第24話

 学園に入学して以来、リオは初めてテストで赤点を取った。返却された解答用紙の点数を睨んでいると、パブロがそれをひょいと奪い取る。


「ちょっと勝手に……」


「うわ、珍しい! リオが赤点なんて」


 リオはクラス中の視線が自分に集まるのを感じた。


 何も、わざわざ皆に聞こえる声で言わなくてもいいのにーー両手で顔を覆って恥じ入っていると、クビンがリオの肩を叩いた。


「どうしたの、赤点なんて珍しいじゃない」


「もうっ、そんなに赤点、赤点、言わないでよ」


「あぁ、ごめん。何か心配事?」


 声は弾んでいるけれど、クビンの顔は引きつっている。それだけで何が言いたいのかわかった。パブロもそれに気付いたようだ。


「大丈夫。あのことじゃないから」


「そう。ならいいけど」


 クビンは眼鏡のツルを摘んでくいっと上げると、隣の席に座った。


「クビンも心配性だなー」


 リオに解答用紙を返しながらパブロが笑う。


「それはそうだよ。何よりパブロのことが心配だ。君はうっかり口を滑らしてしまいそうだから」


「そうだなー。クビンと先生が、教員室であーんなことや、こーんなことしてるって、うっかり口を滑らしちゃいそうだぜ」


「パブロ!」


 クビンが慌ててパブロの口を押さえにかかる。それをパブロは軽やかに避け、挑発するように舌を出した。

 2人がやり合うのを横目に、赤点の答案用紙を机に突っ込んで、リオは1人、溜息を吐いていた。





「なるほど、それでリオは赤点を取ったって訳か」


 給食を食べながら、リオとキルヒナーの状態を説明すると、クビンは納得したように頷いた。リオのことを話しているのに、終始話をしていたのはパブロで、全く、クビンの言う通り、秘密を漏らさないか心配になるほどの口の軽さだった。


「前から言ってるけど、さっさとキルヒナーに抱かれちまえよ。そしたら案外、キルヒナーもアンリって奴のこと、忘れちまうかもよ」


「パブロ、それ本気で言ってる?」


 呑気に言ってくれるパブロが恨めしくてリオは刺々しく訊いた。隣でクビンが口元に手を当てて小さく呟く。


「パブロがそんな助言をするなんて……意外だ」


「それ、どういう意味だよ?」


 目を眇めてパブロがクビンを睨む。クビンはパッと手を振って気を逸らすようにして話を戻した。


「まあ、いいじゃないか。俺もパブロの意見に賛成だな。未だに身体の関係がないとは、正直、驚きだ」


「でも、自分は2番目だってわかっててそういう関係になるのは、嫌じゃない?」


「バッカ! 2番目から脱却するためにやるんだよ」


 フォークに巻きつけたパスタをブンブン振りながらパブロが熱弁する。ソースが飛んで机を汚した。クビンはそれを見て顔を顰める。


「正直なことを言うと、身体を繋げたからといって、キルヒナーがそのアンリという人を忘れるかどうかはわからない。それでも、傷付くことを覚悟してでもやるのなら、俺は構わないと思う」


 クビンは話しながらポケットからちり紙を取り出すと、パブロが飛ばしたソースを几帳面に拭った。使ったちり紙を丁寧に畳み、不意に口の端を吊り上げてイタズラっぽい笑顔をリオに向ける。


「それに、貴重な経験にもなるだろうし」


「そうだな」


 クビンの意見にパブロが同意し、うんうんと頷いている。そういうことに興味津々の年齢だから仕方がない。


「ちょっと、真面目に考えてよ」


 リオの非難の言葉に、クビンは真剣な眼差しを向けた。いつもは眠そうな目をしているのに、そういう目をすると凄みが出て怖いくらいキリッとする。


「真面目に言ってるじゃないか。傷付く覚悟はあるのか、と」


「僕はもう充分、傷付いてるよ。これ以上、傷付くことに、何を躊躇うことがあるっていうの?」


 リオが投げやりに言うと、パスタを頬張っていたパブロに肩を掴まれた。目は真剣なのだが、口はもごもごとパスタを咀嚼している。噛んだものをゴクンと飲みこむと、低い声でパブロは言った。


「真面目に、考えろよ。リオ」


「……うん」


 口の周りをソースだらけにして言っても説得力がないが、確かにパブロの言う通り、リオは真面目に考えなければいけない。


 他の生徒達の喧騒の中、リオたちのテーブルだけは沈黙に包まれた。それをクビンが打ち破る。


「さ、早く昼食を済まそう。昼休みが終わってしまう」


 クビンは全く手付かずだった給食に手を付け始める。リオも最初に1口食べたきりだったパスタにフォークを差し込んでぐるぐると巻きつけた。頬張るとすっかり冷めていて、あまり美味しくなかった。

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