第19話 胡桃の窮地
その後も、続々料理が運ばれてきた。
エビチリに酢豚、
既に四キロラーメン+チャーハンと餃子を食べているのに、仁は苦しい顔など一つも見せず、幸せそうに料理を口に運んでいる。
仁の胃は異次元と繋がっているんじゃ?
割と本気で胡桃は思った。
でも、すごいのは仁だけじゃない。
妹の双葉も、そんな小さい身体のどこに入るんだ!? というくらいよく食べた。
流石は仁の妹だ! と、ギリギリ納得できない事はない。
問題は凛だ。
恥ずかしそうにラーメンライスを平らげた後は、暫く大人しくしていた。
凛は痩せ型の美人だ。
どう見ても沢山食べるタイプじゃない。
仁の前で見栄を張って無理して食べたのだろうと思っていた。
「凛さん、もういいの?」
「…………えーと」
「我慢する事ないと思うけど」
「えー! 凛ねぇね我慢してるの!? この酢豚、とっても美味しいんだよ! ほら、あーん!」
「ぇ、ぁ、ぁーん。……ありがとうございます。とっても美味しいですね」
それから吹っ切れたみたいに食べ出した。
えぇ!? 嘘でしょ!?
ビックリして唖然としていると、恥ずかしそうに耳打ちされた。
「……実は私、昔は仁君みたいに太っていて……。沢山食べる子だったんです……。恥ずかしいので、内緒にして貰えると嬉しいんですけど……」
「ぅ、うん……。言わないけど……」
それでなんとなく、色々と合点がいった。
それはいい。
人には色々事情があるものだ。
問題は、三人の中で胡桃だけが普通の胃袋の持ち主だという事だ。
みんなは美味しそうにあれこれ食べているのに、胡桃は猫熊ラーメンだけでお腹がいっぱいになってしまった。
みんなみたいにライスを入れてみたいけど、絶対に食べ切れない。
無理をしてお残しなんかしたらイメージダウンだ。
お店の人にも悪い。
でも、みんなが食べているのに一人だけなにもせずに座っているのは居心地が悪い。
どうしてあたしは大食いじゃないんだろう……。
そんな事で悩む女子高生なんて自分くらいだと思いつつ、胡桃は内心仲間外れになったように感じた。
仁を争う恋のレースで一気に後れを取ってしまった気分だ。
「胡桃ねぇねはもう食べないの? このエビチリ、とっても美味しいよ? ほら、あーん!」
凛みたいに遠慮していると思ったのだろう。
双葉がテーブルから身を乗り出して、無邪気にプリプリのエビを差し出した。
お腹が膨れて機嫌がよくなったのか、双葉はぐいぐい話しかけて来る。
「あむ。ありがと双葉ちゃん。美味しいね」
エビの一つくらいは食べられる。
でも、みんなみたいにバクバク食べるのは無理だった。
「遠慮しなくていんだよ! 胡桃ねぇねはなに食べたいの? 恥ずかしいなら双葉が頼んであげる!」
「えっと……」
困った胡桃の視線は、無意識に仁に助けを求めた。
穏やかな仁の目は、優しいけれどなにを考えているのか分からない。
大体、見ただけで都合よく気持ちが伝わるなら言葉なんか必要ない。
それなのに。
「双葉。胡桃さんはお腹いっぱいなんだって」
「え~! 全然食べてないよ!」
ビックリしたように双葉が言う。
悪気がないのは分かっているが、胡桃としては気まずかった。
凛だって心配そうにチラチラこちらを見ている。
「お腹の大きさは人それぞれだから。無理して食べさせたら悪いよ。双葉だって、お腹いっぱいなのに無理して食べても美味しくないよね」
「そっか。胡桃ねぇね、ごめんなさい」
双葉に頭を下げられて、胡桃は申し訳ない気持ちになってきた。
「ううん。謝らないで。お姉ちゃんが少食なのが悪いから」
「悪くはないと思うけど」
おっとりと仁は言う。
「僕達の事は気にしないで、胡桃さんは自分のペースで楽しんでいいからね」
「そ、そうですよ! ゆっくり食べたらいいじゃないですか。それで、小腹が空いたら一口ずつつまんだりして。あ、杏仁豆腐とかどうですか? これならさっぱりして……って、ごめんなさい。お腹いっぱいなのに私……」
凛にまで気を使われて、いよいよ胡桃は困ってしまった。
でも、確かに杏仁豆腐なら食べられそうな気がした。
「ううん、ありがと凛ちゃん。それじゃあ双葉ちゃん、胡桃お姉ちゃんに杏仁豆腐を頼んでくれるかな?」
「は~い! すみません! 杏仁豆腐下さい!」
嬉しそうに張り切って、双葉が右手を上げた。
凛もホッとした様子だ。
胡桃も少しホッとした。
これでしばらくは時間が稼げる。
……でも、変な空気にしちゃうから、これっきりにした方がいいかなと思った。
三人とも気にしないと言ってくれるが、なんとなく大食いの中に普通の自分が混じっていると、折角の楽しい食事に水を差しているような気持ちになってしまう。
表に出ないように頑張っても、そういう空気はどうしても伝わってしまう。
仁はまったく気にせずニコニコしているが、凛や双葉は心配そうだ。
それで余計に申し訳ない気持ちになってしまう。
「そうだ双葉。折角だから、胡桃さんにお仕事を手伝って貰ったら?」
「えぇ、でも……」
仁を取られる思ったのだろう。双葉はちょっと嫌そうだった。
「インタビューのお仕事。双葉はあんまり好きじゃないでしょ?」
「……だって、恥ずかしいんだもん」
「お腹いっぱいになったら眠くなるでしょ?」
「……だって、お腹いっぱいになったら眠くなっちゃうんだもん」
「じゃあ、今のうちに胡桃さんにお願いしたら? そしたら、終わったらすぐに帰れるよ?」
「そっか! じゃあ、胡桃ねぇねお願いします!」
「そういうわけなんだけど、お願いしちゃってもいいかな?」
申し訳なさそうに仁は言う。
でも、手持ち無沙汰の胡桃に気を使っているのは明らかだった。
「それは全然。元々手伝いのつもりで来たんだし。先に食べ終わっちゃったから。でも、インタビューってなにしたらいいの?」
「僕が食べてる姿だけじゃお店の魅力は伝わらないから。食べてるお客さんや店員さんを撮影してインタビューしてるんだ。いつもは双葉が食べ終わった後に二人でやってるんだけどね。カメラで撮って貰う事になるんだけど、大丈夫そう?」
「つ、使い方教えて貰えれば……」
なんだか大事になってしまった。
でも、むしろ好都合だと思った。
あわよくば、ひとしのもぐもぐチャンネルのアシスタントとして今後も参加できるかもしれない。
沢山食べられない不利を取り返すチャンスだ。
「じゃ、じゃあ私も!」
凛も同じ事を思ったのか乗ってきた。
「いいよ。凛ちゃんはまだ食べてるでしょ?」
別に意地悪のつもりで言ったわけじゃない。
ライバルだけど、凛は友達だ。
食べられるなら、こちらは気にせずみんなでゆっくり食事を楽しんで欲しいと思う。
「でも……。私も手伝いのつもりで来ているのに、胡桃さんにだけ働かせるなんて申し訳ないです……」
凛は凛で、本気でそう思っているらしい。
真面目な委員長らしい発言だ。
「食べ終わってからで大丈夫だから。お手伝いの方法なら、後で私が教えてあげるから」
「そうですか……。では、申し訳ないのですけど……お任せしちゃいます」
言いながら、凛は美味しそうに餃子を頬張った。
無意識なのだろうが、凛のキャラや見た目からするとギャップがあって面白かった。
その後は杏仁豆腐を食べながら、細田兄妹からインタビューのやり方やカメラの扱い方を教わった。
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