第28話 行ってきますからがキャンプ
次の週末、キャンプ動画を撮る為に、四人は朝の八時に駅前に集合していた。
「凛さん気合入ってるね」
「凛ねぇね、探検家みたい!」
車でやってきた凛を見て、細田兄妹が言う。
双葉の言う通り、凛はアマゾンに探検にでも行きそうな恰好だった。
頭にはアドベンチャーハットを被り、ポケットがいっぱいついたカーキ色の半袖短パン、中にはスポーツタイツを着こんで動きやすい運動靴を履いている。
一方の仁はXXXXXLくらいありそうなポロシャツと短パン、撮影機材の入ったバッグだ。
双葉も前にあった時と同じような元気な小学生らしい半袖短パンにキャップ。
胡桃は膝下のスカートにスニーカーで動きやすさと可愛らしさを両立させている。
「だ、だって、キャンプって言うから……」
ラフな格好の三人と見比べて、凛は恥ずかしそうに胸元で指をいじいじした。
「だから言ったじゃん。流石にそれはやりすぎじゃない? って」
呆れたように胡桃が言う。
仁からは事前に、山歩きをするわけじゃないから好きな格好で良いと言われている。
注意点と言えば、夜は寒いとか、汚れたり煙臭くなるかもしれないという事くらいである。
それなのに凛は、二人で水着と下着を見に行った後に、キャンプ用の服が欲しいと言い出した。
折角動画に映るのだし、おめかしをしたい気持ちは分かるけれど、バイトを始めて日が浅いので、胡桃の予算は水着を新調して尽きてしまった。
一方の凛は、この日の為にお小遣いを貰っているらしい。
羨ましいと思いつつ、他所は他所、うちはうちだ。
羨ましいと思いつつ、洋服選びに付き合ってあげた。
胡桃は凛にお似合いのお洒落な服を勧めたのに、『キャンプ動画ですよ! そんなチャラついた格好をしていたら視聴者様に怒られてしまいます!』と謎の持論を展開して、可愛さのかの字もない物々しい服を一式買ってしまった。
変な所で頑固な子なのである。
「うぅ……すみません。お友達とキャンプだと思ったら舞い上がってしまって……。着替えに戻る時間は……ないですよね……」
「大丈夫だよ。凛さんは綺麗だからなんでも似合うし。動画的にも面白いんじゃないかな?」
「そ、そうですか?」
「そうだよ! 凛ねぇね似合ってるよ? 格好いいよ!」
細田兄妹に褒められて、途端に凛は赤くなった。
そうなると、今度は胡桃が不安になった。
「あたしもみんなみたいにキャンプっぽい恰好の方が良かったかな?」
胡桃は胡桃で、可愛さしか取り柄がないので、精一杯華を添えようと気合を入れたのだが、四人で並ぶと一人だけスカートで浮いている気がしてくる。
「そんな事ないよ。今回の動画は未経験の人にキャンプを身近に感じて貰えるような物にしたいから。可愛い恰好でもキャンプ出来るんだって意味ではすごくいいと思う」
「胡桃ねぇねは可愛いから、しちょーしゃさん絶対喜ぶよ!」
「そ、そう? それならいいんだけど……」
安心しつつ、胡桃も照れて赤くなかった。
「どうせなら今のやり取りも撮っておけばよかったね」
そう言いながら、仁はカメラを取り出した。
今回の動画は新規メンバーの二人を紹介しつつ、行ってきますからただいままでをドキュメンタリー風に撮る予定だ。
一泊二日で、カメラマンは胡桃が希望した。
胡桃達は男の子と一緒に泊りの旅行で許可が下りるか心配だったが、凛の両親は仁のファンだし、昔から凛に友達らしい友達がいない事を不安に思っていた。
二人きりというわけではなく、妹の双葉や親友の胡桃も一緒と聞いて、大喜びで送り出してくれた。
胡桃はもう少し手こずったが、仁の動画を親に見せて、妹ちゃんやバイト仲間の親友も一緒だからと説き伏せた。
あくまでもお仕事、えっちな想像をしたら逆に仁君に失礼だ!
十一万人も登録者がいる凄い子なんだよ!
それでミーハーな両親は納得した。
なんなら仁のファンになって、白玉家ではBGM代わりにもぐもぐチャンネルの過去動画がヘビロテされている。
「ていうか仁君、思ったよりも荷物少ないね。キャンプってテントとか折り畳み椅子とかすごい大荷物になるんだと思ってたけど」
仁から、食べ物やキャンプ用品はこちらで用意するから気にしなくていいと言われていた。
電車なのにどうするんだろうと思いつつ、胡桃は仁が山のような大荷物を背負ってやってくる姿を想像していた。
ところが仁は機材の入ったゴルフバッグみたいな鞄を一つ担いでいるだけだ。
とてもこれからキャンプに行く姿には見えない。
「きっとグランピングなんですよ」
「なにそれ?」
「グラマラスとキャンピングを掛け合わせた造語だそうです。意味としては、贅沢な楽ちんキャンプと言った感じでしょうか。必要な物は全部キャンプ場が揃えてくれて、手ぶらでも行けちゃうんです」
「よく知ってるね」
「へ~! 凛ねぇね物知り~!」
「だ、だって、お仕事ですから。少しでもお役に立てるように、色々予習をしてきたんです」
「え~! ズルいよ一人だけ!? 言ってくれたらあたしも勉強してきたのに!?」
なんだか抜け駆けされた気分である。
「そ、そんなつもりではなくてですね!? その、勝手にやっただけというか……わ、悪気はなかったんです! 嫌わないで下さい!?」
「いや、そこまでじゃないから」
なんにしても、優等生の凛らしい話である。
「これから行くキャンプ場はそういうサービスもやってるけど、今回は違うんだ。前にキャンプ用品のメーカーさんから案件のオファーがあって。その時は断ったんだけど、いい機会だから連絡したら、道具を一式キャンプ場に郵送してくれたんだ。帰りも送り返すだけだから楽ちんだよ。双葉の為に、背中は出来るだけ空けておきたいしね」
「むぁ!? 双葉ちゃんと自分で歩いて帰れるもん!」
「僕は別に双葉をおんぶして帰るのは嫌じゃないよ?」
「双葉も嫌じゃないけど……ねぇねの前で恥ずかしいでしょ!」
むぅ! っと赤くなって双葉が仁のお腹をムニムニした。
「そっか。ごめんね双葉。二人とも、今のは聞かなかったことにして」
唇に人差し指を当てて、悪戯っぽく片目を瞑る。
そんな仕草に二人はドキッとした。
おデブちゃんなのに、謎の色気を感じたのだ。
「僕も今回調べて知ったんだけど、キャンプ道具を郵送するのはまぁまぁある事みたい。僕達みたいに車を使えない人でもキャンプが出来るから便利だね。勿論出来る所と出来ない所があるから、キャンプ場に確認はしないとだめだけど。凛さんのグランピングの話も含めて、今のやり取りは後でカメラの前でもう一回やろうか」
「なんだかお仕事っぽくなってきたね!」
「あの、よかったら私、台詞をまとめておきます! こんな事もあろうかと、タブレットを持ってきましたので」
「凛ねぇねすご~い!」
「それじゃあお願いしちゃおうかな。迷惑にならない場所を探して出発の挨拶のシーン撮っちゃおう」
「はいはい! あたし良い場所しってる!」
「それじゃあそっちは胡桃さんにお任せで」
「にぃちゃん! ねぇね達頼もしいね!」
「そうだね双葉。僕達も頑張らないと」
そういうわけで、キャンプ動画の撮影が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。