第9話
放課後、クラスメイトたちがみんな帰ってしまった後のがらんとした教室で、リオは頭を抱えるパブロを眺めていた。
「まだ終わんないの?」
「ん~……あとちょっとなんだけどさ……リオ、ここ教えて?」
「ダメだよ。そういうの、ちゃんと自分で解かないと意味ないから」
「ケチ! 隠れサド! むっつり鬼畜!」
「変な悪口考えてないで、問題解くことに頭使いなよ」
「うぅ~……」
パブロが唸りながら取り組んでいるのは、提出期限がとうに過ぎた課題だ。いつまでも課題を終えないことに先生が痺れを切らし、留年をちらつかせてパブロを居残りをさせることに成功した。1人だとサボる可能性が捨てきれないので、リオがお目付け役を任されたという訳だ。
つくづく信用のない生徒だなーーと、リオは俯いてプリントに齧りつくパブロのつむじを眺める。まだまだ終わりそうもないので、リオは読書の続きをすることにした。
今、見ているのは図書室で借りた鳥の図鑑だ。紅や黄金、瑠璃色、翡翠色。現在では見られなくなった生きものが、紙の中で今にも動き出しそうなほど緻密に描かれている。触ればふわりと柔らかく、ほのかな温もりも感じられそうだ。
艶やかな羽を、リオはそっと指で撫でてみる。いくら精巧に描かれていても手触りは紙そのものだった。
「できた!」
声と同時に、図鑑の上にプリントが載せられた。リオが視線を上げると、誇らしげなパブロの顔がある。課題をサボり続けて居残りさせられてるってことを忘れてるみたいな顔だ。
リオはプリントをつまんで、勢いのまま流れるように書かれた文字を見る。ほとんど間違えている上に字が汚い。
「リオ、どうだ?」
自信に満ちたパブロの青銅色の瞳は、キラキラと輝いている。
先生はリオに言った。
パブロが課題を終えるまで見張っているようにと。
プリントには間違いだらけの答えが並んでいるが、全ての欄が埋まっている。
先生はリオに言わなかった。
正解するまで課題をやらせるようにとは。
「……頑張ったね」
それだけ言って、リオはプリントをパブロに返す。リオの取り繕った笑顔に気づかず、パブロは嬉しそうに縮こまった体を伸ばした。
「あー! やっと帰れるー!」
歓喜の声を上げるパブロを余所に、リオは図鑑を閉じてカバンを背負った。
「さ、提出しに行こう。教員室に行った後、図書室に寄ってもいい?」
「いいよ。返すのか? それ」
パブロは鞄を背負いながら、視線でリオが胸の辺りに抱えている図鑑を指した。
「うん。そろそろ返却期限だから」
「そんなの読んで面白いか? そこに載ってんのって、ほとんど絶滅してるんだろ?」
「どうだろう……もしかしたら、人が踏み入らない、奥深い山の中で生き続けてるかもしれないよ」
「ふーん。リオはロマンチストだな」
「そうかな?」
「そうだよ」
床板を踏みしめて廊下を進んで行くと、途切れ途切れに音楽が聞こえた。音楽室で誰かが演奏しているようだ。物悲しいピアノの旋律。
この曲は聴いたことがある。確か、『別れの曲』だったかな。例えば、世界から楽器を演奏できる人間がいなくなったら、いくつかの音楽は絶滅してしまうのだろうか。このずっしりと重い、図鑑の中の鳥たちのようにーー
そんなことを考えて、リオは隣を歩くパブロに訊いてみようかとも思ったが、またロマンチストだの何だのと言われる気がして、口を噤んだ。
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