第17話 おデブ君は魅了する

「どうもこんにちは。ひとしのもぐもぐチャンネルです。本日は〇〇県××市△△商店街にある猫熊ぱんだ飯店さんにお邪魔しました」


 撮影は双葉のキュー出しで始まった。


 仁は特に緊張した様子もなく、いつものお昼休みと同じようにおっとりニコニコしている。


 ただ、声だけはいつもよりも明瞭で、アナウンサーのようにハキハキしていた。


 手伝いに来たと言いつつ、特にやる事のない胡桃達は、台に乗って真剣な表情でカメラを回す双葉の横の特等席で、ハラハラしながら二人で手を握り合って見守っていた。


 撮影中の奥のテーブル以外は、噂の高校生大食いムーチューバ―を一目見ようと大勢のファンが押し掛けて、店の外にはみ出すほどだ。


 これがまた、予想外に女性比率が多くて胡桃達を不安にさせた。


 見た感じ、八割以上女の人なのではないだろうか。


 下は小学生、上はおばあちゃんまで、色んな年代の女性がいる。


 特に多いのは二、三十代の大人のお姉様方で、中には顔写真の入った団扇を振っているザ・おっかけ、みたいな人もいて、二人をますます不安にさせた。


 見た目だって二人に負けないくらいの美人さんもいた。


 やっぱり仁君ってモテるんだ!


 嬉しいような、不安なような、複雑な気分である。


 実際、撮影前は仁がなにかする度にキャーキャーと黄色い歓声が上がっていた。


 仁は仁で、押し掛けたファンに丁寧に頭を下げ、希望者にはサインを書いたりしていた。


 けれど今は、みんなお行儀よく撮影を見守っている。


 仁の丁寧な物腰や、双葉の発する真剣な雰囲気が、自然と見物人達をお行儀よくさせるらしい。


 もちろん、常連のファンの皆さんの自発的な協力も無関係ではない。


 古ぼけた猫熊飯店の店内は、みんなの心が一つになったような優しく温かい雰囲気が充満していた。


 まるで、仁の大きな雄っぱいにみんなで抱かれているようだ。


「今回のチャレンジメニューはこちら。猫熊飯店さん特製の、超特盛猫熊ラーメンです。大丈夫ですよ。猫熊は入ってませんから。沢山の黒ゴマと竹炭の入ったトロっトロの黒ゴマ担々麺です。スープと麺と具、諸々合わせて約四キロ。とっても美味しそうですね。それではいただきます」


 流れるように告げると、仁はおもむろに両手を合わせた。


「まずは匂いから」


 巨大な器に顔を近づけると、うっとり幸せそうに匂いを嗅ぐ。


「う~ん。こってりしたゴマのいい匂い。お腹空いてきちゃった。もうだめ、我慢できないや」


 解説もそこそこに、仁は巨大な器に箸を突き入れた。


 そこからは、怒涛の勢いだった。


 ずるるるるる、もぐもぐ、ずぞぞぞぞ、ごくごく、ずるるるるるる……。


 麺を、具を、スープを、辺りに漂う匂いすらも、まぁ美味しそうに食べていく。


 なんたらの宝石箱とか、なんたらのデパートや! みたいな大袈裟な感想は全くなかった。


 それどころか、食レポらしいコメントなんか全然しない。


 撮影中なのも忘れてしまったみたいに、仁はただただ美味しそうに目の前のラーメンを平らげていく。


 それでいいんだと胡桃は思った。


 言葉なんか必要ない。


 ていうか、食べ物の味や匂い、食感や風味なんか、どう頑張ったって言葉じゃ伝わるわけがない。


 そんなものよりも、夢中になってラーメンを平らげる幸せそうな仁の姿が、どんな手の込んだ言葉よりも雄弁に、猫熊ラーメンの美味しさを見る者に伝えていた。


 ごくり。


 胡桃の喉が何度も鳴った。


 隣では、凛の喉も鳴っている。


 双葉や見物人、これを作った料理人すらなんて美味しそうなんだと喉を鳴らしていた。


 それだけじゃない。


 ぐ~。ぐるるる。きゅ~。


 あっちこっちでお腹の虫の大合唱だ。


 食べたい。食べたい。私も食べたい!


 胡桃は無性にお腹が空いてきた。


 舌だって、早く食べたいよぉ~! と切なそうに涙を流している。


 お願い仁君! 早く食べ終わって!


 そしたらあたしもそれ頼むから!


 そう思う一方で、夢中になってラーメンを食べる仁の姿をずっと眺めていたい気もした。


 だって、総重量四キロ超えの超特盛ラーメンだ。


 それを仁は、最初から最後までまったくペースを落とさずに、最初から最後まで最初の一口みたいに美味しそうに食べるのである。


 そんな事、誰にも出来ない。


 なんかすごい。


 気持ち良い!


 あんなに沢山あったラーメンが、もう半分も残ってない!


 気付けば胡桃は凛と繋いだ手をはなして、握りこぶしを作って手に汗を握っていた。


 不思議な気持ちだった。


 ただおデブちゃんが幸せそうにラーメンを食べている姿を見ているだけなのに、ものすごく白熱したスポーツを観戦しているような気分になった。


 仁君、次はなにを食べるんだろう。麺かな、スープかな、煮卵かな、チンゲン菜かな、あ! ひき肉を穴の空いたレンゲでこして麺と一緒に食べるんだ! スープは結構残ってるけど、残しちゃうのかな?


「すみません。ライス貰えますか?」


 ぷはぁ~っと幸せそうに息をつき、額に浮かんだ大粒の汗をおしぼりで拭うと、仁は軽く手を挙げて言った。


 途端にギャラリーがわぁあああ! っと盛り上がった。


「出た! ひとし君のおかわり芸!」

「大食いチャレンジなのにいっつも追加で注文しちゃうんだから!」

「よっ! 大将! 男前!」

「やっぱりシメはライスよね! 流石ひとし君、わかってるぅ~!」


 なにやらいつもの事のようで、ここぞとばかりに見物人達が囃し立てた。


 それを受けて、仁はニコニコしながら、いやぁ、照れるなぁっと頭をかく。


「残ったスープにライスを入れるのはお行儀が悪いって言う人もいますけど、僕はこれが大好きです。折角こんなに美味しいスープ、最後まで美味しく頂きたいですね」


 厨房で腕組みをして見ていたいかにも頑固親父風の料理人に向けて仁が言う。


 途端に親父さんは「くぅっ~っ!」と涙ぐんで、目頭を押さえた。


 そして仁は汁の一滴、麺の一本、米の一粒も残さずに完食して、幸せそうに両手を合わせた。


「あぁ~美味しかった。ごちそうさまでした」


 わぁあああああああ!


 ワールドカップで決勝ゴールを決めたみたいに、心地よい歓声が辺りを包んだ。

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