第14話 学校一の美少女は委員長と和解する

 壮絶なジャンケン三本勝負は奇跡の五連続あいこの末、胡桃の勝利に終わった。


 ふふんと勝ち誇った顔で鼻を鳴らして、はて困る。


 右と左、どっちの二の腕がいいのだろう。


 そんなものどっちも同じだろと考えるのは素人だ。


 人間には利き腕というものがある。


 右腕と左腕では筋肉の付き方が違うのだ。


 仁は右利きである。


 右の二の腕の方が筋肉量が多い分、もっちり感が力強い。


 対して左腕は、右よりはむちっとしていて、どちらかといえばむにっとしている。


 どちらも至高の触り心地には違いない。


 ならばあとは、胡桃の好みだろう。


 左右を選ぶという事は、仁公認で占有権を主張出来るという事でもある。


 その辺を考慮して、胡桃は右を選んだ。


 なんとなく、利き腕の方が価値が高い気がした。


 筋肉量が多いから、その分男らしい。


 未来の彼女たる自分には相応しいと思えた。


「ぁぅ、私も右が良かったのに……」


 凜も羨ましそうにしている。


 それが決め手になった。


「そんな事言ってもジャンケンで勝ったのはあたしだもん。そういうわけで、今日から仁君の右の二の腕はあたしのもの~!」

「僕のだけどね」


 仁の呟きは無視された。


 そして、凜はニヤリとほくそ笑んだ。


 え? なんで?


「私は最初から左腕を狙っていたので問題ありません。むしろ好都合です」


 勝ち誇った顔で言ってくる。


「そ、そんなの後だしの負け惜しみでしょ!」

「そう思うならご自由に。ところで仁君。私もお昼、ご一緒させて貰ってもいいでしょうか?」

「うん、いいよ」

「えぇ!? なんで!?」


 突然の展開に胡桃は慌てた。


「色々ありまして、私達、お友達になったんです。ですよね、仁君」

「うん。白玉さんも仲良くしてくれると嬉しいな」


 そんなぁ~!?


 ムンクの『叫び』になりそうな所をぎりぎり堪えて、「ぁ、はい」と頷いた。


「そうなると、机の並びを変える必要がありますね」

「そうだね」


 そんなぁ~!?


 あぁ哀れ!


 仁と向き合っていた胡桃の机は横向きになり、そこに凜の机が合体した。


 向き合う二人の美少女の横に正面を向いた仁がくっつく形である。


 そして改めて昼食が始まったのだが。


 むにむにむにむに。


 にこやかに談笑する凜を見て、ようやく胡桃は自分の過ちに気づいた。


 仁は右利きだ。当然箸は右手で持つ。


 つまり、食事中は右腕をもちもち出来ないのだ!?


「は、はかったな!?」

「さて、なんのことやら?」


 惚けたふりをしても胡桃にはわかる。


 凜は明らかに勝ち誇っていた。


 学校一の美少女がなんですか。私には優れた頭脳があるんです。


 そんな感じで。

 それだけじゃない。


 仁がお弁当を食べ終わると、おもむろに言うのである。


「実は私の実家はお菓子屋さんで。仁君の事を話したら、是非試食を頼みたいという事になりまして。お願いしていいでしょうか?」


 保冷バッグから取り出したのは、美味しそうな白桃のショートケーキだ。


「そんなのズルい!? 親の力を使うなんて!?」

「なにがズルいんですか? 白玉さん?」


 絶対わかっている癖に、凜は知らないふりをするのである。


「それに、全部ではないですけど、私も手伝ったんですよ。仁君に食べてもらいたくて、一生懸命クリームを泡立てました」

「そうなんだ。ありがとね。すごく美味しそう。こんな美味しそうなケーキを試食出来るなんて、嬉しいなぁ」


 がが~ん! 


 胡桃はショックを受けた。


 だって相手はプロの作ったスペシャルケーキだ。絶対美味しい。それに、唐揚げやハンバーグなんかより、お菓子の方が女子力が高くてかわいい感じがする。


 後に食べるデザートの方が記憶に残りそうだし、なんて悪知恵の働く女なんだ!


 とんでもないライバルの登場に、胡桃の非常警報は鳴りっぱなしだ。


「白玉さんの分もありますので。よかったら食べていただけますか?」

「ぇ、いいの?」


 急に言われて、胡桃は戸惑った。


「お二人で楽しく食べている所に割り込んだのは私ですし。仁君と私の分があって、白玉さんの分だけないというのは意地悪になってしまいますから」


 言葉通り、タッパーには三つの三角形が並んでいる。


 それで胡桃もちょっと機嫌を直した。


 だって胡桃は女子高生だ。


 お洒落で美味しそうなケーキ、大好きに決まっている。


「そ、そう? 気を使わせちゃってごめんね。今度はあたしの作った料理もご馳走するから」

「はい。楽しみにしてますね」


 ニッコリ言われて、そんなに悪い奴じゃないのかなと思い直す。


 まぁ、悪い奴なら仁君が友達に選ぶわけないか。


 危険人物には変わりないが。


「「「いただきます」」」


 改めて三人で手を合わせ、白桃のショートケーキを頂いた。


「ん~、美味しい!? 生クリームが桃の香りで爽やか~!」

「だね。甘すぎないし、さっぱりしてて何個でも食べられそう」

「喜んで貰えたようでなによりです。なにかご意見があれば父に伝えるのですが」

「僕は特にないかな」

「ん~」


 胡桃は唸った。


「白玉さんはなにかおありのようですね」

「いや、あるっていう程じゃないんだけど。超美味しいし、見た目もお洒落だし。百点だとは思うんだけど」

「だけど、なにかな」


 興味津々、仁が聞く。


「ぅぅ……その、もうちょっと映えを意識したら、とか……あ、あははは。そういうの、余計なお世話だよね」

「映え、ですか……。なるほど。うちは真面目な人間ばかりなので、そういう発想はありませんでした。確かに今の時代はそういうのも必要かもしれません。ありがとうございます。父に伝えておきます」

「ご馳走になっちゃったし、お役に立てれば光栄だけど……」


 携帯にメモを取る凜の姿は真剣そのものだ。


 不意に凜が顔を上げる。


「あの、白玉さん……」

「なぁに?」

「その……突然なのですが、今後もこうして一緒にお昼を食べたいので……出来れば、私ともお友達になってくれると嬉しいのですが……」


 緊張した顔でそんな事を言われて、胡桃は笑ってしまった。


「胡桃でいいよ! あたし達、もう友達でしょ?」


 なんだ、普通に良い子じゃん。

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