第16話 学校一のおデブ君の裏の顏

「……凛ちゃんも同じ事考えてたとはね」

「あはははは……」


 胡桃の言葉に凛が苦笑いを浮かべる。


 あの後知った話なのだが、どうやら凛も同じ映画に仁を誘っていたらしい。


 それで二人とも断られ、バイトの手伝いを申し出ていた。


 やってきたのは隣町の商店街にある熊猫ぱんだ飯店という中華料理店だった。


 ローカルな店で、よく言えば老舗感があるが、悪く言えば寂れている。


 二人は店の隅に突っ立って、細田兄妹が撮影機材を設置する様を眺めていた。


「それにしても、仁君がムーチューバ―だったなんて驚きですね」

「だよねだよね! それ聞いた時あたし、冗談だと思って疑っちゃったもん!」


 なんでそんな事になったのか。


 理由は仁から聞いてる。


 大食いの細田一家の中でも、仁は特に大食いだった。


 おデブの癖に運動もするので、冗談みたいによく食べる。


 食べさせる事が大好きな母親はいつもニコニコ喜んでくれたし、一家の大黒柱である父親も沢山食べて大きくなれ! わっはっは! と陽気なものだ。


 妹だって、膨れ上がる兄のお腹を楽しそうに撫でながら、大きくな~れ、大きくな~れと謎のおまじないをかけていた。


 一方で仁は、流石にちょっと食べ過ぎかなと我が家の家計を気にしていた。


 別に細田家は貧乏ではないが、仁の食べる量は尋常ではない。


 母親も手の込んだ物を作ってくれるから、普通の家の何倍も食費がかかるだろう。


 それに仁は食いしん坊だ。


 母親の手料理は大好きだが、それはそれとして、街で目に付くご飯屋さんや、テレビで宣伝しているお店でも食べてみたい。


 仁が外食でお腹いっぱい食べようと思ったら、お小遣いでは全く足りない。


 おデブな上に当時中学生だった仁には、バイトを見つけるのも難しかった。


 そんな時、目についたのが賞金付きの大食いチャレンジメニューだった。


 揚げ物がのった三キロの特盛カレー、三十分で完食出来たら五千円。


 仁はペロッと食べてしまった。


 そのお金で、他のメニューも注文して帰った。


 それから仁は街の大食いチャレンジを次々制覇していった。


 お店の人は困った。


 仁の前ではどんな大食いメニューも意味がない。


 普通なら勘弁してくれと泣きつく所だが、仁は本当に美味しそうに食べてくれて、賞金も全部そのお店で使っていく。


 中々どうして憎めない、気持ちのいいお客さんなのである。


 それに、仁が大食いチャレンジをすると店の売り上げがちょっと伸びた。


 どうやら一部の間で大食いの仁は有名になっており、見物人がやってきてお客さんが増えるらしい。


 それである時、とある商店街の人達が話し合って、仁に正式に大食いチャレンジのオファーを出す事にした。


 そうすれば、ちゃんと宣伝を打って仁の大食いチャレンジを商店街の名物に出来る。


 この試みは成功して、仁は毎週のようにあっちこっちのお店で仁の為に用意された大食いチャレンジを行うようになった。


 全戦全勝、仁は無敵のチャンピオンである。


 その内誰かが、折角だから動画にしてムーチューブに上げないかと言い出した。


 仁の父親はプロレスラーで、元おっかけだった母親はムーチューブにチャンネルを作って試合のまとめ動画や企画動画を作って活動をサポートしていた。


 そんな細田家だったので、特に異論は出なかった。


 そういうわけで一年前にひとしのもぐもぐチャンネルが開設され、オファーを受けてあっちこっち飛び回って大食いチャレンジを行っている。


 仁はお腹いっぱい食べられる上にお金を貰えて、お店は売上アップと宣伝が出来てWIN-WINだ。


 地元の依頼を大事にしているが、時には他県に遠征する事もあった。


 妹は母親にくっついて撮影や動画編集の技術を身に着けていたので、仁の頼れる相棒として活躍している。


 仁がムーチューバ―になったのには、そんな経緯があった。


「しかも登録者十万人超えだし。普通に凄いよね……」

「私はダイエットをしていたのでそういった動画は見ないようにしていたのですが。どうやら街で飲食店をやっている大人の間では仁君は有名人みたいですね。父も、あの仁君と友達になったのか!? って驚いていましたから」

「まぁ、学生はあんまりそういう動画見ないもんね」


 胡桃も人気のムーチューバーやゲーム実況者、美容やファッション系のチャンネルは見るが、大食いチャンネルを見ようと思った事はない。


 まさか同じ学校にそんなすごい人がいるとは思わないから、みんな気付いていないのだろう。


 学校ではデブのふとしとバカにされているが、実は仁は学生なのにムーチューバ―として稼いでいる、すごい男の子だったのだ。


 しかもそれをひけらかす事なく飄々としているのだから、立派なものだ。


 仁の人気はかなりのものらしい。


 店の外には仁の大食いチャレンジを見に来たお客さんで行列が出来ていた。


 準備が整うまで、お店は一時貸し切りである。


「……あの、すみません」


 準備が終わったのか、妹の双葉がとてとてと緊張した様子で二人の所にやってきた。


 挨拶は既に済ませてあるが、人見知りのお兄ちゃん子らしく、道中は仲良さそうに仁と手を繋ぎ、大きなお尻に隠れるようにしてべったり甘えていた。


 二人からすれば、敬愛し、恋心を寄せる大大大好きな仁の妹である。


 義妹になる可能性だってあるのだ。


 ハッとして、二人は背筋を伸ばした。


「どうしたのかな、双葉ちゃん」

「お姉さん達に、何か御用ですか?」


 猫なで声を出す二人をじぃっと見つめて、双葉は言った。


「……お姉ちゃん達は、お兄ちゃんの彼女なんですか?」

「かかかかっ!?」

「彼女だなんてそんな!?」


 真っ赤になって二人が慌てた。


「こら双葉。そんな事言ったら二人に失礼だよ。胡桃さんと凛さんはただの友達。こんなに綺麗で可愛い人がお兄ちゃんの彼女なわけないだろ? ごめんね二人とも」


 店の人と話していた仁が店の奥から言ってくる。


「そんな、全然だよ!? ねぇ凛ちゃん!?」

「は、はひ!? ひ、仁君の彼女と間違われるなら、光栄です!?」

「ほら。双葉が変な事言うから気を使わせちゃったよ。ちゃんとごめんなさいして」

「うー。そんな事ないもん! にぃちゃんは気づいてないだけで、絶対モテるもん!」

「もう、双葉ったら。ごめんね二人とも。僕になついてるだけで、悪気はないんだ。ちょっと人見知りだけど、僕の妹にはもったいないくらい良い子だから、仲良くしてあげて欲しいな」


 苦笑いを浮かべる仁に、二人はブンブンと勢いよく首を縦に振った。


「こ、こちらこそ、よろしくね双葉ちゃん!」

「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします、双葉さん」


 二人に言われて、双葉はむぅっと頬を膨らませた。


「胡桃ねぇねと凛ねぇね。にぃちゃんは双葉のにぃちゃんなので、取らないで下さい!」

「双葉。あんまりしつこいとお兄ちゃん怒るよ?」

「だってぇ!?」


 半泣きになる双葉を見て二人は焦った。


「あたし達は大丈夫だから!?」

「そ、そうですよ! 双葉さんを怒らないであげてください!」


 思わぬところで現れた可愛すぎるライバルの登場に、困るしかない二人だった。

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