第27話
土曜日、午前授業を終えたリオとパブロは揃って婚約者の家を目指す。乗客の少ない路面電車に揺られながら、リオはパブロに宣言した。
「僕、やるよ」
パブロは最初、意味がわからず首を捻っていたが、電車が一際大きく揺れた時、思い当たって顔を引きつらせた。
「そっか……うまくいくといいな」
あれだけリオにキルヒナーと寝ろだの何だのと言っておいて、いざその時になると、大人しいものだ。
2人はそれきり黙って電車に揺られていた。リオが降りる3つ手前の停留所でパブロは電車を降りる。窓越しにパブロを見て、リオは手を振ろうとした。だけど、すぐにその手を引っ込めた。
パブロはリオの方を見ず、ただ俯いて佇んでいた。電車が再び走り出す。ゆっくりとパブロの後ろ姿が遠ざかる。
小さくなっていくパブロに背を向けて、リオは前を見た。
もうすぐだ。もうすぐキルヒナーに会える。その時、きっと僕らの関係に答えが出るーー
キルヒナーの帰りは遅い。学園の図書室ではリオと一緒にいたいと言っていたけれど、仕事人間なのは相変わらずだ。
だけど、リオはもう怒ったりしない。
やきもきするのも今日で終わりにするんだーーリオは決意を新たに、夕飯の準備をしながらキルヒナーの帰りを待つ。
今日のメニューは家庭科の授業で習ったポトフ、それと図書室から借りた料理本を見ながら奮闘して作ったカツレツだ。ちょっと目を離していた間に少し焦げたけど、まあ、大丈夫だろう。
これくらい食べれる食べれるーーリオは自分に言い聞かせる。
ルッコラとトマト、マスタードを添えてカツレツは完成だ。
ポトフは切った材料を煮るだけだから簡単だろう。と、思ったら、ジャガイモが煮崩れてスープがドロドロになってしまった。
「おかしいな、授業で習った通りに作ったのに……」
リオはどろどろのスープを混ぜくり返し、他の具がちゃんと姿を保っているかを確認する。
ベーコン、良し。ニンジン、良し。
キャベツ……は、大ぶりに切ったはずなのに、何でこんなに細切れになってるの?
タマネギ……は、入れたはずなのに見当たらない。どろどろスープに溶け込んでいるようだ。
ブロッコリーは葉っぱの部分というのか、細かいつぶつぶが表面に浮いているだけで、これもあらかたスープに溶けたらしい。
おかしい、授業ではちゃんとそれぞれの姿を保ったスープが作れてたのに。もしかしたら、リオは料理に向いてないのかもしれない。これでは、キルヒナーの料理に文句を言える立場ではない。
リオが出来上がったスープに首を捻っていると、キルヒナーが帰ってきた。
「珍しいですね。君が料理をしているなんて」
ソファにカバンと上着を置いて、台所にやってきたキルヒナーは眉を持ち上げ、驚いた表情で言った。これまでリオは、キルヒナーの帰りが遅い日は大抵、寮で夕食を食べてくるか、インスタントで済ませていた。
リオがキルヒナーに手料理を振舞うのは、これが初めてのことだった。
「授業で習ったんだよ、ポトフ。それから、このカツレツは本を見ながら作った」
「では、早速、夕飯にしましょう」
いつもあまり感情の起伏がないキルヒナーだが、さっきの驚いた顔といい、食卓にリオの作った料理を並べている彼は、なんだかとても機嫌が良さそうに見えた。
リオはそれだけで、もう嬉しくて、もっと早くキルヒナーに料理を作ってあげれば良かったなと軽く後悔を抱いた。
ポトフはどろどろで、カツレツは焦げていたけど、味は良かった。
「見た目はあれですが、美味しいですよ」
キルヒナーも珍しく、はにかみながら笑顔を見せてそんなことを言うもんだから、リオは食事中ずっと、頬が緩まないよう、気をつけていなければならなかった。
甘酸っぱい光景に下唇を噛む。
食事の後、キルヒナーは持ち帰った仕事を片付けるため、書斎に篭った。
遅くに帰ってきたのに、まだ仕事があるなんて、ご苦労なことだーーもう怒ったりしないと決めたリオは、余裕を持って、キルヒナーを労える。
そんなリオは、食器やフライパンなんかを洗ってから、念入りにシャワーを浴びて早々にベッドに潜り込んだ。
キルヒナーをどう誘うべきか、ベッドの中であれこれ考える。
『抱いて』というのはちょっと直接的すぎるかな。『そろそろしてもいいと思うんだけど』なんていうのは、ムードがないか。何も言わずとも、キルヒナーの体に触れれば、それと察してくれるだろうかーー
考え込んでいる内に、リオを眠気が襲ってきた。瞼が下がってくるのを必死で我慢するが、そんなことをしても無駄だ。
キルヒナーはまだ仕事をしてるみたいだし、少しだけ、少しだけ眠ろう。今日は慣れない料理をして疲れたしーースイッチが切れるみたいに瞼が閉じ、リオは夢の中へと堕ちていった。
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