第18話
広場には多くの人が集まっていた。劇は既に始まっており、広場に設置されているベンチは全部埋まっている。中には、階段や植え込みの縁に座って鑑賞している人たちもいた。
広場には常設の舞台がある。そこに石造りのバルコニーと思しきセットが組まれていて、小太りな男がそれを見上げているところだった。
リオとパブロも植え込みの縁に腰掛けて鑑賞することにした。
この劇は台詞がなく、パントマイムのようにジェスチャーで状況を表現するものらしい。
男が指差すバルコニーを見ると、カーテンの奥から髪の長い細身の男が現れ、妖艶な視線を観客に向け、手を振ったりなんかしている。小太りな男に目を戻すと、ピョンピョンと嬉しそうに跳ね、次には色気を振りまく細身の男のところへ行こうとバルコニーに手をかける。
だが、これがなかなか上手く登れない。
壁を這う蔦を登ろうとすれば、壁から蔦が剥がれて落下。柱を登って行こうとすれば、もう少しで辿り着くというところで足を滑らせ、ずるずると落ち、尻が地面に着地してしまう。
男は大げさに地団太を踏んで悔しがってみせる。観客から笑い声が漏れる。
小太りな男は服の袖を噛み、地面をころころ転がって悔しがっている。その様が可笑しくて、リオも笑った。
「面白いね」
そう言って隣のパブロの様子を窺うと、彼は妙に真剣な顔をして舞台を見つめていた。
「どうしたの?」
驚いて訊くと、パブロは溜息をついて立ち上がった。
「オレ、グラスを買いに行かなきゃ。リオはここにいろよ」
さっきは後でいいと言っていたのに急にどうしたんだろうーーリオは不安になった。
「僕も一緒に行くよ」
リオもすぐに立ち上がって、パブロの後を追った。さっきとは打って変わって、パブロは俯き加減で、とぼとぼと食器を扱う店に向かって歩いていく。
「パブロ」
リオが腕を掴むと、パブロはビクリと肩を跳ねさせて振り向いた。
「店、通り過ぎてるよ」
「あ、あぁ」
いつものパブロらしくなく、戸惑ったような表情で言って引き返す。店に入ると少し落ち着いたのか、挙動の不審さはなくなっていた。
大小様々なグラスが並ぶ棚を眺めながら、リオはさりげない風を装って訊く。
「あの劇、面白くなかった?」
「ん? うん……」
パブロは少し考える素振りをして、罰が悪そうに頭を掻いた。
「いや、広場に古典のハインリヒがいたからさ、見つからないうちに逃げてきたんだ」
「ハインリヒ先生? 気づかなかったな。何かしたの?」
「逆だよ、何もしてないから逃げたんだ」
話が理解できず、リオの頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。そんなリオの様子を見て、パブロは大きく息を吐いた。
「課題を提出してないんだよ」
またかと、リオは呆れた。
パブロは一体、いくつ課題を溜め込んでいるのだろう。そんなことでちゃんと進級できるのだろうかーー
「寮に帰ったら課題、やらせるからね」
「えぇー!」
やっといつものパブロに戻ったみたいだ。
グラスを買った後、2人はアイスを食べてから停留所に向かった。行きとは違い、電車は空いていた。日没にはまだ時間があるし、みんなまだ演劇を観ているのだろう。
結局、あの小太りな男はバルコニーに辿り着けたのだろうか。
ゆっくりと走り出す電車の心地いい揺れにうとうとしながら、リオは舞台の上で地団太を踏んで悔しがる男の姿を思い出していた。
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