第29話 最寄駅から徒歩十分



「へ~! 最寄り駅から徒歩で行けちゃうんだ!」


 仁の説明を聞いて、カメラを回す胡桃が大袈裟に驚いた。


 電車を乗り継ぎ、目的地の駅を出た所だ。


 キャンプ場のあるような場所だから、周りの景色は畑と山ばかりだ。


 寂れた印象は否めないが、一応駅前はそれなりに栄えていて、僅かだがコンビニやスーパーもあった。


「しかも片道二時間ですから。思ったよりも手軽ですね」


 タイミングよく凛が補足する。


 移動中の和気藹々とした様子を撮影しつつ、空いた時間で大まかな流れは打ち合わせていた。


 台本という程の物ではなく、視聴者に伝えたい情報をまとめた程度だ。


 凛は飲み込みが早く、的確に情報をまとめてくれた。


 胡桃はアイディアマンで、双葉と一緒にこうした方が分かりやすいと色々意見を出してくれた。


 下調べを行った仁では気付けない事も多かったから、かなり助かった。


「今回は初心者キャンプがテーマだから、準備や場所選びも含めて、手軽さを重視したんだ。僕もキャンプって遠くて大変そうなイメージがあったんだけど、日本って山国だし、キャンプ場って思ってたよりも身近に沢山あるみたいだね」


 仁もキャンプは未経験だ。


 興味はあったが、なんとなく大変そうなイメージがあった。


 でも、撮影の為に調べたら意外にそうでもなさそうだと思った。


 探してみたら電車で片道一、二時間で行ける駅ちかのキャンプ場が選り好み出来るくらい沢山あった。


 それだけでもキャンプに対するハードルがグッと下がった気がした。


 そういう驚きや感動を動画で伝えたい。


 胡桃と双葉は好奇心旺盛で、良いリアクションを取ってくれる。


 凛は言わなくてもなんとなく仁の意図を汲んでくれて、良いタイミングで補足を入れたり調べた雑学を披露してくれた。


「それじゃあ、いよいよキャンプ場?」

「ううん。チェックインは一時からだから」

「えぇ!? まだ十一時前だけど……。ちょっと早く来すぎじゃない?」

「買い出しをするんじゃないですか?」

「それでもちょっと早すぎると思うけど……」

「買い出しもするけど、チェックインしてもテントの設営ですぐには食べられないから。川遊びもしたいし、先にお昼を食べようと思って。前に橘さんに教えてもらったオススメのお店が近くにあるから、行ってみようかなと」


 折角遠出したのだし、基本はグルメ系のチャンネルだ。


 寄り道グルメも挟みたい。


「わーい! お昼だー! 双葉お腹ペコペコー!」

「あははは、遠出するといつもよりお腹空いちゃうよね」

「よかった……。私だけかと不安になってました……」

「それじゃあ、みんな良い感じにお腹も空いてるみたいだし、早速行こうか」

「レッツゴーゴー!」

「胡桃ねぇね待って~!」

「は、走ったら危ないですよ!」


 思っていた以上に良い動画になりそうだ。


 楽し気にはしゃぐ三人を見て、仁は密かに手応えを感じていた。


「仁く~ん! はやく~!」

「にぃちゃんはやく~!」

「えっと、その、は、はやくぅ……」

「僕は走るのは苦手だから」


 朗らかに笑うと、仁もゆっくり後を追った。


 †


 お店には事前に取材の許可を取っている。


 本日は公開収録ではないので見物人はいない。


 お店も空いているので三脚を立てて定点撮りをするつもりだった。


「それじゃあ良い画が撮れないよ! あたしはすぐ食べ終わるし、カメラマンやるね!」


 気を使わなくていいのにと思いつつ、胡桃の言い分も一理あるのでお任せした。


「というわけで、本日はゴーゴーグルメ編集部橘さんのご紹介で、ソバージュさんというお店にやってきました」

「「「わ~!」」」


 パチパチパチ、三人が囃し立てる。


 観客がいなくても、胡桃達がいれば良い感じに場が華やいだ。


「なんだかすっごくお洒落だけど、どんな料理のお店なの?」


 店内をぐるりと見渡し胡桃が聞く。


 ウッド調の店内は一見すると気取ったカフェのようだ。


「意外かもしれないけど、ソバージュさんはお蕎麦屋さんなんだよ。お蕎麦は勿論だけど、地元の農家さんから仕入れた取れたての季節の野菜と川魚の天ぷらが美味しいんだって」

「天ぷら! 双葉天ぷら大好き!」


 椅子の上で双葉が飛び跳ねる。


「美味しいですよね、天ぷら。私も大好きです。ちなみに、ソバージュというのはフランス語で野生的という意味だそうです」

「流石凛さん、物知りだね」

「い、いえ、さっき調べただけで、ごにょごにょ……」

「もう、言わなきゃバレないのに。でも、そんな名前のお店だったら野菜の天ぷらも美味しそうだね」


 そんな所で料理が運ばれてきた。


「わー! お蕎麦がバスケットに入ってる! おっしゃれ~!」

「これは素敵ですね」


 胡桃達の言う通り、ソバはざるやせいろではなく、竹細工のバスケットに入って出てきた。


 天ぷらも竹細工の籠に入っている。


 つゆの入った器は切り出した青竹だ。


「この辺りの工芸品で、隣のお店で買えるんだって」

「にぃちゃん! 後で見てきていい?」

「それじゃあ帰りに覗こうか。お父さんとお母さんのお土産になるかもしれないしね」


 そんなやり取りをしつつ、三人で手を合わせる。


「「いただきます」」

「いただきま~す!」


 ずるるるるる!


 良い香りのつゆと共に、サッパリとした風味のソバがするすると喉を落ちていく。


「ん~美味しい。いくらでも食べられそうだね」

「にぃちゃん見て見て! 双葉、わさび食べれるようになったんだよ!」


 竹を半分に割った薬味入れからちょこんとわさびつまんでつゆに溶かす。


 ずるるるるる!


 得意気にそばをすすった直後、「ん~~~!?」と双葉はびっくりした顔で慌てだした。


「大丈夫?」


 仁が水を差し出す。


「双葉さん! 鼻から息を吸って口から吐くんです! そうしたら辛くなくなりますから!」


 がぶがぶと水を飲む双葉に、慌てた様子で凛が言う。


 スーハースーハー。


「本当だ!? 凛ねぇねすごいね!?」

「本当、よくそんな事知ってるね」

「いえ、その、クイズとか雑学番組を見るのが好きなので……」


 感心する胡桃に恥ずかしそうに凛がもじもじした。


「それを言わなきゃ格好いいのに」

「だってぇ!?」

「う~。お家のわさびは平気だったのに……」


 双葉が不思議そうに薬味入れを見つめる。


「生のわさびだからじゃないかな?」


 そう言って、仁は自分のつゆ入れを双葉のと交換した。


 ずるるるる!


「ん~。良い香りだ。全然違うね」

「本当です! 鼻に抜ける辛さもそうですけど、風味の豊かさが段違いですね!」

「そんなに違うんだ?」

「胡桃さんも食べてみたら?」

「それじゃあ一口だけ」


 仁にカメラを預けると、胡桃もずぞぞぞ! っと勢いよくソバをすすった。


「ん~~~~!?」

「胡桃ねぇね! 口から吸って鼻から出すんだよ!」

「ん~~~~~!?」

「双葉さん! それだと逆です!?」


 一通りそばを楽しむと天ぷらに箸を伸ばす。


 ざるの上では揚げたての季節の野菜がほっこりと湯気をあげている。


 ナスにトウモロコシ、大葉にニンニク、オクラにパプリカと色とりどりだ。


 サク。


 トウモロコシを一口齧って仁はハッと目を見張った。


 そして、スイッチが入ったみたいに夢中で食べ始める。


 ナスはほんのり甘く、口の中でふわりと溶ける。


 トウモロコシはジューシーで噛むと甘い汁が口の中いっぱいに広がった。


 大葉はサクサクと小気味よい。


 ニンニクはホクホクで甘く別の食べ物みたいだ。


 オクラはパリっと香ばしく、肉厚のパプリカは野菜のステーキみたいに食べ応えがある。 


「とうもころし、すごく甘いよ!? お菓子みたい!?」

「こんなに美味しい野菜、食べた事ないです!」

「凛ちゃん! 一口だけ! あーんして! あーん!」


 我慢できなくなったのか、カメラを片手に胡桃が口をあける。


「それではトウモロコシをどうぞ」


 フーフーすると、凛が胡桃の口にトウモロコシを差し出した。


 サク、プチ、ジュワ~。


「あま~~~~い!」

「胡桃ねぇね! パプリカも甘いんだよ!」


 サク、パリ、ジュワ~。


「こっちもあま~~~い!」


 そして胡桃が期待するように仁に向かって口を開く。


「すみません! 天ぷらとお蕎麦、お代わりください!」


 夢中になってお代わりをする仁を見て胡桃は内心ホッとした。


 あぶないあぶない。


 仁君にあーんさせたら炎上するかもしれない。

 

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