第18話 仁の魔法

 撮影が終わると、手早く機材を片付けてみんなでお昼を食べる事になった。


「ん~。どれにしようかな。全部美味しそうで迷っちゃうなぁ~」


 楽しそうにメニューを眺める仁は、たった今店に来たばかりみたいだ。


「仁君、まだ食べるの!?」

「仁君、まだ食べるんですか!?」


 胡桃達が同時に驚いた。


 一緒にお昼を食べているから、仁が大食いなのは知っている。


 道中で、大食いの後に普通に食事をする事も聞いていた。


 でも、実際に巨人用みたいなラーメンを平らげた後に平然とそんな事を言われると驚いてしまう。


「だって美味しそうなんだもん。折角来たのに、食べないで帰ったら勿体ないよ」


 無邪気にそんな事を言われたら返す言葉もない。


 ただただ凄いと呻るだけである。


 撮影に使っていた奥のテーブルに四人で陣取り、あれやこれやと注文する。


 仁の隣は双葉。


 正面はジャンケンで胡桃がゲットした。


 見物人やファンの人達もお客さんに変わって、店内は超満員。


 仁以外の全員が猫熊ラーメンを頼むので、親父さんは大忙しの様子だ。


 店の外にも列ができ、その列が新たなお客さんを生んでいる。


「う~! にぃちゃん! お腹空いたよぉ~!」


 一仕事終えた双葉がぺったりとテーブルに上半身を伸ばして、両手をパタパタさせる。


「ごめんね双葉。我慢させちゃって。いつも撮影ありがとね」


 労いの言葉をかけると、仁は大きなクリームパンみたいな手で双葉の頭をよしよしと撫でた。


「ふにゃ~……。にぃちゃんの為だから平気だもん!」


 気持ちよさそうにウットリすると、起き上がった双葉が仁のお腹に抱きついた。


 妊婦さんに接するように優しく撫でながら、中の音を聞くように耳をくっつける。


「大きくな~れ。大きくな~れ」

「これ以上大きくなったら着る服がなくなっちゃうよ」

「そしたら双葉が服屋さんになってにぃちゃん用の大きな服作ってあげるもん!」

「それなら大丈夫だね」


 仲良し兄妹のやり取りを、胡桃達はただただ尊い気持ちで眺めていた。


 ……仁君のお腹、あたしも触ってみたい!


 なんて思いつつ。


 そうこうしている内に第一陣の料理がやってきた。


 三人前の猫熊ラーメンの他に、ぷりっぷりのエビが入った海鮮チャーハンと大皿に並んだ大量の餃子だ。


「待ってました~!」


 思わず大きな声を出してしまい、胡桃は真っ赤になって口を押えた。


 隣を見ると、凛が微笑ましそうに笑っている。


「仁君があんまり美味しそうに食べるので、お腹空いちゃいましたね」

「だよねだよね! あそこまで行くともう魔法だよね!」

「双葉もペコペコ~!」


 女子達が騒ぐ中、仁はさり気なく店員に尋ねた。


「あの、餃子は頼んでないんですけど」

「親父さんからのサービスです。美味そうに食べてくれてありがとうって」

「だって美味しかったですから」


 そう言うと、仁はキビキビと料理を作る親父さんに視線を向けた。


「餃子、ありがとうございます」

「「「ありがとうございま~す!」」」


 胡桃達が後に続く。


 親父さんはチラリとこちらを見て、ぶっきら棒に「ぉぅっ」っと頷くと、照れたようにニカッとはにかんだ。


 胡桃はちょっとビックリした。


 あんな怖そうな親父さんを笑顔にするなんてすごい!


 ただご飯を食べるだけで人を笑顔にするなんて、それこそ魔法みたいだ。


「それじゃ、食べよっか」


 四人でいただきますをして、お待ちかねの昼食が始まった。


「ん~! 本当に美味しい!」

「ゴマ好きにはたまりませんね」


 溶かした練りゴマみたいにドロッとしたスープはよく麺に絡んで、口に入れるとブワァッ! っとゴマの香りが広がった。


 こってり系のスープは力強く、ゴマの風味にも負けない味だ。


 強力粉を使っているという麺はもっちりしこしこで、独特の歯ごたえが口に楽しい。


 具のひき肉もたっぷり入っていて、チンゲン菜はシャキシャキ、固ゆでの煮卵は仁を真似てある程度食べてから黄身を溶かして味変に使った。


 普通に食べても十分美味しいラーメンなのだが、仁が美味しそうに食べる姿を見た後だと余計に美味しく感じられた。


 好きな人と同じ物を食べる喜びとでも言うのだろうか。


 でも、もし仁の事を好きでなくても、楽しい気分になっただろうなと胡桃は思った。


 美味しい物を美味しいと感じる気持ちを誰かと共有する。


 ただそれだけで、なんだかほっこり嬉しくなる。


 そんな気持ちにさせてくれるから、ひとしのもぐもぐチャンネルは人気なのかもしれない。


 押し掛けたファンや見物人達は、全員猫熊ラーメンを食べている。


 みんな知らない人の筈なのに、家族や親せきと一緒にいるような一体感が店内に漂っていた。


 夏祭りの賑わいにも似た、不思議な空気だ。


 なんて事を考えていたら。


「ごちそうさまでした」

「えぇ!? 凛ちゃんもう食べちゃったの!?」

「……恥ずかしながら、お腹ペコペコで……」


 凛が頬を赤らめる。


「別に恥ずかしくはないと思うけど……」


 胡桃はまだ半分も食べていない。


 だから純粋に驚いたのだが。


「凛ねぇねはご飯頼まないの?」


 尋ねる双葉も既に麺を食べ終わっていた。


「えぇ!? 双葉ちゃんも!? 二人とも早すぎない!?」

「胡桃ねぇねが遅いんだよ?」

「食べる速さは人それぞれだよ。胡桃さんも、気にしないでゆっくり食べていいからね」

「ぅ、ぅん……」


 別にゆっくり食べているつもりはなかったのだが。


 自分が遅いのか、三人が早いのか、胡桃は自信がなくなってきた。


「えっと、どうしましょうか……」


 双葉に聞かれて、凛は迷っている様子だった。


 答えを求めるように仁に視線を向ける。


「僕は別に、恥ずかしい事じゃないと思うけど」

「すみませ~ん! 中ライスくださ~い!」


 双葉が元気よく手をあげると、食べ終わっていた他のお客さんも「俺も!」「あたしも!」と声をあげた。


 それを見て、焦った凛が右手を挙げて立ち上がる。


「わ、私もお願いします!」


 大きな声に視線が集まる。


「ぁ、ぃぇ、これは、その……」


 耳まで赤くなって、凛は両手で顔を覆った。


 和やかな笑い声が店に満ちる。


 そこに仁も混じっていたので、凛はむぅっと頬を膨らませた。


「もぅ! 仁君まで笑わないで下さい!」


 楽しい食事会は続く。

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