第4話 委員長はご立腹
「おい待てよふとし!」
放課後。
帰り支度をしていた仁をイケてるグループの三人組が取り囲んだ。
声をかけたのは胡桃に怒鳴って赤っ恥を書いた男子Aだ。
「なにか用?」
「なにか用じゃねぇよ! てめぇのせいで白玉さんに誤解されただろうが!」
机の脚を蹴りつけて、Aが凄む。
「てーか、なにふとしの分際で白玉さんと仲良くしてんだよ! 分を弁えろクソデブ!」
「大体白玉があんたみたいな豚と仲良くするわけないじゃん。男からかって遊んでる性悪ビッチだよ? まじ滑稽。てか、教室でいちゃつくとか目障りなんだけど」
Bも机を蹴り、C子が嫌味たっぷりに言ってくる。
仁は適当に聞き流しながら帰り支度を続けた。
「おいデブ! 聞いてんのか!」
「聞いてるけど。結局何が言いたいの?」
太々しい態度に、三人は顔を見合わせるとギリッと顔を怒らせた。
「舐めてんのかクソ豚!」
Aが仁の胸倉を掴む。
「白玉さんに近づくなって言ってんだよ! デブがうつるだろうが!」
「そこまで言わないとわかんないとか、頭まで豚なわけ? マジうざいんだけど」
こんなのはイジメでしかない。
クラスメイトもそれは分かっていたが、相手はクラスのイケてる三人組だ。
タチの悪い人間だし、下手に関わって巻き添えになるのは嫌だった。
それにみんな、相手はデブのふとしだからとそんなに気にしなかった。
胡桃と友達だという事に対する嫉妬もある。
見て見ぬふりをするか、面白い見世物が始まったと観客に回るばかりだ。
絶体絶命の状況のはずなのに、仁は全く動じていなかった。
「はなしてよ」
胸倉を掴まれたまま、Aの目を見て仁は言う。
そんな態度にAは激昂し、仁を立ち上がらせようと胸倉を掴んだ腕に力を込める。
「誰に口きいてんだ豚が――っ!?」
凄んでみたものの、仁の身体はびくともしない。
当然だ。140キロの巨体を片腕一本で立たせられたらバケモノだ。
「やめてってば。シャツが伸びちゃうでしょ」
仁はちょっとムッとした顔になると、丸々太った特大のクリームパンみたいな手でAの手首を掴んだ。そして、ちょっと力を込める。
「い、いででで!?」
Aが手を離したので、仁はその手を振り払うように開放した。
「てめぇ! なに手ぇ出してんだよ!」
「あんた、自分の立場わかってんの!?」
BとC子が騒ぎ立てる。
「ぶっ殺す!」
Aは完全にキレている様子だ。
ひとしは鬱陶しそうにため息をついた。
「僕、暴力は嫌いなんだけど」
「舐めてんじゃねぇぞ! クソ豚が!」
Aが拳を振り上げた。
「やめてください!」
見かねた委員長が、焦った顔で割って入った。
「それ以上は先生を呼びますよ!」
「はぁ? 委員長には関係ねぇだろ!」
「がり勉女は引っ込んでろ!」
「なにいい子ちゃんぶってんの? マジウザいんだけど。空気読めって」
次々言われて、委員長がたじろいだ。
クールな目元にジワリと涙が滲む。
「僕なら大丈夫だよ、委員長」
仁にまでそんな事言われて、委員長はムッとしたらしい。
「そ、そんなわけないでしょう! それに、私は学級委員としての責任があります! イジメは見過ごせません!」
泣きそうになりながら、必死の形相で訴える。
しばらく三人と睨みあうと、不意にAが舌打ちを鳴らした。
「うっざ。マジ萎えたわ。行こうぜ」
「助かったなふとし。今日はこれで勘弁してやる。次はねぇからな!」
「委員長も、あんま調子乗んない方がいいよ? ただでさえウザがられてんだから。あははは!」
3人が教室を出ていき、二年一組に平穏が戻った。
野次馬をしていた生徒達も、もう終わりかと帰っていく。
「ごめんね委員長。僕のせいで怖い思いさせちゃって。庇ってくれてありがとね」
仁がお礼を言うと、委員長はキッと怖い顔になって睨んできた。
「細田君! あなたはなにを考えてるですか!」
「今日の晩御飯の事だけど」
残っていた生徒が爆笑した。
「――――っ! 馬鹿にしてるんですか!?」
委員長が声にならない怒声を発する。
「してないよ。僕、委員長の事は好きだから」
「なぁっ!?」
数人の生徒がヒューヒューとはやし立てる。
「へ、変な事言わないでください! 私は別にあなたなんか好きじゃありません!」
「知ってるよ。それなのに庇ってくれるんだから、委員長は良い人だよね」
あっさり受け入れ、仁は補足した。
「好きっていうのはクラスメイトとしてだよ。みんなが悪口言ってる時、いつも庇ってくれたから。他にも困ってる人の事を助けたり、そういうの知ってるし。尊敬って感じかな」
「ほ、細田君に尊敬されたって嬉しくありません!」
「だろうね」
真っ赤になった委員長は、怒りと困りの中間のような顔で仁を睨んだ。
「この際だから言わせてもらいますけど、どうしてあなたはそんな目立つような事ばかりするんですか!」
「白玉さんの事?」
「それだけじゃありません! バカでかいお弁当を持ってきたり、不良みたいな連中を挑発するような事して! あなたの見た目はただでさえ悪目立ちするんですよ! そんな事したら、イジメられるに決まってるでしょう! 私は委員長として、クラスの平和を守る義務があるんです! そういう問題のある行いは改めてください!」
「それは無理かな」
「なぜですか!?」
委員長がヒートアップする。
「だって僕、大食いなんだもん。お弁当だって、あれでも遠慮してる方なんだよ? 嫌な人達の言いなりになるのも嫌だし」
「痩せたらいいじゃないですか! そうしたら全部解決します! 食べる量も減りますし、変な目で見られたりからかわれる事もなくなります! あなたは自分で自分の首を絞めてるんですよ!」
「そう言われても僕、生まれた時から太ってたし。痩せろって言われても、僕的にはこれが普通だから」
「諦めないで努力したらいいじゃないですか! それだけ太っていたら、ある程度は簡単に痩せます! 痩せたら世界が変わります! 普通の人になって、イジメられる事もなくなるんですよ!」
「僕は今でも普通のつもりだけど」
「どこがですか!? こんな丸々太って、明らかに異常ですよ! 恥ずかしいとは思わないんですか!?」
声を荒げると、委員長はハッとして謝った。
「ご、ごめんなさい……。今のはちょっと言いすぎました。でも――」
「わかってるよ。僕の為を思って言ってくれたんだよね。気持ちは嬉しいけど、僕は大丈夫だから」
「私が大丈夫じゃないんです! あなたを見てるとイライラするんです! 委員長の仕事を増やさないでください!」
「うーん」
腕組みをして考え込むと、仁はカバンからカレーパンを取り出して差し出した。
「……なんですかこれは」
「お詫びの品。あと、イライラするのはお腹すいてるからじゃないかと思って」
ギリッと委員長が奥歯を噛んだ。
「やっぱり馬鹿にしてるじゃないですか!?」
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