第8話 学校一の美少女と美人委員長の修羅場

「え、誰?」

「委員長のにのまえさんだよ」


 怪訝な顔をする胡桃に仁が教える。


「細田君、私の名前知ってたんですか!?」

「クラスメイトだし、委員長の事は好きだから」


 例のA、B、C子ならともかく、委員長は二年生に上がった直後からずっと仁を庇ってくれた。他にも色々とイジメられそうな子達にアドバイスしたり助けたりしている。


 堅物だとか融通が利かないとウザがられる事も多いが、周りに流されず自分を貫こうとする委員長の姿勢に、仁は好感を持っていた。


 だから名前も憶えている。一凛にのまえ りん。変わった名だ。


「はぁあああああ!?」


 素っ頓狂な声を上げたのは胡桃だ。


 そんな話聞いてないよ!? とばかりに、頬を赤くして困惑する凛を睨みつける。


「あなた、仁君のなんなの!」

「た、ただのクラスメイトで学級委員長です! 細田君、変な事を言わないでください!」

「ごめんごめん。人として好きって事だよ」

「つまり、恋人とか片思いじゃないって事だよね?」


 ジト目で胡桃が聞いてくる。


「こんな綺麗な人、僕にはもったいないよ。ただのクラスメイト。いつも一方的に迷惑をかけてるだけで、友達ですらないよ」

「友達ですらない……そ、そうですけど……そんな言い方しなくても……」


 人知れず、凛がショックでふらついた。


 キュッと薄い下唇を噛みしめて、薄っすら涙を浮かべて仁を睨む。


「なんだそっか。安心したー。もう、びっくりさせないでよ!」


 ホッとした胡桃が仁の二の腕をモチモチする。


「どうして安心するの?」


 つぶらな瞳で見つめられ、胡桃はウッと呻いた。


「それはその……仁君に彼女がいたら味見役なんか頼めないでしょ? そんなの、浮気だって言われちゃうよ」

「そっか。だったら大丈夫だよ。僕、全然モテないし、彼女いた事ないから。多分この先も出来ないんじゃないかな」

「……そんな事ないと思うけどなぁ?」


 なにかを訴えるようにモチモチしながら、わざとらしく胡桃は言う。


「友達はともかく、こんなおデブを恋人にしたい人なんかいないよ」

「そんなこと、ないと、思うけど、なぁ~?」


 モチモチモチモチ。


 そんな事を言われてもという感じである。


 胡桃は友達だし優しいので、義理で励ましてくれているのだろう。


「それで委員長。なにが我慢できないの?」


 恨めしそうに胡桃を睨んでいた凛がハッとする。


「そ、そうでした。あなた達はいちゃいちゃしすぎです! 公衆の面前ですよ! 風紀が乱れます! だから注意をしに来たんです!」

「は、はぁ!? 別にイチャイチャなんかしてませんけど!?」


 真っ赤になって胡桃が言い返す。


「現に今してるじゃないですか! 女の人が男の人の裸の素肌を揉むなんて! イチャイチャ以外のなにものでもありません!」

「言い方! 二の腕モチモチしてるだけでしょ!?」

「なに委員長? 仁相手に嫉妬してんの?」


 聞き耳を立てていたC子がニヤニヤしながら言ってきた。


 委員長はボッ!? っと真っ赤になって言い返す。


「そ、そんなわけないでしょ!?」

「あはははー、それ、マジの奴じゃん。ドッジボールで守られて好きになっちゃったんだ? チョーウケるんですけど――」

「だから、違うって――」


 ズドン!


 仁の巨大なゴムハンマーみたいな拳が机を叩いた。


「体育の授業はまだあるけど。またドッジボールする?」

「ひぃっ!?」


 仁に見つめられ、C子が青ざめた。


 いつもの二人にも、「バカ! もう仁には関わんな!」と小突かれる。


 仁としては、あまりこういう事をしたくないのだが、自分のせいで他人が迷惑をこうむるのなら話は別だ。


 そんな様子に、胡桃はちょっとキョトンとしていた。


 え、もしかして仁君、結構強い? みたいな感じで。


 一方の凜は複雑な表情で赤くなっていた。


「た、助けてなんて言ってません!」

「うん、知ってる。勝手にやっただけだから、気にしないで」


 凜だって頼んでもないのに庇ってくれる。それで何が変わるわけでもなかったが、その気持ちだけで仁は嬉しかった。


 一方の胡桃は、全てを悟った顔で凜を睨んでいた。


 まさか、こんな所にライバルがいたとは。


 そんな顔だ。


「なんでもいいけど、あたしはお友達と楽しくお昼ご飯を食べてるだけ。注意される筋合いなんかないと思うけど」


 ジト目になって、臨戦態勢の声で言う。


 凜もムッとしてジト目になった。


「そもそも、違うクラスでお昼ご飯を食べる事自体おかしいんです!」


「なにそれ! そんなのみんなやってるし! あたしだけ注意する事ないじゃん!」


「みんながやっているからと言って公式に許されているわけではありません。それに、お二人の行動が目に余るから注意しているんです。問題をすり替えないでください」


「すり替えてないし、どこがどう問題だって言うの!」


「問題でしょう! 付き合ってもないのに毎日お弁当を作って来て、お互いに食べさせあって、その後はお昼休みが終わるまで細田君の二の腕を見せつけるように揉み揉みして! 不純です! 卑猥です! 淫らです! どう考えても風紀に反します!」


「おかずを交換してるだけで食べさせあってるわけじゃないんだけど」


 一応仁は異議を唱えた。


 凜の言い方ではあ~んさせてるみたいに聞こえてしまう。


 そういった事は一切ない。


「箸を使っておかずを交換してるじゃないですか! つまり間接キスです! 食べさせあっているのと変わりありません」


 トントントン! 


 小さな拳を必死に机にぶつけて凜が主張する。


 そんな姿がおかしくて、仁は笑ってしまった。


「なにが面白いんですか!」


「委員長だよ」


「なぁ!? またそうやって私の事をバカにして!」


「むしろ褒めてるつもりなんだけど」


「細田君に褒められても嬉しくなんかありません!」


 その割に顔が赤くなっている凜を見て、胡桃の表情は険しくなるばかりだ。


「そんなの言いがかりだよ! さっきの人じゃないけど、あたしが仁君と仲良くしてるのが羨ましいだけじゃないの? そーいうの、職権乱用だと思うけど」


「ち、違います! 変な事言わないでください! そんな、男の人の贅肉まみれの腕を揉むなんて、羨ましいわけないでしょう!? 私は変態じゃありません!」


「かっちーん」


 怖い顔で胡桃が立ち上がった。


「誰が変態よ」


 凜はたじろいだが、委員長の使命を思い出して踏みとどまった。


「だ、だってそうじゃないですか。太った男の人の二の腕を揉んで喜ぶなんて、どう考えても変態です!」


「じゃあ一さんも触ってみてよ! すっごく気持ちいいから!」


「い、嫌ですよ! なんでそうなるんですか!?」


「一さんが変態とか言うからでしょ! それ、あたしにも仁君にも失礼だから! 揉んでもないくせに勝手な事言わないで!」


「も、揉まなくたってわかります! おデブの身体なんか、汗でベタベタして気持ち悪いに決まってます!」


「そんな事ないもん! 仁君の二の腕はいつだってスベスベサラサラだもん!」


 だよね!? と振り向かれ、仁は肩をすくめた。


「おデブだから、そういうのは色々気を使ってるんだ」


 こまめに身体を拭いたり、沢山水を飲んでベタついた汗をかかないようにしている。

 人として清潔にするのは当然のマナーだ。


「そ、そんなわけありません! おデブは汗っかきで、ベタベタして、気持ち悪い生き物なんです!」


「はぁ!? なにそれ! ただの悪口じゃん! 仁君に謝って!」


「ほ、細田君の事を言ってるわけじゃなくて、一般論として――」


「仁君はおデブなんだよ! そんな言い訳通じないから!」


「す、すみませんでした……。確かに今のは失言です。でも――」


「でもとかないから! 悪いと思うなら、ちゃんと仁君の二の腕触って確認して! 一さんのせいで仁君がベトベトしてるって誤解されるじゃん!」


「僕は別に気にしないけど」


「あたしはするの! 汗でベトベトの腕を触って喜んでる変態女だって言われてるんだよ!?」


 そういわれると仁だけの問題ではないので止められない。


 そういう事ならと二の腕を差し出す。


「ひぃっ!?」


 凛は露骨にたじろいだ。


「だから、そういう反応しないでってば!」


「ち、違います! 別に、細田君の事を馬鹿にしてるわけじゃ――」


「言い訳はもういいから! 行動で示して!」


 胡桃に言われて、凜も覚悟を決めたらしい。


「……わ、わかりました。失礼します!」


 ごくりと喉を鳴らすと、真剣な顔で二の腕に手を伸ばす。


 もちん……。


「――っ! そんなはずは!?」


 凛がギョッとする。


 もちもち、もちもちもちもち、もちもち、もちもちもちもち――。


 そして一心不乱に二の腕を揉み始めた。


「ちょっと、揉みすぎ!? あたしのだよ!?」


「いや僕のだけど」


 仁の声は無視された。


 胡桃が凜を二の腕から引きはがす。


「はっ! わ、私はなにを……」


「ほら! 夢中になるくらい気持ちよかったでしょ! それに全然ベタベタしてなかったでしょ!」


「……そんなはずない……なんで、どうして……おデブはベタベタして気持ち悪い生き物のはずなのに……」


 凛は自身の両手をまじまじと見つめ、うわ言のように呟いた。


「委員長、大丈夫?」


「……ごめんないっ!」


 凜は教室を飛び出した。


「ちょっと一さん! ちゃんと仁君に謝って訂正して!」


 プンスカと胡桃が怒る。


「悪気はないと思うから、許してあげて。多分なにか、事情があるんじゃないのかな」


 なんとなく、そんな気がした。


「……まぁ、仁君がそう言うならいいけど」


「うん。ありがと。それより、購買行かない? 唐揚げのお礼にアイス奢るよ」


「ほんと? じゃ、パピ子にしよ? お腹いっぱいだから半分こで」


「足りないから、僕はもう一個買おうかな」

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