第13話 学校一の美少女と委員長はおデブ君を取り合う

「じゃじゃ~ん! 今日は新メニューに挑戦してみたの。なんだと思う?」


 翌日の昼休み。


 蓋の閉まったお弁当箱を差し出して胡桃が聞いた。


「嬉しいな。ハンバーグだ」


 即答されて、胡桃の目が丸くなった。


「なんでわかるの!?」

「ハンバーグの匂いがしたから」

「するかなぁ?」


 顔を近づけて匂いを嗅ぐ。


 気密性の高い保温タイプのお弁当箱だ。中身を知っていればなんとなくハンバーグの匂いがするような気がしないでもないが、微々たるものである。


 それに、お昼を食べているのは自分達だけではない。


 二年一組の教室は、色んなお弁当の匂いが交じり合って混沌としている。


「おデブだから。食べ物の匂いには敏感なんだ」

「そ、そうなんだ……」


 そんな馬鹿なと思うが、おデブだからと言われたら納得するしかない。


 実際仁は当てたのだし。


「食べていい?」

「もう、一々聞かなくたっていいから!」

「一応ね」


 そうは言いつつ、毎回ちゃんと聞いてくれる律儀さが嬉しい。


 あれから胡桃は毎日のように作ったおかずを持ってきているが、仁はいつも初めてみたいに感謝して喜んでくれる。時には不出来な日もあるのだが、そんな時だって仁は百点の顔で美味しそうに食べてくれるのだ。


『だって美味しいんだもん』


 飾り気のないその一言がなによりも嬉しい。まったく、食べさせ甲斐のあるおデブちゃんである。仁に手料理を振舞っていると、胡桃は自分が三ツ星シェフになったような気分になれた。


 最初は仁の気を引く為だったのに、今では本当に料理が好きになってしまった。それで色々作ってみたくなり、今回はハンバーグに挑戦したのである。


「いただきます」


 おもむろに両手を合わせて仁がハンバーグを頬張る。


「ん~、美味しい。そっか、これが白玉さんのハンバーグかぁ」


 ニコニコしながら、世界一のご馳走を食べたような顔で言うのである。


 おかげで胡桃は照れてしまった。


「なんか大げさ。ハンバーグなんてみんな同じでしょ?」

「そんな事ないよ。ハンバーグは料理人の指紋なんだから」


 仁節が飛び出して、胡桃はわくわくした。


 あまり口数の多くない仁だが、食べ物の事になると饒舌になる。


「どういう事?」

「だってそうでしょ? 豚、牛、鳥、その他、なんのお肉を入れてもいいんだよ? 繋ぎもそう。玉ねぎやパン粉、お豆腐におから、駄菓子を砕いて入れる人もいるし。食材の組み合わせと入れる割合でバリエーションは無限大。ハンバーグは作る人の個性が出る料理だと思うな」

「なるほどぉ」


 そんな風に言われると、なんだかものすごく奥深い料理を作った気がする。


「それじゃあ、あたしのハンバーグはどんな感じ?」

「国産牛百パーセントに繋ぎは少なめ、味付けは塩と胡椒でシンプルに。ワイルドで肉々しぃ元気なハンバーグだね」

「おぉ~!」


 さりげなくレシピまで看破され、胡桃は感心して拍手した。


 食べ物に関しては、仁は鑑定スキルでも持ってるみたいに鋭かった。


「そういえば、昨日はごめんね。折角唐揚げ持ってきてくれたのに、一緒にお昼食べられなくて」


 そうなのだ。昨日は例の意地悪委員長がテスト中に倒れたとかで、仁は昼休みに様子を見に行っていた。女の子に優しい点は格好いいと思うのだが、胡桃はちょっと嫉妬してしまった。でも、そんなみみっちぃ事を言っていたら仁に嫌われそうなので、平気なふりをしておく。


「ううん平気。良い事したんだし、気にしないで。それより、唐揚げ美味しかった?」

「うん。ものすごく美味しかった。色々あって、僕のお弁当は凜さんに分けてあげたから、すごく助かったよ。本当にありがとうね」

「ぁ、ぅん……」


 ちょっと待って。今、凜さんって言った? 昨日までは、絶対間違いなく委員長だったのに? しかも、お弁当を分けてあげたってどういう事?


 異常事態に困惑しつつ、とりあえず胡桃は嫉妬の炎を燃え上がらせた。


「……あの、ちょっといいですか」


 そこに、噂の泥棒猫が現れた。


「あ、凜さん。具合どう?」

「はい。仁君のお陰で、生まれ変わったみたいに絶好調です」


 ブィーブィーブィー!


 胡桃の中で真っ赤な警報灯がくるくる回った。


 ちょっと前までこの女は、不健康なくらいに痩せて陰気でヒステリックなオーラを全開にしていた。


 それが今は、別人のように美人になっている。


 いや、元々美人ではあったのだが、青ざめた顔色はよくなって、こけた頬はふっくらツヤツヤ、目に付く相手全てに噛みついて文句を言いそうなヒリついた雰囲気もなくなって、今は初夏に吹く涼風のように涼し気な微笑を浮かべている。


 絶対なにかあった。ないわけがない。


 こんな風に女が変わるのは、一万パーセント恋の力だ。


 その物的証拠に、仁を見つめる凜の目はうっとりして、頬はほんのり桜色だ。こんなの、どう見たってホの字だろう。


 この前だってそうだったが、今は桁が二つぐらい増えている。


 要注意から危険人物に格上げだ!


「なに!? また文句言いに来たの!?」


 がるるるる!


 これ以上二人の時間を邪魔されてなるものかと、胡桃が威嚇する。


 そんな胡桃をまじまじと見つめて、凜は深々と頭を下げた。


「白玉さん。先日は失礼な事を言ってしまってごめんなさい。私、お腹が空いていて、イライラして、失礼な事をいっぱい言ってしまいました。ものすごく反省しています」

「……ぇ、ぁ、ぅん。反省してるなら、いいんだけど……」


 別人のような態度に胡桃は困惑した。でも、こんな風に真面目に謝られたらこれ以上は怒れない。そんな事をしたら仁に嫌な子だと思われてしまう。


「仁君もごめんなさい……。仁君の二の腕は最高です。ベタベタなんかしてません。むしろ、赤ちゃんのお尻みたいにスベスベでフワフワでした。なので、また触らせてもらってもいいですか?」

「別にいいけど」

「ちょ、まっ!?」


 思わず腰を浮かせる。どさくさに紛れてなにを言ってるんだ!? ていうか、仁君ってなに!? この前まで細田君だったじゃん!? 保健室でなにがあったの!?


 なんてことを思いつつ、二人に「?」という顔で見返されて胡桃は困った。


 仁君の二の腕は私のもの! そう主張したいが、そんな事を言ったら変な奴だ。いや、前回は勢いで言ってしまったが、今回はそんな雰囲気ではない。マジでガチの奴扱いされてしまう。


 なにか言わないといけない。


 でも、なにも出てこない。


 困っていると、仁は言った。


「白玉さんも僕の二の腕が好きみたいだから、凜さんに触られるのは嫌みたい」


 そうそうそれそれ! 流石あたしの仁君! わかってるぅうう!


 っと、胡桃はガクガク頭を振った。


「そうなんですか……」


 対する凜は悲しそうに俯いた。


 そしてすぐに顔を上げて、恨めしそうに胡桃を見た。


「……でも、仁君の二の腕は仁君の物で、白玉さんは関係ないと思うんですけど」


 ブィーブィーブィー!


 やっぱりこの女は危険だ!


「その仁君がダメだって言ってるんだから、潔く諦めてよ」

「……そんなの、ずるい。私だって、仁君の二の腕触りたいのに……」

「ダメとは言ってないよ」


 睨みあう二人の美少女をほんわか眺めて、仁は言った。


「喧嘩は嫌だから。二の腕は二つあるし、右と左、どっちがいいか二人で決めて」

 

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