第8話

「ご飯、食べていくだろう?」


 リオがお風呂から上がり、リビングにやってくると、ガブリエレがエプロン姿でキッチンに立っていた。毎日の農園の仕事でこんがりと日に焼けた長身の男が、鍛え上げられた体躯に柔らかな印象の真珠色のエプロンを着用している。何とも不釣合いに感じる組み合わせだ。ウェーブのかかった黒鳶色の髪は後ろで束ねられていて、子犬の尻尾のように揺れている。


「手伝うよ」


「じゃあ、皿を並べてくれるか?」


 着替えに借りた、パブロの薄花色の長袖シャツは少し大きくて、リオは腕まくりをしてから、食器棚の皿を取り出した。


 同じ歳なのに服のサイズが違うなんて、なんだか釈然としない。リオとパブロにそれほどの違いはなかったはずなのに、パブロは、もともと背が高いクビンと追いつけ追い越せの成長期合戦を繰り広げている。

 リオも成長期のはずだが、いまいち伸び悩んでいるのが現状だ。


 テーブルに皿を並べていると、遅れてパブロが風呂場から出てきた。首からタオルを下げているが、髪から雫を滴らせている。拭く気がないらしい。


「ちゃんと髪拭きなよ。風邪ひくよ?」


「んー。気になるなら、リオがやって」


 言って、ソファに身を沈める。それを見咎めて、ガブリエレが注意する。


「こらっ、パブロ。ソファが濡れるだろ」


 目つきが鋭いガブリエレは、少し真剣な顔をしただけで凄みが出てしまう。けれど、付き合いが長いだけあって、パブロは慣れたものだ。反省するよりも先に口が出る。


「オレの心配よりソファの心配かよ」


 むっくと起き上がり、パブロはガブリエレを責めるような目で見た。ガブリエレも慣れているのか、そんな視線を受け流し、素知らぬ顔でスープの入った鍋を食卓に運んでいる。


「リーオー!」


 駄々っ子になってパブロが呼ぶ。仕方がないので、リオはパブロの首に下がったタオルを引っつかんで、髪を拭いてやる。


「気持ちいー」


「はい、終わり」


「えー、もっとやってよ」


「終わりだってば」


「おーい、2人とも。夕食の準備が整ったんだけど?」


 ガブリエレの言葉に、急に空腹を自覚したリオたちは、ささっと食卓についた。今日はいっぱい動いたから、2人とも腹ペコだ。

 テーブルにはスープの鍋がどんと置かれていて、周りにポテトサラダ、丸パン、スペアリブの皿が並んでいた。食卓に並ぶ野菜はどれもガブリエレが育てたものだ。

 新鮮な野菜がたっぷり入ったスープは旨味の塊だ。コンソメを入れたシンプルな味付けなのに、野菜は甘く、とてつもなく複雑な味がする。これにパンを浸して食べるとまた格別だ。

 ポテトサラダも具はほぼ無く、ジャガイモしか入っていないと言うのが信じられないくらいの美味しさだ。

 スペアリブはもちろん美味しいのだけど、周りを彩るグリル野菜が肉を押しのけて主役をはれるくらい美味い。


「ガブリエレの料理、やっぱり最高だね。パブロが羨ましいよ」


「うちのは素材が良いからな。でも料理なら、キルヒナーも上手いだろ」


 キルヒナーとガブリエレは友人関係にある。リオは詳しく聞いたことはないけれど、2人は学園で同級生だった。事務仕事が多く室内に篭りがちで、いつも大抵、顔色の悪いキルヒナーと、アグレッシブに農園を運営するパワフルなガブリエレが友達なんて、話が合うのか不思議に思うが、お互い無いものに惹かれるのだろうか、結構、仲が良いみたいだ。

 2人は忙しくてなかなか会えないみたいだが、キルヒナーの口からはちょこちょこガブリエレの名前が出る。ガブリエレもまた然りで、そういうのって良いなと、リオは心密かに思っていた。


「上手いけど、キルヒナーの料理って、なんかきちんとしすぎてて、温かみが無いっていうか……」


 言いながら朝に食べた冷えた手料理を思い出す。あれは酷かった。キルヒナーの料理は美味しくない訳じゃないが、どこか味気ない。


「あいつ料理する時、秤とか軽量カップとか出してきて、実験でもすんのかっていうくらい、きっちり量って作るだろう? 面白いよなぁ」


 キルヒナーが真面目に料理に取り組んでいる姿を思い出しているのか、ガブリエレは本当に楽しそうに笑った。キルヒナーが料理している姿なんて見たことがないパブロも、つられて笑うってしまうほどだ。


「キルヒナーの手料理、食べたことないけど、何か想像つくなー」


 パブロはそう言って、肩を揺らして笑った。夕食の時間は楽しくてあっという間に過ぎていく。今朝は最悪の1日だと思ったが、終わり良ければ全て良し。リオはこんな日も悪くはないと思った。

 それでもやっぱり、笑い合うパブロとガブリエレを見ていると、リオもキルヒナーと過ごしたかったなと、少しだけ思ったりもした。

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