠? これはますます登録者数が伸びそうね!」
「違いますよ橘さん。二人はただの友達で、今日は応援しに来てくれただけですから。インタビューを手伝って貰ったのもたまたまで、今回だけですよ」
「え~! もったいないわよ! タイプの違う二人の美少女アシスタント! しかもどっちも女子高生でしょ? 今でも人気だけど、華が増えたら一気に伸びるわよ? 仁君のチャンネルは百万人だって超えられるポテンシャルがあるんだから!」
「そう言って貰えるのは嬉しいんですけど、数字にはそんなに拘ってないので。二人にも迷惑になっちゃいますし」
「そうかしら? 少なくとも、こっちの子は結構その気みたいだけど?」
ねぇ? と橘と呼ばれたお姉さんが後押しをするように片目を瞑る。
よくわからないが、応援してくれているようだ。
突然差し出されたらバトンを迷わず掴み、胡桃はブンブン頷いた。
「そうなの? 最近は活動が大きくなってきたし、双葉の負担が増えてきたから手伝ってくれるなら助かるけど。でも、いいの? お休みの日が潰れちゃう事も多いし、他県に遠征する事もあるよ?」
「むしろ大歓迎だよ!」
夢のような展開に、胡桃は思わず本音が駄々洩れた。
お姉さんも、頑張りなさい、というようにグッと親指を立てている。
「そう。じゃあ、後は双葉次第かな。二人で頑張ってきたから。胡桃さんも親御さんに許可を取った方がいいと思うし。それについてはまた後で話そうね」
「そ、そうだネ! アハハハ」
ヤバい! 本当に仁君のアシスタントになれるかも!? そしたらお休みの度に撮影旅行できるって事!? そんなの実質デートじゃん! 流石にこれは抜け駆けが過ぎるから、後で凜ちゃんにも話を振ってあげよう!
なんて事を思いつつ、胡桃はさり気なく仁に聞いた。
「ところでこのお姉さんってどういう人?」
なんだか、ただのファンにして距離が近すぎる気もする。
もしかしたら、厄介ファンに絡まれているだけなのかもしれない。
「出版社の人だよ。僕達のチャンネルを記事やブログで取り上げてくれてるんだ。取材先で僕の事を紹介してくれたり、オファーの仲介なんかもして貰ってるから、結構お世話になってる感じかな」
「えぇえええええ!?」
厄介ファンなんてとんでもない。
めちゃくちゃちゃんとした人だった。
「ゴーゴーグルメ編集部の
薫子が片目を瞑ってこめかみの横でピッと指を振る。
視線で自己紹介を促され、胡桃は言った。
「や、柳津高校二年三組の、白玉胡桃です……」
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