第5話 学校一の美少女の計画

「……やっぱり恋なのかなぁ」


 もみもみ、もみもみ。


 唐揚げ粉をまぶした鶏肉をビニール袋に入れて揉みながら、胡桃はぼそりと呟いた。


 胸のもやもやの正体を見極める為、そして純粋に仁と楽しい時間を過ごしたくて、胡桃は勇気を出して仁のクラスに突撃した。


 この気持ちを確認するには、仁と一緒に過ごす必要がある。


 一緒にお喋りして、美味しそうにご飯を食べている姿を眺め、二の腕をモチモチする。


 その時に生じる心の変化を観察すれば、これが恋か分かるかもしれない。


 それはそれとして、仁と一緒にいると気楽で楽しい。


 学校一の美少女という事でイケてる女子グループが絡んでくるのだが、そういう子達の陰口や見栄の張り合い、男子の話は正直うんざりだった。


 どうせ喋るなら、もっと気楽に楽しい事を話したい。


 そうは言っても、別のクラスに乗り込んで男子とお昼を食べるのは、学校一の美少女だって緊張した。そんな事したらまた変な噂を立てられる。仁にだって迷惑がかかるかもしれない。


 だからかなり迷った。


 グルグルグルグル考えている内に、だんだんムカついてきた。


 ていうか、なんであたしが意地悪な連中に気を使わないとダメなの?


 学校一の美少女とか勝手に言われてるけど、あたしだって普通の女の子なんだから、好きにさせてよ!


 ある事ない事言われるのは今更だ。


 別に彼氏なんか欲しくないから、仁との事を噂にされたってなんともない。


 むしろ、それで告って来る男が減ってくれれば好都合だ。


 仁には迷惑をかけてしまうかもしれない。


 それはいやだ!


 でも……一緒にご飯食べたい。


 この気持ちが恋なのか確認したい……。


 それで胡桃は思った。仁はあの通りのおデブちゃんだ。胡桃的には優しくて面白くてなんか不思議で頼りがいがあって可愛くて下手したら格好よくすら見える恋してるかもしれない男の子だ。でも、その他にとってはそうじゃないだろう。


 からかわれたり、イジメられたりしてるかもしれない。


 ヤリチンのカス男のジュリオの態度を見ても、有りそうなことだ。


 噂では、クソデブのふとしとか言われてバカにされてるみたいだし。


 ……なにそれサイテー! 本当ガキばっかりなんだか!


 ともかく、それなら学校一の美少女の肩書が役に立つと思った。


 自分の友達だという事を周りにアピールすれば、大っぴらに仁をバカにする人間は減るかもしれない。特に男子は胡桃のご機嫌を取るのに必死だし、それで仁がいじめられなくなれば、プラマイゼロという事にならないだろうか?


 ……ちょっと自分に都合のいい考えかなと思いつつ、胡桃はその線で手を打った。


 だって仁君と一緒にお昼食べたいんだもん!


 というわけで、ドキドキしながら一組に乗り込んだ。そしたら案の定、自分達はイケてるグループだと勘違いして調子に乗った連中が仁の事をバカにしていた。


 なにこいつら。本当サイテー。


 言っとくけど、仁君はお前らなんか足元にも及ばないくらい立派な人なんだから!


 ムカついて、胡桃はリーダーっぽい男子に体当たりをかましてやった。


 それで相手は怒鳴ってきて、相手が胡桃だと分かってころりと態度を変える。


 そういう人間が胡桃は一番嫌いだった。


 顔が可愛いからってなに? 人間の価値ってそんなところにないでしょ? そうやって上の人間には下手に出て、下の人間は見下して。大っ嫌い! ていうか、人に上も下もないから! まぁ、こういう人間的にダメな奴は下だけど。


 他の連中に釘を刺す意味で思いっきり嫌味を言ってやった。


 ざまーみろだ。反省してよね!


 もう、折角の楽しいお昼が台無しだよ!


 なんて思ったのも一瞬で、仁の丸顔を見たら胡桃は一瞬でハッピーになってしまった。


 だって仁はまるまる太ったおデブちゃんだ。幸せがパンパンに詰まって人の形をしたような姿をしている。見ているだけで癒されてしまう。


 ていうか、なにあのお弁当。デカッ!


 しかもカレーだし。面白すぎる。


 しょうもない人間の事なんか一瞬で忘れてしまった。


 それで楽しくお喋りしたり、一緒にお弁当を食べながら仁の幸せそうな顔を眺めてみた。


 ……やっぱりあたし、仁君の事好きなのかも。


 疑惑はどんどん確信に変わっていく。


 でも、まだ分からない。


 そもそもちゃんとした友達だって今までいなかった。


 これはラブじゃなく、高純度のライクかもしれない。


 心の友って奴だ。


 どちらにしろ好きな事には変わりないが。


 ライクとラブでは大違いだ。


 見極めは慎重にいかないと。


 そこを間違えると、お互いに大やけどする。


 なんて思っていたら。


『そんなに心配しなくても大丈夫だよ。僕は白玉さんを好きになったりしないから』


 ががーん。


 大ショックだった。


 もう、危うく泣くところだった。


 仁君、なんでそんな事言うの!?


 でも、冷静になれば理由はわかった。


 胡桃は散々男子に色目を使われて困っていると仁に話した。


 だから仁も気を使ってそんな事を言ったのだろう。


 ……なにそれ。イケメンじゃん。


 もう、99%これは恋だと確信した。


 だって、好きにならないって言われてこんなにショックなんだもん。


 そして胡桃は思ったのだ。


 仁君にもあたしの事を好きになって貰いたい。


 ていうか、そうじゃなきゃ付き合えないじゃん!


 胡桃は自分が驕っていた事に気づいた。


 学校一の美少女だ。こちらから告白すれば大抵の男は二つ返事で受けるだろう。


 けれど、仁は違う。


 きっと彼は、そんな安っぽい男じゃない。


 だからあたしは、普通に一人の女の子として、仁君に好きになって貰う努力をしなければ!


 ワクワクで胡桃の胸は弾けてしまいそうだった。


 こんな自分にも、普通の女の子みたいな甘酸っぱい恋が出来るなんて!


 そういうわけでお昼ご飯が終わったあと、胡桃は授業そっちのけで仁を落とす方法を考えていた。


 仁は食いしん坊だ。男の心を掴みたいならまず胃袋を掴めという言葉もある。


 これから先も仁と一緒にお昼を食べる理由づくりをする為にも、ここはお弁当作戦で行こう!


 そうだそうだ! 仁のお弁当を食べたら感動して、料理に目覚めたという事にしよう。それで、味見役を仁にお願いするという事にすれば、自然に毎日一緒にお昼を食べれて、手作りの料理を食べさせる事が出来る!


 あたしって天才じゃん!


 そういうわけで、早速帰りにネットで唐揚げの作り方を調べ、スーパーで材料を揃えて試作品を作っている。


 仁はきっと食通だ。お母さんの唐揚げは本当に美味しかった。正直、太刀打ちなんか出来る気がしない。だからこそ、少しでも美味しい唐揚げを食べて貰いたい。その為には練習あるのみ!


 そういうわけで、胡桃はせっせと下味をつけた鶏肉をもみもみしているのだった。


「仁君……喜んでくれるといいなぁ……」


 自分の手料理を仁が美味しく食べてくれる所を想像するだけで、胡桃はものすごくハッピーな気持ちになれるのだった。

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