第15話 学校一の美少女はおデブ君とデートしたい

 凜は良い子だが、恋のライバルには違いない。


 元々美人だし、謎の変化で一気にヒロイン力を上げてきた。


 友達になったとはいえ、警戒すべき危険人物には変わりない。


 仁とはクラスメイトだし、下の名前で呼ばれている。


 現状、恋のレースは凜の方がリードしていると考えるべきだろう。


 巻き返しをはかる為、胡桃は仁をデートに誘うことにした。


 問題は理由だった。


 仁は食いしん坊だから、食べ歩きが最適なのは分かっている。


 だが生憎、胡桃の胃袋は人並だった。


 どう頑張っても、仁と一緒に食べ歩きをするのは無理があるだろう。


 あれこれ悩んで、悩んで悩んで、悩みすぎた。


 それで一周回って普通に映画に誘うことにした。


 仁は優しい男の子だ。一緒にお昼を食べてくれるのも、学校一の美少女に対する下心ではなく、胡桃に心の許せる友達がいないからである。


 だから、難しい事を考えなくても普通に遊びに誘ったらオッケーしてくれる気がした。


 映画なら、二人っきりの時間を過ごせる。


 一人で見るのは心細いとでも言えば快く了承してくれそうだ。


 恋愛映画で甘い雰囲気を匂わせてもいいし、ホラー映画で手を握っちゃってもいい。男の子だからアクション映画が好きかもしれない。


 またまた胡桃は悩みまくった。


 その結果日和って、戦国料理人という食べ物系の映画に決めた。


 現代の料理人が戦国時代にタイムスリップして、料理で無双するという作品だ。


 レビューの評価も高く、笑いあり涙あり恋愛要素にアクションも有りで悪くない。


 これなら本当に映画を見たいだけという感じがする。


 学校一の美少女と言っても胡桃は彼氏いない歴=年齢の普通の女の子だ。


 下心があって映画に誘ったなんてバレたら恥ずかしい。


 映画を見終わったらご飯を食べながら感想会をして、その流れで次に挑戦する料理の話に持ち込もう。


 その後はお買い物に付き合って貰って、上手く引き伸ばせばお礼と称してもう一回一緒にご飯を食べられるかもしれない。


 完璧な筋書きだ!


「あたしって天才じゃん!」


 あとは凜にバレないように仁を誘うだけだ。


 何も考えずに凜の前で話したら、「その映画、私も気になってたんです」とか言って三人でデートする事になるのは目に見えている。


 ラブコメなら、お約束の展開だ。


 そうでなくとも仁は優しい男の子だ。


 胡桃も凜も友達が少ない。


 だから変な気を使って、二人を仲良くさせようとしている節がある。


 普通に誘ったら、「折角だし、凜さんも誘ったら?」とか言いかねない。


 いや、別に凜の事は嫌じゃないし、友達としては真面目で信用できるとってもいい子だと思う。


 人の噂話や悪口を嫌うお堅い所も、胡桃的には超高評価である。


 でもそれはそれだ。


 友達は友達。


 恋は恋。


 凜には悪いけど、そこはきっちり区別をつけて出し抜かせて貰う。


 そういうわけで胡桃は慎重に話を切り出すタイミングを選んだ。


 今すぐにでも声をかけたい所をグッとこらえて、金曜日の放課後まで待った。


 そして、一人で帰る仁をさり気なく尾行し、ひと気のなくなった所で偶然を装って声をかけた。


「やっほー。仁君、偶然だね!」

「ずっとついて来てたけど、忍者ごっこでもしてたの?」


 バレバレだった。


「……えーと。まぁ、そんな感じ?」


 どんな感じだ。


「びっくりさせようと思って! ちょっとしたお茶目……みたいな……」


 あぁ、言い訳をするほどドツボにハマっていく……。


 幸い仁は笑ってくれた。


「白玉さんって面白いね」

「ま、まぁね? ていうか、あたしも友達なんだし、凜ちゃんみたいに名前で呼んでよ!」

「そうだね。じゃあ、胡桃さんで」


 ッシャ! 内心でガッツポーズを取る。


 これで凜とはイーブンだ。


「そ、それでね。実は仁君にお話があって……」


 バカバカバカ! それじゃ全然さり気なくないじゃん!?


 焦る胡桃に、仁は普通に聞き返す。


「なぁに?」

「えっとその……急な話なんだけど、どうしても見たい映画があって、一人で行くのは心細いから、付き合ってくれないかなぁ~……なんて……」


 さっきまでは完璧な計画に思えたのに、実行した途端ものすごくわざとらしい気がしてきた。


 でも、ここで引いたら負けだ!


「その! 戦国料理人って映画なんだけど! すっごく面白いって評判なんだって! 料理人が戦国で、すっごい美味しそうみたい!」


 あぁもう、支離滅裂!?


「面白そうだね」

「じゃあ!」


 イケそうな雰囲気に、胡桃は内心で三連ガッツポーズを取った。


 ところが。


「ごめんね。明日はバイトが入ってるんだ」

「……仁君、バイトしてるの!?」


 断られたショックよりも、そっちの方が驚きだった。


 †


「ただいま~」

「にぃちゃん!?」


 帰宅した途端、リビングの方から妹の声が響いてきた。


「にぃちゃんにぃちゃんにぃちゃんにぃちゃん!」


 ドダダダダダ!


 興奮した大型犬みたいに、妹の双葉が全速力で駆け寄って、仁のお腹に飛びついた。


 ぼよよん。


「ただいま、双葉」


 ポンポンと、仁がお腹に張り付いた双葉の頭を優しく撫でた。


 仁は二人兄妹だ。


 妹の双葉は小学五年生。


 ショートヘアを片方だけゴムで結んだ、元気いっぱいの女の子だ。


 二人は仲良し兄妹で、仁は妹想い、双葉はお兄ちゃんが大好きだった。


「えへへ~。にぃちゃんふかふか! 大好き!」

「階段あがるよ」

「うん! しっかり捕まってる!」


 昔から、双葉は仁のお腹が大好きだった。


 帰宅すると、いつもこうしてお腹に飛びついてくる。


 可愛い妹がなついてくれているのだから、仁も特に文句はない。


 おデブちゃんの仁は力持ちだし、妹は背が小さかった。


 もうしばらくは、コバンザメごっこをさせてあげられるだろう。


 夕飯の支度をする母親に一声かけると、仁は双葉をお腹にくっつけたまま、のしのしと階段を上がって自室に向かった。


「にいちゃんあそぼ! ねぇねぇあそぼ! 双葉と一緒にゲームしよ!」

「宿題は?」

「おわったー!」

「えらいね」


 頭をなでなで、仁は聞いた。


「どれがいい?」

「リングファットアドベンチャー!」


 双葉は運動が大好きで、リング型のコントローラーを使って身体を動かすこのゲームがお気に入りだった。


 一人プレイのゲームなのだが、仁に見守って欲しいらしい。


 仁も応援しながら、父親がトレーニングに使っているゴムチューブなんかを借りて一緒に運動している。


 運動すればお腹が空く。


 お腹が空けば美味しいご飯はより美味しくなり、もっと沢山食べられる。


 だから仁は、運動は嫌いではなかった。


 仁と同じで双葉もたくさん食べるのだが、沢山運動しているおかげで全く太っていない。


 仁が太っているのは、それ以上に沢山食べるからである。


「夜叉の構え!」


 妹の掛け声に合わせて、二人でヨガのポーズを取る。


「そうだにぃちゃん! 明日はおバイトの日だよ!」


 いかにも楽しみだと言いたげに、ニコニコしながら双葉は言う。


 とあるバイトを、仁は双葉と一緒にやっていた。


 可愛いだけでなく、こう見えて結構しっかり者で、頼りになる妹なのである。


 それで仁は思い出した。


「そうだ双葉。明日のバイト、お兄ちゃんの友達も見学したいんだって」

「えええええええええええええ!?」


 人見知りの妹が、大音量の声を上げた。

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