第26話
「リオ、リオ!」
目覚めると、リオの肩を掴んで激しく揺さぶるパブロがいた。何だか酷く焦っている様子だ。
パブロに揺さぶられて、リオの視界はぐらぐらする。
「何? どうしたの、パブロ」
リオが声を出すと、パブロはやっと揺さぶるのを止めてくれた。
「どうしたの、じゃないよ。大丈夫か? すごく苦しそうにしてたぞ」
確かに、リオは夢から覚めたというのに、まだ息が苦しいと感じていた。リオは首元に手をやって、スカーフが巻かれていることに気が付いた。
自分の体を見下ろすと、どうやら制服のまま眠ってしまっていたようだ。これじゃ、制服が皺だらけになってしまう。
リオは慌てて喉を締め付けるスカーフを外そうと指を動かすが、寝起きだからだろう、うまく指が動かない。
パブロが気が付いて、スカーフからリオの手を乱暴に払いのけた。
「スカーフしたまま寝るとか、信じられん!」
ぶちぶちと文句を言いながらも、スカーフを外してくれる。リオはやっと息苦しさから解放された。
「ありがとう、うっかり眠っちゃって」
「うっかりで死んだらどうするんだよ! この学園は只でさえ変な噂や伝説があるってのいうのに、お前もその1つに加わりかねないぞ!」
死にかけたっていうのに、リオはそれを聞いて笑い出した。
『ねぇ、知ってる?』『何、何?』『この学園にはスカーフをしたまま眠って死んだ先輩がいるんだって』『え~、嘘~』『鈍くさい先輩だなぁ』
リオの笑える空想。そんなことになったら、リオの名前は長く学園で語りつかがれることになるだろう。
「何笑ってんだよ」
パブロに折りたたんだスカーフで、頭を軽く叩かれる。痛くはないが、リオは一応、頭をさすっている。
「パブロが面白いこと言うから」
「何が面白いんだよ、死にかけたってのに……」
パブロはスカーフをリオに放って寄こし、自分のベッドに向かった。本当に怒っているらしく、歩き方や座り方が乱暴だ。
パブロの重みにベットが悲鳴を上げる。
「ごめん。気をつけるよ」
パブロが怒るのも無理はない。部屋に帰ってきて、友達が死んでたら嫌だものな。しかも原因がスカーフを外し忘れたからとは、間抜けすぎる。また笑いが込み上げてきた。
「わざと、じゃないよな?」
「え?」
「だから! わざとスカーフを外し忘れたんじゃないよなって訊いてるんだよ!」
パブロはとんでもなく怒っているらしい。せっかく座ったベットから立ち上がって、怒鳴りながら、リオに詰め寄る。
「何で僕がわざとスカーフを外し忘れるの」
「キルヒナーのことで色々あったから……もしかしてと思ったんだよ」
いくらかトーンダウンして、ぷいっと顔を逸らせたパブロの頬が赤い。キルヒナーのことで悩んで、リオが自殺しようとしたと思っているようだ。勘違いにもほどがある。
大体、自殺するにしても、こんな間抜けな方法を選ぶ人間はいないだろう。
「パブロの勘違いだよ」
「本当に?」
「本当だよ」
「本当に本当?」
パブロはしつこい。
「本当に本当だよ」
「本当に本当に本当?」
いい加減にしてよーーとリオは思う。
「本当だったら! もう!」
リオが声を荒げると、パブロはホッと息を吐いた。ベットに腰を下ろし、本当に安堵しきった顔を見せ「良かった」と呟く。
僕、そんなに自殺しそうに見えたんだろうかーーリオは何だか、パブロに悪いことをしたような気になってくる。
「お前がいなくなったら、オレ……生きてけないよ」
「大げさだな、パブロは」
笑って言うと、じとっとした目でパブロがリオを睨んだ。
「お前がいなくなったら、誰が風呂上りのオレの髪を拭いてくれるんだ」
「それは自分で拭きなよ」
疲れていると、パブロは髪を拭かずに寝ようとする。リオが風邪を引くと注意しても、全く意に介さないもんだから、そんな時、パブロの髪を拭くのはリオの役目みたいになっている。
「お前がいなくなったら、畑で育ててる苺、誰と食べればいいんだよ」
「ガブリエレがいるじゃない」
リオがにっこり笑って答えると、パブロは徐に立ち上がり、突進してきた。
2人でベッドに倒れこむ。ビックリして、リオが文句を言おうとすると、先にパブロが怒鳴った。
「いなくなったら許さない!」
馬乗りになってパブロがもう1度叫ぶ。
「絶対、許さないからな!」
乱暴だけど、本当の本当にパブロがリオを心配して言っているのだと伝わってくる。
あぁ、でもパブローー
「いずれ僕たちは卒業するんだよ」
今みたいに毎日一緒にいるなんてこと、卒業したら、きっともうない。そう考えると、学生でいる時間が、とても貴重で、とても儚いものにリオには思えた。
2人がどういう進路に進むのか、まだはっきりとは決められていない。それでも、リオとパブロの歩く道はきっと別々になるだろう。今という時間は2度と戻らないのだ。
「それでも、オレの前からいなくなるなんて、許さない」
パブロに鋭く睨まれたけど、リオは怖くなかった。なぜなら、パブロの綺麗な青銅色の瞳から、今にも涙が零れそうだったからだ。
卒業後の僕たちはどうなっているだろうーーリオは遠いようで近い未来に思いを馳せる。
パブロはガブリエレの農園を手伝っているかもしれない。その頃のリオやクビンは何をしているだろう。
未来の君たちも変わらず友達でいるのだろうか。
そうだったら、いいなーーリオは淡い希望を抱いて、叶いそうもない夢を描く。
いつか……消えたアントンが戻ってきて、また4人揃う日が来るといいのにーー
『あの時は本当に心配したんだよ。見つけられなくてごめんね。おかえり』
アントンにそう言うことが出来たなら、本当にどんなにいいか。起こり得ない夢と知りながら、そんなことを考えて、リオは泣きたくなった。
その夜はパブロがどうしてもと言うので、2人は一緒にリオのベットで眠ることになった。そう言えば、あの日も、こうして2人は並んでベットに横になっていた。
パブロもそのことを思ったのか、ふいにこんなことを言い出した。
「アントンがいなくなった時、オレ、本当に怖かったんだ」
「僕もだよ」
明かりを消したばかりで暗闇に目が慣れず、何も見えない。リオがそこにあるはずの天井を見つめていると、パブロが首を振る振動を感じた。
「オレが抱いた恐怖は、リオのとは違う」
「どう違うの?」
「もしかしたら、いなくなってたのはアントンじゃなくて、リオだったかもしれないって考えたら、スゲー怖かった」
リオは思わず、体を起こしてパブロを見た。自分がいなくなっていたかもしれない、ではなく、リオがいなくなってしまっていたかもしれないと考えていたパブロ。
リオはパブロの熱い友情を感じた。目が慣れてきたのか、リオの視界に伏目になって横を向いているパブロの顔が見えた。
「パブロ、そんなこと考えてたんだ」
「酷い奴だろ……オレって」
「そんな事ないよ。でも、そうか、そうゆう可能性もあったんだよね。アントンじゃなくて、僕が……あぁ、想像したら怖くなってきたよ」
リオが真面目に考えてそう言うと、パブロは吹き出した。
人が真剣に答えてるっていうのに、笑うとは失礼な奴だーーリオは少し腹が立った。が、先ほど見せた、熱い友情に免じて許してやることにしたらしい。
「リオ、リオ……お前は本当に可愛い奴だな」
パブロは甘えるようにリオの腰に絡み付いてきた。リオは起こしていた上半身を横たえて、パブロの頭を撫でてやる。その内に寝息が聞こえてきた。
「寝つきのいい奴……可愛いのはどっちだよ」
リオはパブロの頭を撫でるのをやめて、腰に回された手を気にしながら眠りについた。
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