第3話 学校一の美少女はおデブちゃんと仲良くなりたい

「おい見ろよ。水筒からカレーだぜ!」

「あははは。デブのカレーは飲み物ってマジじゃん」

「勘弁しろよ! てか米多すぎだろ! どんだけ太れば気が済むんだ?」


 ギャハハハハ!


 今日も今日とて仁はクラスのイケてるグループに笑われていた。


「……そんなもの持ってきたら笑われるってわかるでしょうに」


 ほっそりとした美人の委員長も苛立つような呆れ顔だ。


 確かにその通りだと思うのだが、この通り仁は大食いだ。食べさせる事が大好きな料理好きの母親がいっぱい愛情を込めて作ってくれたお弁当。文句を言うつもりは全くない。それに仁はカレーが大好きだった。


 ちなみに水筒ではなく特大の保温ジャーなのだが、そんな事をわざわざ教える義理はない。


 おかずの入った四角いお弁当も一緒に並べ、仁はいつも通りマイペースに両手を合わせた。


「いただきます」


 さぁ、楽しいお昼ご飯のはじまりだ。


 当たり前の礼儀ですら、クラスのみんなはクスクス笑う。


「いってぇ! なにしやがる!」


 不意に怒声が聞こえてきた。


 顔を上げると、いつも意地悪を言うイケてる男子が胡桃に怒っていた。


 どうやらこちらを向いて笑っていた所に胡桃がやってきて、ぶつかって箸を落としてしまったらしい。


 イケてる男子は怒鳴ってから相手が学校一の美少女だと気づいたようだ。


 やべ! と焦った顔になっている。


「ご、ごめん! 白玉さんだとは思わなくて」

「なにそれ。あたしじゃなかったら謝らなくていいって事?」

「そ、そういうわけじゃなくて」

「ぶつかったのはあたしも悪かったけど、人を選んで態度を変えるのは格好悪いと思うな」


 軽蔑するような顔で言われて、イケてる男子は真っ赤になって俯いた。


 胡桃はムスッとして鼻を鳴らすと、こちらを向いて笑顔になる。


「やっほー」


 学校一の笑顔を仁に向けて、小さく手を振りながらやってくる。


「一緒にお昼食べてもいい?」

「いいけど、僕と一緒だと笑われちゃうよ?」


 別に断る理由はない。胡桃は嫌な人じゃないし、美味しいご飯は人と食べるともっと美味しくなる。それはそれとして、仁なりに気を使った。それでもいいならどうぞご自由に。


「あたしのお友達を笑える奴がいるなら見てみたいけど」


 周りに聞かせるような言い方だった。


 確かに、学校一の美少女と一緒だったら面と向かって笑われる事はないかもしれない。


「あと、机一個だと狭いかも。僕のお弁当、大きいから」


 ジャンボサイズのジャーと特大サイズの四角いお弁当が二つにお茶の入った水筒だ。


 仁の机はぎゅうぎゅうだ。


「平気だよ」


 胡桃は空いている前の席をくるりと回して向き合う様にくっつけた。


「ここの席の人、ちょっと借りるね!」


 大きな声で宣言する。


「いないよ。そこの人、いつも食堂で食べてるみたい」

「怒られるかな?」

「白玉さんなら平気じゃない?」

「あたしもそう思う」


 チロっと舌を出し、悪戯っぽく胡桃が笑う。


 そんな様子に、一組の面々は騒然としていた。


 学校一の美少女である白玉胡桃が、学校一のクソデブとバカにされている細田仁とわざわざ一緒に昼食を食べに来たのだ。しかも堂々と友達宣言し、嫌な連中から庇うような振る舞いまで見せている。どうなってるんだ!? そう思うのも当然だ。


「お弁当おっきいね」


 小さなお弁当を机に広げて、胡桃が目を丸くする。


 仁のお弁当と比べたら、おままごとのミニチュアみたいだ。


「白玉さんのは小さいね。それで足りるの?」

「普通かな。ちょっと足りないかも。でも、女の子が大きなお弁当だったら恥ずかしくない?」

「気にした事ないかな」

「女の子は気にするの。あと、周りの人も。特にあたしみたいなタイプは色々言われるから」

「大変なんだね」

「そう! 色々面倒なんだから! 仁君は気にならない?」

「あんまり。太ってるのは本当の事だし」

「嫌じゃない?」

「生まれた時から太ってたから、これが普通かな」


 胡桃が吹き出した。


「ごめんね! 変な意味じゃないの。でも、なんか面白くて。あと、太ってる事を聞いたわけじゃないよ? 色々言われて嫌じゃないのかなって。あたしは結構嫌だから」

「僕も嫌だよ。でも、本当の事だし」

「そうかなぁ?」


 他人事なのに、胡桃は自分が悪く言われたみたいにムスッとした。


「太ってる人が嫌いな人がいるのは仕方ないから」

「あたしは好きだけど!」


 怒ったように言い返して、胡桃はハッとした。


 聞き耳を立てていたクラスメイトもハッとしている。


「その、変な意味じゃなくてね!」


 全方向に言い訳をする。


「そんな事言わなくても、誰も誤解なんかしないよ」


 仁は笑った。


 だって、学校一の美少女とおデブちゃんだ。


 美女と野獣もいいところ。


 体重だって、三倍くらい違う。


 だれも胡桃が仁を好きになるなんて思わないだろう。


 仁だって、そこまで馬鹿じゃない。


 親しい友達がいないと言っていたから、話しやすい自分の所に来たのだろう。


 その程度に思っている。


「……そうかなぁ」


 なにやら胡桃は不満そうだ。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。僕は白玉さんを好きになったりしないから」


 モテないおデブちゃんの仁だ。学校一の美少女の胡桃からしたら、ちょっと優しくしただけで惚れられてしまうんじゃないかと不安なのだろう。


 だから、安心させるつもりで仁は言った。


 なぜだか胡桃は落ち込んだような様子だったが。


「どうかした?」

「……ううん。なんでもない」


 がっくりしてお弁当を何口か食べると、ふるふると頭を振って顔を上げる。


「ともかく、あたしと仁君はお友達って事!」

「うん。それはわかってるけど」


 昨日だって別れ際にお友達になろうよと言われた。


 だからこうして一緒にお昼を食べている。


「あと、さっきはありがと」


 声を潜めて仁は言った。


「さっき?」

「ぶつかったの、わざとでしょ」

「……だってムカついたんだもん」


 ぷくっと頬を膨らませると、秘密を共有するような悪戯っぽい笑みを浮かべた。


 そうこうしている内に、先に胡桃が食べ終わった。


 ニコニコしながら、美味しそうにお弁当を頬張る仁を眺めている。


「見てて楽しい?」

「楽しい。だって仁君、本当に美味しそうに食べるんだもん」

「だって本当に美味しいんだもん」


 胡桃が楽し気に笑った。


「不思議だなぁ。お弁当食べたばっかりなのに、仁君が美味しそうに食べてるの見てると、こっちまで食べたくなっちゃう」


 物欲しそうな顔になり、胡桃がごくりと喉を鳴らす。


「食べる?」

「え、いいの? だって仁君……」


 その先を、胡桃は言いづらそうに飲み込んだ。


「食いしん坊だけど欲張りじゃないから。足りなかったら購買で買うし。僕のお母さん、料理上手だから。他の人にも食べて欲しいな」


 こんなに美味しいご飯を独り占めするのは、もったいないと前から思っていた。胡桃もお弁当が足りないと言っていたし、いい機会だろう。


「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」


 頬を赤くして、胡桃が箸を構える。


 唐揚げ、卵焼き、アボカドの入ったポテトサラダ、甘酢のかかった肉団子――。


 美味しそうなおかずの上で、胡桃の箸が困ったように迷う。


「どうしよう。全部おいしそう」

「じゃあ、全部食べれば?」

「そ、それはさすがに悪いよ」

「僕はそういう時、我慢しないで全部食べちゃうけど」


 せっかく食べるのに、後であれも食べればよかったなんて後悔するのはつまらない。


 それなら開き直って全部食べたほうがいい。


 仁はそういう男だった。


「と、とりあえず、唐揚げだけ……」


 恥ずかしそうにもじもじしながら、胡桃が唐揚げを頬張った。


「ん~~~! おいひいい!? お弁当なのに、あったかくてジューシーで肉汁ぶわーだよ!? なんで、どうして!?」


 美味しそうな顔に、仁も幸せな気持ちになった。美味しい物を一緒に食べて美味しい気持ちを共有する。幸せってそんなものだと母親は言っていた。その通りだと仁も思う。


「お母さんの唐揚げは宇宙一だから。あと、保温できるお弁当箱だし」


 冷めてたって美味しいが、温かかったらもっとおいしい最高の唐揚げである。


 その気になれば、百個だって食べられる。


「こんなおいしい唐揚げ食べた事ないよ!」

「卵焼きも美味しいよ?」

「でも……」


 一応遠慮して見せたが、仁のお弁当箱にはまだまだ沢山おかずが詰まっている。


「宇宙一の卵焼きだよ? 食べないと、もったいないと思うけど」

「……い、頂きます」


 結局胡桃はすすめられるまま、一つずつおかずを頬張った。


 全部美味しく食べてくれたようで、仁も鼻高々だ。


「じゃあ僕、購買行くから」

 

 お弁当を食べ終わると仁は言った。


 足りない分は菓子パンで補おう。


「あたしも行く! おかず貰っちゃったし、奢るよ!」

「悪いよ。いっぱい買うし」

「平気だよ! 助けてもらったし、お礼も込みで、ね?」

「じゃあ、あるだけ買っちゃおうかな」

「えっ」


 胡桃の頬が引きつった。


「冗談だよ。奢ってくれるのは一つでいいから」

「もう!」


 隣を歩きながら、胡桃が頬を膨らませる。


「一個じゃ足りないから! せめて三つ!」

「三つは多いよ」

「じゃあ、その分二の腕触らせて! それならいいでしょ!」

「二の腕なんかタダでいいけど」

「あたしがよくないの! こんなモチモチの二の腕、タダで揉んだらバチが当たるよ!」


 変なのと思いつつ、仁は胡桃の自由にさせた。


 もちもちもちもち、嬉しそうに二の腕をつまみながら、胡桃が隣を歩く。


 それを見て、すれ違う全員がギョッとしていた。


 まぁ、そうだろうなと仁も思う。


 でも、だからどうしたと気にしなかった。


 おデブちゃんは、神経だって太いのである。

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