第7話 学校一の美少女は褒められたい
「というわけで、これがその試作品なんだけど……」
ある日の昼休み、いつものように教室にやってきた胡桃がおずおずと弁当箱を差し出した。なんでも仁のお弁当の美味しさに感銘を受けて料理に目覚めたらしい。それで仁に味見をお願いしたいという。
食べる事が大好きな仁だ。断る理由はない。大好きな母親の料理に感動したといわれたら猶更だ。自分なんかでよければ喜んでという感じである。
タダでご馳走になるのは悪い気がするが。
「いつも二の腕触らせてもらってるお礼!」
という事らしい。
それでは仁の気が済まないが、どの道今は返せる物がないのでその内という事にしておく。
ともあれ蓋を開ける。
「わぁ、美味しそう」
中にはごろっとした大ぶりの唐揚げがぎっしり詰まっている。
仁からすれば財宝の入った宝箱だ。
顔を近づけてクンクンすると、ニンニク風味の美味しそうないい香りだ。
「食べていい?」
「もちろん! その為に作ったんだから!」
「それじゃあ、いただきます」
しっかり両手を合わせて、仁は大きな唐揚げを一口で頬張った。
程よい火加減で柔らかくなったもも肉から、じゅわじゅわ~っと肉汁があふれ出す。学校だから気を使ったのか、ニンニクは風味程度の控え目で、味付けもそれだけで食べられるように塩気は抑えめになっていた。その分鶏肉の風味が生きている。これは結構いい鶏肉を使っているのではないだろうか。
「ん~、美味しい。白玉さん、これ、早起きして作ったの?」
「え!? なんでわかるの!?」
「温かさと衣の感じで。本当に料理にハマってるんだね」
仁は感心した。朝一で唐揚げを作るなんて、相当な入れ込みようだ。
「そ、そうなの。上達するのが楽しくて、アハハハハ……」
なんだか胡桃はそうじゃないよ!? という感じだが。
それより仁は唐揚げに夢中だった。
「もう一個食べてもいい?」
「全部食べていいよ。これは仁君用だから」
「本当? 嬉しいな」
唐揚げは仁の大好物だ。
いつでもどこでも何個でも食べられる。
大喜びで二つ目を頬張る。
「本当に美味しいや。これ、初めて作ったの?」
「えっと、まぁ、大体そんな感じかな?」
胡桃の目がソワソワ泳いだ。
「すごいね白玉さん。料理の才能あるよ。大きな唐揚げは揚げるのが大変なのに、衣が焦げないで中まで綺麗に火が通ってる。筋切りも丁寧だし、味付けも売ってる奴じゃなくて自分でやったんでしょ?」
「……あたし的には、食べただけでそこまでわかる仁君の方がすごいと思うけど」
「そうかなぁ。食べたら誰でもわかる事だと思うけど」
下ごしらえの丁寧さや火の入り具合は食感で分かる。
味も市販の唐揚げ粉は大体食べ比べたので、見分けるのは簡単だ。
「えーと、実は初めてじゃなくて。結構練習してたりして……」
胸元で指をつんつんしながら、上目遣いで言ってくる。
「だとしてもすごいよ。丁寧さは練習じゃ身につかないから。美味しく作ろうって気持ちがなかったら、こんな風にはならないよ。だからやっぱり、白玉さんには料理の才能があると思う。練習用でこんなにしっかり作れるなんて、中々出来ないよ」
料理は心というのは精神論の話だけではない。鶏肉を切るだけでも、手を抜こうと思えばいくらでも雑にできる。テクニックは練習で身につくが、それを毎回しっかり実践するには、料理に対する愛がなければ出来ない事だ。
母親の料理が美味しいのは家族愛の力だが、胡桃はそうではない。純粋に料理に対する愛だろう。そう思えば、料理の才能があるとしかいいようがない。
「そ、それはだって、折角作るからには、仁君に美味しく食べてもらいたいから……」
ちらちらと胡桃が視線を向ける。
「うん、ありがとね。おかげでとっても美味しいよ。ものすごく幸せな気分。でも、揚げ物は危ないから、早起きして作るのはやめた方がいいんじゃないかな? 寝ぼけて怪我なんかしたら大変だし」
「でも、揚げたてに近い方が美味しいでしょ?」
「そうだけど、何時間も経っちゃったら誤差じゃないかな。それに、この唐揚げだったら冷めてたって十分美味しいと思うけど」
パクパクパクパク。
次から次へと唐揚げを口に運ぶ。
幸せそうな仁を見て、胡桃もホッとしたような笑みを浮かべる。
「……そっか。じゃあ、早起きして料理するのはやめようかな。ふぁ~」
と、思い出したように可愛い欠伸をした。
「それで、仁君的にはこの唐揚げは何点?」
「百点だよ」
即答されて、胡桃の目がパチパチした。
「それって千点満点で?」
「ううん。百点満点で」
「……お母さんの唐揚げは?」
「百点だよ」
そういわれて、胡桃の頬がむぅっと膨れた。
「それは嘘。絶対仁君のお母さんの唐揚げの方が美味しかったもん。ねぇ、正直に言ってよ」
「そんな事言われても、僕はどっちも美味しいと思うけど。それに、料理に点数をつけるのって好きじゃないんだ。作ってくれた人に失礼な気がするから」
そりゃ、現実問題胡桃の言う通り、二人の唐揚げを比べれば味の優劣はあるだろう。けれど、そんな事を考えるのは無粋だと仁は思った。今目の前には胡桃が作ってくれた唐揚げがあるのだから、他の唐揚げについて考える必要はない。そんな事をしたら、今そこにある料理を楽しめなくなる。大事なのは今食べている料理で、食べ終わってしまった料理ではないのだ。
「だから、僕は味見役には向かないんじゃないかな。食べちゃってから言うのもなんだけど」
そういうと、仁は名残惜しそうに最後の唐揚げを頬張った。
「あ~、美味しかった。ごちそうさまでした」
まんまる笑顔を福福させて、ニコニコ笑顔で両手を合わせる。
美味しい唐揚げをたくさん食べられて、仁は心地よい幸福感に包まれていた。
胡桃もまた、そんな仁をうっとりと幸せそうに眺めている。
「……ううん。そんな事ないよ。仁君は最高の味見役だと思う! 出来不出来は仁君のリアクションを見て勝手に判断するから、また味見役お願いしていい?」
「白玉さんがいいんなら、僕は大歓迎だけど」
「なにかリクエストとかある?」
「白玉さんの作りたい物でいいよ」
「じゃあ、食べられない物はある?」
「ん~。石とか鉄とか?」
「あははは、言うと思った」
楽し気に笑うと、胡桃はニヤニヤしながら両手をワキワキした。
「それじゃあお礼に、いつもの二の腕モチモチをさせてもらおうかな」
「白玉さんも本当に好きだね」
呆れるように笑うと、仁は軽く腕まくりをして巨大なハムみたいな二の腕を晒した。
「だって気持ちいいんだもん! 仁君も触ってみてよ」
「いいよ。自分の二の腕触って気持ちよくなってたら変でしょ?」
「じゃあ、あたしの触る?」
「さわりません。セクハラだよ?」
ジト目を向けられ、胡桃は拗ねるように口を尖らせた。
「普通の男子ならみんな喜んで触るのに」
「でも、そういう男子は嫌いなんでしょ?」
「そうだけど!」
なにが不満なのか、胡桃は八つ当たりでもするように激しく二の腕をモチモチしてくる。
女の子は複雑な生き物だ。
理解なんか出来ないと仁も諦めている。
そこにムスッとした感じの委員長がやってきた。
「もう我慢出来ません。今日という今日は、お二人に話があります」
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