第10話

 学園には2棟の校舎が並んで建っている。『イコール』のように並んだ木造校舎は、どちらも2階建てで、1つは教室棟、もう1つは管理棟と呼ばれていた。

 教室棟はその名の通り、各学年の教室とクラス担任が詰めている教員室がある。管理棟にも全教師の机が並ぶ職員室があるが、クラスを受け持っている教師は教員室にいることが多かった。

 8年生担任の教員室は7、9年生の担任と同室となっており、リオたちの教室の隣の隣、2階の東端にある部屋だ。


 すっかり陽は傾き、窓の外に大きな木が並んでいることもあって、廊下は薄暗い。

 まだ教師が残っているはずの教員室に灯りはなく、細いすりガラスがはめ込まれた木のドアは眠っているように閉じていた。


「ミュンターの奴、帰りやがったか?」


「職員室の方にいるんじゃないの」


「課題終わったら、教員室に持って来いって言われたんだけど」


 確かにリオもそう聞いた。2人はドアの前で、しばし立ち尽くす。

 パブロは顔を顰めてプリントを見ている。


「職員室の方へ……」


 リオがそう言いかけて、ドアの向こうで音がするのを聴いた。パブロと顔を見合わせる。


 意を決してパブロが取っ手に手をかけると、鍵などは掛かっておらず、思いのほか簡単にするすると戸が開いた。暗い室内に僅かに入り込む太陽の残り火が、黒い影を生んでいる。

 影絵のような世界で2つの黒いものが絡まるようにもつれ合っていた。


「……あ……っ」


 吐息を漏らして振り返ったのは、暗い室内で頬を上気させ、眼鏡がずれたクビンの顔だった。もう1人は教師のミュンターだ。

 回転椅子に腰掛けたミュンターは、膝の上にクビンを座らせ、彼の首元に唇を這わせ、細い腰を抱いている。豊かな赤褐色の髪をカールさせた前髪から、ミュンターの血色の瞳がギラリと光ってリオを見た。


 リオはカッと顔が熱くなるのを感じた。咄嗟に手が出て、勢いよく戸を閉めていた。すると、戸の向こうから「悪いな、課題は戸に挟んどいてくれ」というミュンターの声が聞こえてくる。


 リオは教師と生徒の情事を覗こうとするパブロからプリントを奪い取って、戸の隙間にねじ込む。プリントはグシャリと音を立てて潰れた。気にせず、パブロの腕を掴んで、リオは一目散に駆け出した。

 分厚い図鑑を片腕で抱えていたが、その重さをなぜだか、全く感じなかった。

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